「雇用率を金で売る代行ビジネス」との非難も 障害者「農園就労」大手エスプールが取材で答えたこととは

12/8 5:56 配信

東洋経済オンライン

業者が企業に農園などを貸し出し、そこで障害者を働かせる雇用支援ビジネス。障害者の法定雇用率が段階的に引き上げられる中、新たな手段として注目を集めている。厚生労働省の調査によると、2023年11月時点で1212社以上(同年3月比12%増)がサービスを利用し、少なくとも7371人(同12%増)が就労する。
こうした雇用形態に違法性はないが、「経済活動への参加と言えない」「雇用率を金で買っている」との指摘も多い。2023年1月には、業界最大手エスプールを名指しで非難する報道があり、風評の悪化から東証プライム市場に上場している株はストップ安に。この出来事は「エスプール・ショック」と呼ばれ、関係者に激震を与えた。

エスプールは「農園型就労」を2010年ごろに考案し、現在は首都圏を中心に約50カ所の農園を運営。4200人を超える障害者が働き、顧客企業は約650社に上る。当時の騒動をどう振り返っているのか、そして今なお残る批判をどう受け止めているのか。関連事業を担う子会社エスプールプラスの和田一紀社長を直撃した。
 ――農園を企業に貸し出すビジネスモデルは、そもそもどのようにして生まれたのですか。

 出発点は障害者の経済的自立を実現させたい、という志だ。エスプールはもともと、人材派遣サービスを通して社会課題の解決に取り組んできた。その中で働きたくても働けない障害者が大勢いて、社会的に孤立している状況を知り、何とかできないかとスキームを考えた。

 だから、法定雇用率の達成やダイバーシティーの推進といった、企業側のメリットに主眼を置くわけではない。あくまでも仕事を得られず、生活に困っている人の力になることが目的だ。

 当初は農業そのもので利益を出して事業を回すモデルだった。しかしうまくいかず、社員への収穫物の配布という「福利厚生」を担う人材として雇ってもらう形になった。

■「隔離」と言われるのは納得できない

 ――農園での就労は、「その企業の事業とは無関係のことをやらせている」「経済活動に参加させていない」との批判があります。「障害者を隔離している」との声も。

 もちろん、本業に関わる仕事で障害者を雇用するのがベストだ。企業だってそうしたいだろう。ただ、そのニーズがない時はどうするのか。障害特性上、できる業務に制約のある人もいる。当社はそうした方々と、本業では雇えない会社をつないでいるだけだ。

 私はこの事業を始めた当時、さまざまな障害者雇用の現場を視察した。その中には、オフィスの一室でシュレッダーを1日中かけさせている会社もあった。「本業に関わってさえいればよい」という考えには違和感を覚える。

 農園就労は雇用側のサポートがないと成立しない。企業側は監督者を農園に常駐させ、本社部門の人も定期的に様子を見に来る。

 ケアは本当に大変だ。服薬しすぎて体調を崩すとか、朝起きられなくて来ないとか、トラブルは日常茶飯事。それでも顧客企業は障害者と真摯に向き合っている。「隔離」と言われるのは納得できない。

 ――とは言っても、農園での就労は障害者のキャリアアップにならないのでは? 

 障害の程度によって能力開発のフェーズは全然違う。コミュニケーションを上手に取れなかった人があいさつする。引きこもってゲームばかりしていた人が毎日出勤する。農作業を通して見られる、こうした変化もすごい「キャリアアップ」ではないか。

 そのまま農家に転身したり、企業側に誘われて本社勤務になったりする例もある。ただ、知的障害者の中には、安定して農園で働き続けたいという人も多い。健常者の誰もが管理職への昇進を望むわけではないのと同様に、障害者雇用でも当事者の意思を踏まえてキャリアを論じるべきだ。

■「丸投げしたい」企業とは契約しない

 ――農園の利用企業は「雇用率を金で買っている」とも指摘されます。

 お金は払うので障害者雇用を丸投げしたい、という話が来ないわけではない。ただ、当社はそういう相手とはいっさい契約しない。創業時からのポリシーだ。まだ赤字だったころ、喉から手が出るほど受注が欲しくても、これだけは貫いてきた。

 雇用率の達成を主目的にすると、現場の障害者は放置される。雇用管理の問題になりかねないし、コンプライアンス的にもまずい。農園就労の本質は、長期間にわたり障害者に安心して働いてもらうこと。だから、農業を通して本気で雇う意思のある会社にだけ、貸し出している。

 ――いわゆる「エスプール・ショック」の引き金となった記事では、障害者雇用の「企業負担を100%軽減」と記載されたエスプールの営業資料が示されていました。

 その資料は、顧客企業の人事部向けに作った企画書だ。「100%軽減」は人材発掘に関わる負担の軽減を指している。当社は農園で働きたい障害者を募集し、企業側に紹介している。採用までのサポート体制を示した記述にすぎない。

 就職後の管理などは当然、雇用側で100%やっていただく。当社が障害者に指示を出せば、偽装請負になりかねない。問題の記事は企業負担をすべてなくすかのように見せる「切り取り」で、悪意があるとしか思えなかった。

 ――エスプール・ショックは事業にどのような影響を与えましたか。

 進行中だった新規案件のキャンセルはあったが、既存顧客の解約は1件もなかった。むしろ、利用企業からは激励の言葉を多数頂戴した。応援の意味を込めて、あえて取引を拡大してくれるケースもあった。報道内容と実態との乖離を、現場を知る人には理解してもらえた。

 心苦しかったのは、障害当事者やその親御さんに心配をかけたこと。電話やメールで「潰れませんよね」との問い合わせが殺到した。

 当社の農園で働く障害者は全員、数日間の実習で適性を見極めたうえで採用される。その倍率は約2倍だ。彼らは死に物狂いで職業と自分の居場所を勝ち取っている。当事者の頑張りを否定されたのが、いちばん悔しかった。

■業界リーダーとしての責任がある

 ――今後はどのように農園就労への社会的な理解を得ていきますか。

 このビジネスモデルを作り上げたのは当社なので、われわれには業界のリーダーとしての責任がある。エスプール・ショックは、それを自覚するよい契機になった。昨年12月に農園の事業運営指針を定めて公表したほか、ロビー活動を強化した。

 以前は批判があっても、新しいチャレンジには付きものと思い、積極的に反論してこなかった。でも、これだけ規模が大きくなると、きちんと事実を伝えていく必要が生じる。行政や福祉など、関係者に農園就労の実情を説明している。

 ただ、農園は選択肢の1つでしかない。当社が最終的に目指すのは、障害者雇用支援のプラットフォームだ。デザイナーやエンジニアとか、特定のスキルを持つ障害者を企業側とマッチングさせる、そんな新サービスの準備も進めている。

 障害のある子供が生まれても、「エスプールがあるから大丈夫」と親が思える。そんな世界を作りたい。

東洋経済オンライン

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最終更新:12/8(日) 5:56

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