意外と早かったイスラエルによる「報復」が現時点で意味すること、「暗黙のルール」に基づいた報復の応酬だが

4/19 18:02 配信

東洋経済オンライン

 イスラエルは、イランによる初めての領内を狙った直接攻撃に対して「限定的」な報復攻撃を行った。イランのライシ大統領は、イスラエルから攻撃があれば、「大規模かつ激しい報復を行う」と宣言しており、今度はイランの対応が焦点となる。

 イスラエルの攻撃やイランの被害状況の全貌は明らかではないものの、イランはドローン3機を迎撃したとして、報復に値するような攻撃だったとは認識しない可能性がある。

 イスラエルの戦時内閣は、国内世論や抑止力確保の観点から報復方針を決定したが、ガザ戦争を進める中で事態をエスカレートさせて二正面作戦を強いられたり、対米関係が悪化したりするのを避けるため、苦肉の策としてメッセージ性を込めた形式的な報復攻撃を選択したもようだ。

■双方とも領内攻撃能力を誇示

 4月1日のイスラエルによる在シリア・イラン大使館でイラン精鋭部隊、革命防衛隊司令官ら7人が殺害された空爆に端を発した両国間の衝突は、報復合戦の様相を呈しているが、今のところ、慎重に制御された中で報復作戦が展開されていると見るべきだろう。

 両国の対立は今に始まったものではない。イスラエルは昨年10月にイランの支援を受けるパレスチナのイスラム組織ハマスの奇襲攻撃を受け、1200人以上が殺害された。イランはハマスに武器や資金を提供しているほか、レバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラも強力に支援しており、水面下での対立が続いてきた。

 今局面で事態がエスカレートする発端になったのは在シリア・イラン大使館への空爆だった。イスラエルは、ヒズボラやハマスへの支援に関わる革命防衛隊は「テロリスト」だとして大使館攻撃を正当化したが、イランは国際法違反だとして激しく反発した。

 イランは13~14日にかけてイスラエル領内に弾道ミサイルやドローンなど300発以上を撃ち込む派手な報復攻撃に出たが、報復を宣言したり周辺国に事前通告したりして、大きな被害が出ないような措置を講じていた。

 さらに、イスラエルの軍事基地を狙い、民間人にも犠牲が出ないよう配慮するなど、大使館空爆の報復としてあくまでも軍事的な標的に限定された報復攻撃との姿勢を明確にした。

 イスラエルの攻撃も、報復というよりもメッセージ性の強いものだったようだ。イスラエル当局者は米紙ワシントン・ポストに対し、ドローン攻撃はイスラエルがイラン領内を攻撃できるというメッセージを送るものだったと語った。

■イランが激怒した理由

 イランのアハマディネジャド大統領(当時)は「イスラエルを地図上から消し去る」と発言するなどイランはイスラエルを敵視し、両国は厳しく対立してきた。イスラエルはイラン人核技術者などを狙った暗殺作戦をイラン国内で実施したり、サイバー攻撃でイラン核施設や軍事施設などに破壊工作を仕掛けたりしてきた。

 イスラエルという軍事強国に対してイランは匿名の攻撃やゲリラ戦術による「非対称戦」で応じ、イスラエル関連船舶や親イラン勢力を使ってイスラエルへ攻撃するなど対立は暗黙のルールに基づいて行われてきた。

 しかし、4月1日の在シリア・イラン大使館への攻撃はイランが「国際法違反だ」と強く反発するように、イランはイスラエルがこれまでのルールを逸脱してきたと捉えた。

 シリア領内でのイスラエルによるイラン関連の標的を狙った攻撃はこれまでも繰り返されてきたが、イランは無視するか、親イラン勢力による小規模な報復を実施するのにとどめてきた。

 だが、在シリア・イラン大使館への攻撃は、大使館にいた革命防衛隊司令官が殺害されるなどイラン側の衝撃は大きく、イランは国内世論的にも看過できず、イスラエルを助長させないためにも報復の必要性に迫られた

■アメリカとイスラエル関係悪化に便乗

 イスラエルがルールを破ったと認識したイランは、倍返し的にイスラエルに大規模な攻撃を仕掛けたが、あくまでもイラン大使館空爆への報復であり、民間人に犠牲を出さないなど慎重に計算されたものだった。報復以上の意図はなく事態をエスカレートさせるつもりもないとのメッセージを送っていた。

 その上でイスラエルが報復攻撃を行えば、大規模に反撃するとして事態の収拾を図っていた。イランには、イスラエルがガザ戦争でハマス掃討作戦に手こずり、強固な同盟関係にあるアメリカとイスラエルの間がぎくしゃくしてバイデン政権のイスラエルに対する不信感が強まっているとの読みもあった。

 実際、バイデン大統領はイスラエルのイラン攻撃に反対する姿勢を示し、イスラエルが攻撃したとしてもアメリカは攻撃に加わらないとの方針を明確にした。

 イスラエルのネタニヤフ首相は、バイデン大統領との関係が良好とは言えず、トランプ氏の大統領再選に期待しているとみられるが、バイデン大統領を完全に黙殺して同盟関係を危機に陥らせることもできないだろう。

 バイデン大統領が明確にイランへの報復に反対する中、大規模な報復に出れば同盟関係に亀裂を生じかねさせず、報復しなければイランに見くびられてしまうことから、アメリカ・イスラエル関係を損なわず、さらにはイランに対しても、いつでも大規模な攻撃を仕掛けられるというメッセージ性を送るような報復にとどめたようだ。

■これで「幕引き」とはならない可能性も

 ただ、イスラエルは過去にサイバー攻撃など水面下の戦いでイランを攻撃してきたことから、今局面がこれにて幕引きとはならないことも想定しておくべきだろう。

 イランの攻撃は史上初のイスラエル領内への直接攻撃であり、規模も大きかった。このため、イスラエルの報復としては不十分であり、複数回に分けるか、手法を変えるかしてイランに打撃を与えてくることも考えておく必要がある。

 イランのイスラエル攻撃はルールの逸脱を許さないというメッセージであり、報復の標的も軍事関連に限られた。イスラエルも、イランの軍事関連施設を標的にしたと伝えられ、報復の応酬となっている双方の衝突は一定のルールが守られている形だ。

 イランの核開発は表向きにはエネルギー開発など非軍事との位置付けで、仮にイスラエルが核関連施設を攻撃したとなると、非軍事かつ国益に関わる標的が狙われたことになり、イランとしても、新たな報復に出ざるを得ない。イランの核施設が報復攻撃の標的になったとの情報はなく、今のところは想定される枠内に対立が収まっていると言えよう。

 ただ、暗殺作戦や代理戦争という両国間の「影の戦争」が、直接的に攻撃し合う形で激化していることは間違いなく、想定よりも大きな被害が偶発的に出たり、市民が巻き込まれたりすれば、制御不能な事態に陥る恐れもある。

 両国の言辞が過激化の一途を辿っていることも不安材料だ。イランの核開発は核爆弾製造の意図があることがほぼ周知の事実になっているが、イラン政府の公式見解は核爆弾などの大量破壊兵器の保有はイスラム教的に禁止されているというものである。最高指導者のファトワ(宗教令)によれば、いかなる種類の大量破壊兵器の製造や使用もハラーム(禁止されるものや行為)だ。

 革命防衛隊の幹部は18日、イスラエルがイランの核施設に脅威を与え続けるなら、国際原子力機関(IAEA)との協力を停止し、従来の方針を転換して核爆弾を製造するとの考えを表明した。イランは、ウラン濃縮の技術を兵器級レベルまで高めており、核爆弾の製造は数カ月で可能な段階にあるとされている。

 イスラエルに対する直接攻撃では弾道ミサイルがイスラエル軍基地に着弾しており、こうしたミサイルに核弾頭が搭載されれば、国土が小さいイスラエルは存続が脅かされるほどの被害を受けることになる。

 イスラエルは、イランの核兵器保有を許さないとの断固たる姿勢を示しており、過去にはイラクやシリアの原子炉を空爆して核兵器開発を阻止してきた。イランの核関連施設への空爆の危険性はますます高まり、そうした場合は全面的な戦争に発展するだろう。

 両国間の対立は依然として暗黙の理解に基づく制御可能な状態にとどまっているが、わずかな計算ミスや誤解、誤算により制御不能に陥ってもおかしくない極めて危険な水準に達している。

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最終更新:4/19(金) 18:02

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