「大谷翔平も使う計測機」を扱う開発者たちの正体 ミズノが実現した「野球データの民主化」

3/10 5:41 配信

東洋経済オンライン

 昭和の時代の男の子にとって「ミズノ」の3文字は、ずいぶん神々しかった。昼は空き地で野球ごっこ、家に帰れば「ナイター中継」と野球漬けという男の子は少なくなかった。小さい頃はおもちゃのバットやグローブで遊んでいたが、うまくなって野球チームに入れば「本物の」野球用品を買ってもらえた。その中でも、日本のトップメーカー「ミズノ」は少年たちの憧れだった。

 永く日本野球を支えてきたミズノだが、日本社会やスポーツをめぐる環境の変化に伴い、企業そのものも大きく変貌している。

 特に研究開発部門は、「スポーツで社会を変える研究開発ビジョン」を掲げ「競技」を中心に「教育」「健康」「環境」「ワーク」の5つの領域で変革を目指している。

 2022年には大阪市住之江区南港のミズノ本社の横に、研究開発拠点「MIZUNO ENGINE」を設立、各分野のスペシャリストのアイデアと最先端設備を集結させ、開発の起点となる「はかる」「つくる」「ためす」のプロセスを加速させようとしている。野球の分野で、そうした新しい「ミズノ」の姿を象徴する2人の開発担当者がいる。

■大学院で投手のフォームなど動作解析を研究

 中田真之氏は小学校から野球をはじめ、都立高校から大阪大学工学部に進学。大学でも野球を続けるかたわら、野球のコーチングやデータ分析に興味を持ち、卒業後、筑波大学大学院の川村卓准教授の研究室に進んだ。

 「川村先生は動作解析が専門でしたが、同時にコーチングの勉強もできることに惹かれました。大学院ではグラブの使い方や、投手のフォームなどの動作解析の研究をしていました。

 また、研究の傍ら、選手のメニューを作ったり、野球塾で指導して、多くの保護者や選手と触れ合ったり、子供たちの野球教室の合宿イベントを開催したりしていました。母校の大阪大学の野球部が強くなるために試合の分析データを出したり、トレーニングメニューを作ったりもしていました。大学院ではスポーツ界全体を考える視野を得たと思います」

 修士課程を修了してミズノに入った。

 「球界全体とか、スポーツ全体についての問題意識があったので、ミズノに魅力を感じました。最初は、野球ではなくて卓球のラバーの研究、開発を担当しました。卓球では野球以上にボールの回転が重要です。現場に行かせてもらって選手の声を聞いたりしながら材質や製品の改良を行いました。その後、野球の分野を担当するようになりました」

■大谷翔平も使う「ブラスト」

 中田氏が担当した製品の1つが、「ブラスト」というバットのスイング時のさまざまなデータを計測する機器だ。グリップエンドにつけるセンサーからBluetoothでiPadやiPhoneなどの端末に打撃のさまざまなデータを送信する。

 今春のMLBキャンプでも大谷翔平が装着して打撃練習をしているシーンが流れたが、1セットで2万1780円(税込み)という手頃な機器ながら、バッティングに革命をもたらそうとしている。

 受け取れるデータは、無料バージョンでは、バットスピード、手の最大スピード、アッパースイング度、さらにはスマホで動画を撮っていればそれに連動させるなどのデータサービスを入手できる。有料サービスでは、さらに詳細なデータを見ることができる。またコーチモードの有料サービスでは、選手ごとのデータ管理や、チームレポートを作成する機能がついてくる。

 「これまで、ハイスピードカメラなど大きな装置でなければとれなかったバッティングの情報が、『ブラスト』をグリップに装着すればすぐに出てくる。自分で確認することもできるし、チーム単位でも把握できる。『データの民主化』が起きているかなと思います」と中田氏は語る。

 さらに中田氏は「野球ボール回転解析システム『MA-Q』」を開発。
「投球データを『ブラスト』同様、BluetoothでiPhoneやiPadにデータを送信することができます。これまで、球速はスピードガンで計測していましたが、データを手書きでメモする必要があり、大変でした。

 でも『MA-Q』は、極端に言えばキャッチボールでも球速、回転数、回転軸と変化量などのデータを録れます。内野手や外野手の送球もデータが録れます。据え置き型の機器より手軽なうえに、汎用性が高いんです」

 「MA-Q」は、税込み3万2780円と手軽な価格でもある。

■今永昇太が使う「モーションロープ」を開発

 また、同じボールの形状をしたトレーニング用ボール「MOI-75」も開発した。

 「コアの部分の組成を変えることで、回転がかかりやすくなったボールです。このボールで練習をすると指にかかる投げ方を習得し、回転数を向上することができるようになります。投手だけでなく、送球が不安定な野手にも使ってほしいですね」

 さらに中田氏はトレーニング機器の「モーションロープ」も手掛けている。

 「今年、カブスへの移籍が決まった今永昇太選手が使っていますが、結構重みがあって、しなるので、これを使うと一気に体が温まるんですよ。野球で使う体の各部位の可動域をひろげる効果があります。僕自身が素材を選び、コスト面なども含めて試行錯誤して開発しました。これまでアップはトレーナーと2人でやることが多かったのですが『モーションロープ』があれば、一人でしっかりアップができます」

 中田氏は、端的に言えば競技の現場で「選手に寄り添う」スタンスだと言えよう。「競技人口」が減少している野球界にあって、その視点は非常に重要だ。

 もう一人、野球の現場を「バッグ」の開発で支えているのが、中田氏と同じミズノグローバルイクイップメントプロダクト部の篠原果寿氏だ。

 篠原氏は、徳島県阿南市の出身。高校まで野球を続け、滋賀大学に進む。教員になるつもりだったが、知見を拡げるために筑波大学大学院の川村卓准教授の研究室に入った。中田氏の後輩だ。

 「修士課程を修了後、やはり教員になろうかと思ったのですが、大学院に在学中、イタリアなど世界の野球を観て回って、野球を普及させるためには『用具』がキーワードなんじゃないかと思って、ミズノに入社し、営業を経て企画担当になりました」

■侍ジャパンのバックパックを開発

 昨年のWBCでは、侍ジャパンの選手たちが、ロゴが入ったバックパックを背負ってベンチ入りする姿が見られたが、篠原氏の仕事はこうしたバッグの企画、開発を行った。また、高校球児が甲子園で背負っているバックパックも設計、開発している。

 「今の高校球児が、絶対に持っているものは何か?  実は、タブレット端末なんですね。高校は移行期で、生徒は教科書もタブレット端末も一緒に学校に持ってきている。いずれタブレットだけになるでしょうが、一番荷物が重い時期なんですよ。だから野球部のバックパックもタブレット端末も教科書も一緒に収納できるように容量を拡げました」

 昔の強豪校には「野球漬け」の高校が多かったが、今は、野球が強い学校でもしっかり授業を受けるのが一般的になっている。また、野球の作戦や技術習得でタブレットを使うことが多くなっているのだ。

 「また、フェースガードのついたヘルメットを装着することが増えました。なおかつ、コロナ禍以降、共有する用具が少なくなって、打者のプロテクターなども個人持ちが多くなった。だから、そういう用具も収納できることが求められます。昨今は、バッグにバットを差してグラウンド入りする学校もある。だったら、バットも差せるようにしましょうと」

 どんどん、収納するアイテムが増えているのだ。

 「でも大容量にしてしまうと、バッグの下のほうに入ったものが取り出しにくくなる。そこで、下のほうにアクセス(取り出し口)をつけました」

■バックパックの重さを軽減する特許

 しかし、いくら屈強な野球選手でも、これだけいろいろなものを背負うと、バックパックは相当な重さになると思うが。

 篠原氏は、待ってましたとばかりに言った。

 「実は会社で特許をとったのですが、バッグのショルダーベルトの真ん中にスリットを入れました。『スプリットストラップ』というこのスリットを入れたことで負荷が分散され、背負ったときにあまり重さを感じなくなるんですよ。10トントラックのタイヤが4つではなくて横に2個ずつ8個ついているのと同じような原理です。このスリットが入っていれば、ミズノだと思ってください」

 今の高校野球のバックパックは、学校名のほかに一人ひとりの選手名も刺繍されている。

 「野球のバッグの選手名が入る部分は、1つのパーツになっていて、学校でバッグを購入すると、名前を入れる部分だけを取り外して、刺繍に回します」

 プロ野球の場合、さらに細かな意見をもらう。

 「プロの選手からの意見で一番驚いたのは、帽子ですね。バッグに帽子も入れるんですが、帽子の型が崩れないようにしてほしいと」

 今のプロ野球には、つばが真っ平らなキャップを被る選手がかなりいるが、そういう選手はつばが曲がったり、型が崩れるのを嫌がるのだ。

 「そうならないようにバッグの中に帽子のスペースを設けたバッグも作りました。またグローブを型崩れせずに収納したいという選手もいる。そういう選手のために上のほうにスペースを作ったりもしました。

 そういう機能を付加したうえで、どう見えるかも考えないといけない、そして基本的なことですが、野球チームバッグは自立することが大切な機能になります」

 まさに、野球のバッグは「機能の塊」なのだ。

 ちなみに、メジャーリーガーはキャリーバッグで用具を運ぶことが多い。また用具の収納についての考え方も異なっている。こうした機能性へのこだわりも、日本野球ならではだ。

■選手からニーズをすくいあげる

 篠原氏などミズノのスタッフは、プロやアマの選手に細かくヒアリングをしたり、意見交換会などを通じてニーズをすくいあげている。

 さらに、こうしたさまざまな「バッグへのこだわり」は、他のスポーツ用のバッグやビジネスバッグにも応用されている。

 ミズノは、スポーツ用品メーカーから、人々の「スポーツライフ」に寄り添う企業へと変貌しているのだ。

 社会の成熟、情報化によって、それが生き残りの大きなカギになっているのだと実感した。

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最終更新:3/10(日) 8:51

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