韓国人がよく口にする「国格」という言葉に見る≪映えの文化≫の病理。梨泰院の雑踏事故や務安国際空港の事故など”安全軽視”姿勢が招く惨事

4/30 9:32 配信

東洋経済オンライン

ことし6月に大統領選挙を控える韓国。
昨年末にユン・ソンニョル(尹錫悦)前大統領が「非常戒厳」を宣言して以来、混乱が続いています。
なぜこのような事態が起こってしまったのでしょうか。
韓国社会の闇に朝日新聞元ソウル支局長が迫った新著『韓国大乱』では、占いや宗教にすがる人々、熾烈な学歴競争など韓国社会の病理を描き、今後の日韓関係、東アジア情勢を解説しています。

本稿では同書から一部を抜粋しお届けします。

■「イベント政治」が生んだ悲劇

 「(2030年開催で誘致していた)釜山万博が実現しなくてよかった」と考えている韓国市民は多い。ところが、「イベント政治」が実現してしまったために生まれた悲劇もあった。南西部・全羅北道で、158カ国・地域から4万3000人の参加者を集めて2023年8月1日から12日まで計画されたボーイスカウトの祭典「2023世界スカウトジャンボリー」だ。

 韓国が政府を挙げて迎えた国際大会が、かえって大混乱を招いた。予想を超える酷暑と劣悪な環境に危機感を覚えた代表団が次々に撤収。会期は1日短縮され、11日にソウルで開かれたK-POPコンサートで幕を閉じた。

 現地の野営地は「セマングム」と呼ばれる、全羅北道の広さ約8.8平方キロに及ぶ広大な干拓地だった。日中に35℃前後に達する猛暑を避ける日陰がない上、シャワーやトイレが不衛生で用意された数も不十分だと指摘された。食事や飲料水も不足した。ぬかるんだ土地にわいた大量の虫に刺され、肌のかぶれなどに苦しむ参加者が続出。

 連日、多数の熱中症患者が出たこともあり、最大規模の4000人以上を派遣していた英国代表団が4日には早々に現地から撤収。アメリカやシンガポールなどの代表団も後を追った。韓国政府で行事を担当した女性家族省は、台風6号の接近を理由に残りの代表団も現地から離れることにしたと説明した。

 約1600人が参加した日本代表団の場合はどうだったのか。日本代表団でも毎日数人程度の熱中症患者が発生していた。新型コロナウイルスやインフルエンザの患者も各20人ほど出たが、当初は「何とかなる」とも考えていた。ところが、米英などの撤退がニュースで伝えられると、日本で事態を見守っていた保護者などから心配の声が上がった。

 現地でも徐々に疲労感が濃くなり、「暑くてこれ以上、耐えられない。屋根があるところに避難したい」という主張に変わり、8日に野営地を離れたという。

 世界スカウト連盟総会が韓国を「2023ジャンボリー」の開催地に選んだのが2017年8月。韓国メディアも散々、「6年も準備期間があったのに何をしていたのか」と批判した。文在寅政権当時から始まった話だけに、尹錫悦大統領だけの責任ではない。

 ただ、猛暑や台風についても、気候変動問題が世界のトレンドになっている昨今、「予想できなかった」という説明には、十分な説得力がない。予算は1171億ウォン(117億円)もあったと報じられている。

 日本政府関係者の一人は「こうした事件が起きるたび、『韓国は安全不感症』という指摘が出るが、的外れとは言えないだろう」と語る。2022年10月のハロウィーンに、群集雪崩によって150人以上が死亡したソウル・梨泰院(イテウォン)の雑踏事故でも、事前に十分な交通規制を敷いていなかったという指摘が出た。

 韓国メディアは、ジャンボリー会場の水はけが悪く樹木が育たなかった理由に、セマングム開発を急ぎたい地元政府が、公的財源から埋め立て予算を引っ張ってこようと、無理に開発したことを挙げている。

■「国格」と「映えの文化」

 この惨状を目の当たりにして思い浮かんだのが、韓国の人が好んで使う「国格(クッキョク、国の品格)」という言葉だ。2010年、当時の李明博政権は「国格向上運動」を始めた。同年11月の主要20カ国・地域(G20)首脳会議主催に合わせ、「G20として恥ずかしくない国をつくる」(韓国政府関係者)のが目的だった。李明博氏はこの年の新年演説で「国格を高めるため最善を尽くす」と宣言している。

 韓国は1910年から1945年にかけ日本に統治され、「亡国」のつらい時代を過ごした。祖国への愛情は人一倍強く、自負心も並々ならぬものがある。

 韓国の人々がよく使う言葉の一つが、「漢江の奇跡」と呼ばれる高度成長についての「欧米は100年、日本は50年かかったのに、我々は20年で成し遂げた」というものだ(人によって、主張する年数は微妙に異なる)。

 2023年5月に広島で主要7カ国首脳会議(G7サミット)が開かれたが、韓国では「韓国も加わってG8に」という記事が間欠泉のように流れる。この感情に支えられた行動の一つが「国際大会」の誘致だ。

 G20もそうだが、韓国は国際的なイベントの誘致に情熱を燃やす。この世界ジャンボリーでも、尹錫悦大統領が開営式に出席した。国際的な評価を気にするため、ジャンボリーで混乱が広がり始めると、韓国政府は急遽、69億ウォン(約6億9000万円)規模の緊急支援を決め、医師やエアコン付きのバス車両を派遣するなど、迅速な対応ぶりを見せた。

 日本代表団の場合、救援要請を受けたソウルの日本大使館が韓国外交省に「何とかしてくれ」と頼むと、すぐに忠清北道にある救仁寺を提供した。同時に、日本側に対して「(本国に帰るという)撤退ではないよね」と何度も確認を求めてきた。梨泰院雑踏事故でも、韓国政府は日本人被害者の遺族に対し、ソウルでの宿舎の手配や弔慰金の支払いなどで誠意のある対応を見せたという。

 外聞を気にするのは人間の性だが、韓国には特に「映えの文化」を強く感じる。韓国では登山やサイクリングを趣味にする人が多いが、「まずは外見が大事」とばかり、本格的なウェアや装備品をそろえるところから入る人がほとんどだ。

■2024年に起きた航空機事故

 1994年10月に起きたソウル・漢江にかかる聖水(ソンス) 大橋の崩落事故、1995年6月に発生したソウルの三豊(サンプン)百貨店崩壊事故の際も、「高度成長に浮かれ、安全点検を怠った」という指摘が出た。

 尹大統領の弾劾が話題になっていた2024年12月29日、韓国南西部の務安(ムアン)国際空港で、バンコク発務安行きのチェジュ航空機(ボーイング737-800型)が着陸に失敗し、滑走路の外壁に衝突して炎上した。乗客乗員181人のうち179人が死亡する大惨事になった。

 バードストライクが原因とみられる着陸装置の故障から胴体着陸をした機体は、時速200キロ以上のスピードで空港の周囲を囲んだコンクリート壁に激突したとされる。

 ソウル・光化門にある中央庁舎群の太極旗はみな半旗になり、国会議員や政府高官たちは喪章をつけた。この事故でも、空港にあったコンクリート構造物の危険性などが指摘された。

 事故直後に会った韓国政府高官は「なぜ、空港の周囲をコンクリート壁で囲んでいたのか。周囲は海だったから、むしろ鉄条網などで囲んでいれば、もっと生存者が多かったのではないか」と語った。

 この時点では詳しい調査結果が出ていなかったため、正鵠を射た発言かどうかはわからない。しかし、この発言を聞きながら、私は「なぜ、また、こうした事故が繰り返されてしまったのか」というやるせない気持ちに襲われた。

東洋経済オンライン

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最終更新:4/30(水) 9:32

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