「北川景子に凄みが出てきた…」ドラマ《あなたを奪ったその日から》での好演で話題! 人気女優が“誘拐犯役”を必ず通るのはなぜか?
「業が深い」という言葉がある。「欲深い」とか「罪深い」という意味で使用される。前世での欲深い行いがブーメランとなって現世で報いを受けている、というような状態を指す。
『あなたを奪ったその日から』(カンテレ・フジテレビ系、月曜22時〜)で北川景子が演じる主人公・中越紘海はまさに「業の深い」人物だ。前世でよっぽど酷い行いをしたとしか思えない。最終回まであと3回を残すのみとなった第9話の彼女はのっぴきならない状況に陥っていた。
彼女はいったいなぜそんな状況になってしまったのか。
最終回まであと2回。『あなたを奪ったその日から』の魅力と主演・北川景子の凄み、そして誘拐ものがヒットする理由を解説したい。
以下、第9話までのネタバレがあります。
■大展開を迎えた「第9話」
紘海の娘・灯(石原朱馬)は3歳の誕生日、ピザのなかに入っていたエビによってアレルギーを起こして死亡。ピザを作った惣菜店「YUKIデリ」の社長・結城旭(大森南朋)の不誠実な態度に憤った紘海は、彼の次女・萌子(倉田瑛茉)を誘拐する。
目には目を歯には歯をとばかりに、連れ出した萌子を殺そうと試みる紘海だったが、いたいけな萌子を見ているとできない。亡くなった娘の面影を見て、萌子を「美海」と名付け、我が子として育てることにする。
美海(一色香澄)はすくすく育ち、紘海にとってかけがえのない娘になっていた。が、偶然、再会した旭が、灯の命を奪っておきながら、何事もなかったかのように復活を遂げていることを知って許せない感情がもたげる。素性を偽って結城の新たな会社に入り込み、真相を探ろうとする。
実際に接してみた旭は案外いい人で、気持ちが揺らぐ紘海。やがて、美海が萌子であることが、旭にも、美海当人にも明らかになるときが来た。それが第9話。アレルギー事故の真相もわかる。
かいつまむと、すべては親子愛が生んだ悲劇であった。
旭、その元妻・江身子(鶴田真由)、長女・梨々子(平祐奈)が3人そろって紘海に土下座して謝罪。これで次回・第10回は最終回で、親子愛でまとめて大団円になるのかと思ったらーー。
紘海がいきなり豹変する。
「なんなんですかこれ やめてください やめて!」
「あなたがたは終われても私はずっと終われないんです」
次回は最終回ではなかった。まだあと2回あるから、確かにこれでは終われないという冗談はさておき。結城家は謝罪したことで罪悪感がなくなるかもしれないが、紘海はそれでは済まない。亡くなった灯は帰ってこないのだからと結城家を激しく責めはじめ、こうして事態は振り出しに戻ってしまった。
灯を失った絶望はどんなに時間が経っても埋められない。何度も何度もぶり返す。そのうえ紘海には結城家を責められない理由がある。萌子を誘拐したという罪の後ろめたさがあるかぎり、決して心は晴れないのだ。
■これまでヒットした「誘拐もの」とは違う
主人公が子どもを誘拐し逃亡生活を送る「誘拐もの」。
過去、角田光代のベストセラーを原作にした映画とドラマ『八日目の蝉』や坂元裕二のオリジナルドラマ『Mother』など、誘拐ものにヒット作あり。テッパンジャンルと言ってもいいだろう。
例にあげた2作は、誘拐後に逃亡するロードムービー的なところがあるが、『あなたを奪ったその日から』は逃亡しない。仇のそばにいて虎視眈々と復讐を狙っている。その粘っこさがこの『あなたを奪ったその日から』の妙味である。
女性の繊細な感情を丹念に描くのみならず、主人公の思考や行動がいささかぶっ飛んでいておもしろいのだ。
はじめのうち紘海は周囲を警戒し、ひっそりと生きていた。だが保育園には通わせなくても、小学校に行かせないわけにはいかない。そのためには戸籍が必要になる。
紘海はこれまで出生届を出していなかった理由を無理くりつくり、離婚した夫にも協力を頼み、実母・江身子の唾液を摂取して鑑定をすり抜ける。過去に特殊任務でもやってきたのかと思うほどの実行力。
そもそも誘拐するところからしてとんでもないことで、紘海の行動にはSNSで賛否両論が渦巻いた。しかも繰り返すが、逃亡しないで、仇の傍らで生活を続ける大胆さ。
あくまでフィクション。とんでもない展開であればあるほど、スリルがあっておもしろいと好意的な視聴者もいれば、食品アレルギー問題や幼児誘拐など生々しくて見るのがつらいと敬遠する視聴者もいる。
■「北川景子劇場」として見ると面白い
自分の大切なものを奪われたら復讐するのは当然か否かという根源的な問いには、なかなか容易に答えを出せない。だから『あなたを奪ったその日から』は、あくまでも北川景子劇場として楽しみたい。彼女の執念の演技を見ることを主目的にすれば、これほどおもしろいものはないのである。
ドラマの序盤、我が子を失い絶望し、相手の愛娘に手をかけようとするときの北川景子の能面のような表情は、氷の冷たさと業火の熱さを併せ持ったような凄みがあった。
また、誘拐した幼児の歯を磨いてやるときの所作もいい。きわめて事務的な無表情で、心が死んでいるのがひしひしと伝わってくる。それでいて、いままで実子にやっていて慣れているから手際はいいのだ。
そこに漂う、子を失った母親のなんともいえない悲しみは、赤子が亡くなったのに母乳が出るような状態を思わせた。
我が子をふいに亡くした深い絶望と悲しみ→激しい復讐心→他人の子に移る情→母と子の平凡な幸せ→バレないように休まることのない警戒心→やっぱり自分の子を失ったことも忘れられない→真相への追求心→じょじょに変化していく仇に対する感情→予想だにしなかった真相を知ったショック→再びもたげる実娘を失った悲しみや後悔(第9話時点、いまココ)……と感情の種類とうねり方が多種多様で、北川景子を見ているだけで満足感がある。
北川景子の存在が物語そのもの。当人もやりがいを感じながら演じているのではないだろうか。もちろん感情的にはしんどい役ではあると思うが。
■“ぶっ飛んだ役”が似合う、気高く端正な顔立ち
プライベートでは2人の子どもの親である北川。2016年に結婚(夫は俳優、タレントのDAIGO)、2020年に第1子、2024年に第2子を出産し、育児と仕事を両立している。
俳優は自分と違う人物を演じたいものとよく耳にするが、子を持つ人物を演じるとき、親の実感が強みになることもあるだろう。先述した、淡々と幼児の歯を磨いているときの身ぶりのリアリティ。こういうディテールが奇想天外なドラマに説得力を与えていることは大事にすべき点のひとつだと思う。
生活感を出しつつ、そこから大きく飛躍して、ふつうならそこまでやらないという行為に手を染める。ひとりの人間が持つ振り幅の大きさを北川景子は見事に演じている。
第9話の中だけでも、3人に謝られているときの険しい表情→謝り終わったときの「なんなんですかこれ」という虚無の顔→灯を思っての悲しみのぶり返し→自分の最大の罪を言えず追い込まれ、あくまでシラを切り通そうとする強がった顔、これまで必死で守ってきた信念が崩壊目前の顔……とどんどん表情が移り変わっていた。
最終回、ラストシーンの紘海はどんな顔をするだろうと想像するだけで楽しい。
北川景子には女の業がよく似合うように思う。大河ドラマ『どうする家康』(2023年、NHK)では茶々役で、父・浅井長政の仇である秀吉(ムロツヨシ)に嫁ぎ、母・市(北川二役)と関わりの深かった徳川家康(松本潤)と闘い続ける。
この役はまさに業の深さの極地で、燃える大坂城の天守閣での最期の恨み節は圧巻だった。
むしろ、そういうぶっ飛んだ役のほうが彼女の気高く端正な顔立ちに似合っているのかもしれず、市井に溶け込む生活者の役のほうが想像しづらい。それが今回、『あなたを奪ったその日から』で市井の母の中にうごめく業を演じて一気に役の幅を広げることになった。
北川景子の俳優としての今後の活躍にも期待したいと思ったら、今度は映画『ナイトフラワー』(内田英治監督)で、2人の子どもの養育費を稼ぐため麻薬の売人をやるシングルマザー役に挑むという。『あなたを奪ったその日から』の紘海役を架け橋にして、ますます深いところに突入だ。
■人気女優たちが「誘拐もの」に挑戦する理由
「誘拐もの」は、女の業を描くのにふさわしいジャンル。
『八日目の蝉』のドラマ版では檀れい、映画では永作博美が、誘拐した子どもへの複雑な愛に苦しむ複雑な心理を演じ、『Mother』では松雪泰子が虐待されていた子を救うという信念と逃亡生活を続けるたくましさと罪への葛藤を演じて高い評価を受けた。
余談だが、『Mother』の誘拐される子どもを演じたのは芦田愛菜で、彼女の演技力の高さもドラマを牽引した。
なぜ、誘拐もの、それも女性が子どもを誘拐する作品、それが女優(あえて女優と書く)を輝かせるのか。
1人の人間の中の善と悪を演じるうえで最適だからであろう。実子、あるいは他人の子へのどうしてもあふれ出て抑えきれない愛。その愛ゆえに犯してしまった罪。その簡単に答えの出せないところを演じることで、俳優はとてつもない輝きを増す。
たとえば、悪役はやりがいがあるが、イメージダウンの危険も併せ持つ。子どもを誘拐し、次第に情が湧いてきて、罪と愛の間で苦しむ役ならば、完全な悪にもならず、どこまでも子どもを愛する人間力で突破できる。
また、たとえば、女性はある一定の年齢をすぎると、母親役が増えていく。でも母親役はあくまで子どもの理解者だったり反抗相手だったりと、劇的要素が少ない。母親かつ、劇的なところも演じる役、光と影のゆらぎを演じることができる役として、誘拐犯という役が俎上に上がってくるのだろう。
誘拐自体は罪ではあるが、そうせざるをえなかった人間の苦しみの表現方法として、誘拐ものはなくてはならない。
東洋経済オンライン
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最終更新:6/23(月) 7:02