日経平均株価が過去最高値を記録するなど、目を離せない状況が続く昨今の日本経済。
いま投資家は何に注目するべきなのか、人気エコノミストのエミン・ユルマズさんに解説してもらう。
前編では、日本株価上昇の背景や今後の値動きについて分析した。後編となる本記事では、投資する株の選び方、株以外の投資先などについての考えを語ってもらった。
「1ドル150円からの米国株買いはリスキー」と語るエミンさん。今は何に投資するべきなのか、株に興味があるという人は、投資先を考えるうえでの参考になるかもしれない。
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【プロフィール】
エミン・ユルマズ:トルコ出身。エコノミスト、グローバルストラテジスト。1997年に日本に留学し、東京大学理科一類に合格。2006年に野村證券に入社。投資銀行部門、機関投資家営業部門に携わった後、2016年に複眼経済塾の取締役・塾頭に就任。ワールド・ビジネス・サテライトなど多数のテレビ番組に出演。今年5月には新著『インフレ時代の経済指標』を発売した。
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■初心者の投資の始め方は?
ー投資初心者は、まず何から始めると良いのでしょうか
初心者はまず証券口座を作って、一度リスク資産を買ってみるのが良いと思います。
普通の貯金と違い、リスク資産は一度買ったら毎日価値に動きがあります。その変動の感覚をまずは身につけてほしいです。
ー新NISAをきっかけに投資を始める人が多い中、やはり投資信託が良いという声も聞きます
投資信託は入りやすいですよね。名前から分かるように、投資判断を自分でせずに、プロのファンドマネージャーさんにお金を預けるという意味ですから。初心者にとっては始めやすいですし、信託報酬も昔と違って安くなっています。
ー投資信託の買付金額ランキングではオールカントリーやS&P500などが上位ですが、まず何から買うと良いのでしょうか
ランキングを見ると日本株がないんですね。私は日本株が好きなので、基本的にそちらを買っています。
(外部配信先では図表、グラフなどの画像を全て閲覧できない場合があります。その際は楽待新聞内でお読みください)
今まで米国株やオルカンが買われていたのは、パフォーマンスが良かったというのに加え、ここ2年間ほどの円安傾向も背景にあります。米株の上昇に加えてドルが上昇していました。ただ、円安というのはいつまで続くか分かりません。
日本は世界主要国の中で非常に金利が低い国です。そこで外国の機関投資家やヘッジファンドが日本円でお金を借りて、米国株や新興国の株・国債を買います。これをキャリートレードと言います。
このキャリートレードというのはリスクオン(高いリターンを狙ってリスクの高い取引を行う投資家が多い状況)状態で、リスク指向が高い時にはすごく美味しい話です。
ただ、何かしらのリスクイベントがあると、円でお金を借りた投資家たちは返済のために米国株などを売ることになります。借りた円を返すには、ドルで持っていた資産を円に変える必要があり、円買いが一斉に起きます。こうして急速な円高になる可能性があるのです。
たとえば米国株が30%くらい下がり、反対に日本円は150円から120円に戻ったとすると、円建てベースで米国株に投資していた人達は大きな打撃を受けます。
1ドル120円や100円からの米国株買いというのは、ある意味合理的で良い戦略でした。しかし、150円からの米国株買いというのは極めてリスクが高いのです。
機関投資家は為替ヘッジ(将来交換する為替レートをあらかじめ予約するなどして、取引における為替変動の影響を抑えること)を行いますが、個人は為替ヘッジをしないので影響を受けやすいです。
リスクを考えれば、外国株に資産をすべてつぎ込まずに、せめて日本株と外国株で分けるのが良いと思います。
ー円安は、日本にとっては良いことなのでしょうか
度合いによりますが、行き過ぎるとあまり良くありません。毎年少しずつ円安が進んでしまうと、極めて危険だと思います。
その理由として、まず1つはビジネスプランが立てられなくなります。日本は地下資源を持っていないので、物を作るためには材料を輸入しなければいけません。為替が安定しないと、いくらで原材料を買っていくらで売るのかが分からなくなります。
もう1つ、円安が続けば続くほど結果的には日本の実質賃金が上がらなくなります。名目が上がっても実質が上がりません。そうなると日本人がどんどん貧乏になってしまいます。
ー今は円安で豊かになってきているという声も一部あります
それはないと思います。日銀の生活意識調査を見ると、1年前に比べて生活が良くなったと思っている人の割合は9%しかありません。60%は生活が苦しくなったと言っています。
こんなに株高が起きても、10人のうち6人が1年前に比べて生活が苦しくなったと言っているのです。この理由は明確で、円安による物価高です。
■日本株の今年のテーマは「化学セクター」
ー初心者は投資信託からが入りやすいという話でしたが、個別株投資はどうでしょうか
個別株投資は、自分が毎日生活の中でお世話になっている企業、サービスや商品が好きで応援したいと思う企業の株を買うのが基本だと思います。
自分でも気付かないうちにさまざまな上場会社のサービス・商品にお世話になっているはずなので、そこに気付くことが個別株投資の始まりだと思います。
ー個別株投資で最初に投資する企業はどう選ぶのが良いでしょうか
中古型株などであれば、経営者が好きだから買う、という人も割といると思います。イーロンマスクが好きだからテスラ株を買っているような人です。ある意味、個別株投資というのは経営者の肩に乗ることでもありますからね。
日本の会社でも、経営者がどのような人なのか初めは分からないと思いますが、基本的に会社の株を100株持っていれば株主総会の通知が来ます。そこに行けば良いんですよ。
そこで社長の顔を見て、気になることは質問もできます。その場でしか分からないものもあるので、ぜひ行ってみると良いと思います。
ー投資先の候補となる企業の中で、いわゆる10倍株(株価が10倍以上に成長する銘柄)となる銘柄の条件はあるのでしょうか
10倍株に共通する条件は、過去4年間の売上成長率が年20%以上、つまり4年間で売上が倍になるということです。
また、営業利益率が10%以上、上場から5年以内、オーナー企業または社長が一等株主であること。これが10倍株の条件です。
上場からの期間があまりに長いと、もうすでに株価がポテンシャルの上限に達して上昇余力がないという可能性があるので、5年以内という条件です。
さらに、株価が社長の資産に直結している場合、社長は株価を上げようと努力します。その一方すでに組織化しているサラリーマン社長は株をあまり持っていないので、株価の上げ下げに無関心です。
その意味で、社長やオーナー企業が一等株主である企業の銘柄が、10倍株となる可能性があると考えています。
ー今後特に注目するべきセクターはありますか
先ほどから話が出ている「半導体」はもちろんですが、長期的には「ヘルスケア」が注目されるかと思います。特にコロナのパンデミックで注目が集まった分野です。
いまは人間の平均寿命も伸びているので、今後は寿命を伸ばすだけではなくクオリティを高める、という意味でもヘルスケアセクターは注目され、投資もさかんに行われるのではないかと思います。
もう1つ、「防衛」も注目のテーマだと思います。今は新しい冷戦体制に入って常に地政学リスクが存在するような情勢ですから。
防衛というのは、重工業や戦闘機を作る会社などの狭い意味に限りません。もっと大きな意味で、たとえば食の安全保障やサイバーセキュリティなども防衛関連に位置づけられるかと思います。
また、「通信」のテーマも注目ですね。今の世の中はすべてインターネットで動いていますし、次のステージの6Gに向かってまたインフラ投資も必要になってきます。
日本株の今年のテーマで言えば、「化学セクター」だと思います。化学セクターは今期から来期にかけての増収増益率が大きいです。特に前年期は数字が悪かったので利益の回復率が大きくなっています。
あとは「ファインケミカル」でしょうか。素材という意味では半導体にも関係がありますし、これから来期にかけて業績が回復する見込みが強まっているので、株価の動きには期待したいところです。
■株以外の投資先は?
ーいま、株以外で投資すべきものはあるのでしょうか
たとえば金や銀などは、投資対象として考えても良いのではないかと思います。
私たちが今使っている紙幣というのは、もともと金の代わりとして保存されていたものです。かつてアメリカのニクソン大統領が金本位制をなくしてしまったことで、その後にお金をどんどん刷ることができたのですが、一方でお金の価値は目減りしていきました。
しかし金というのは価値が変わりません。金は人工的に作ることができないので、その意味で金を持つことは資産を守る重要な役割を果たします。
また、世の地政学リスクが高まっている中で金の需要というのは極めて高く、世界各国の中央銀行が金を集めています。
さらに今は中国で株価が下がり不動産もダメになったことで、金を買って資産としている人が多いです。中国人からの長期的な買いもあると思うので、金は良い投資先だと思います。
ー不動産については、今購入しても良いのでしょうか
不動産は、インフレ上昇において真っ先に織り込むものの1つだと私は考えています。インフレになっている世の中で不動産価格が大きく落ちる、ということはまずないですよね。
日本の実質金利が大きくマイナスということもあり、すでにそれを織り込んで不動産価格が上がっています。
もちろん永遠に同じペースで上がるわけではなく、そのうち緩やかになっていくと思いますが、たとえば何か大きなリスクイベントがあった時も株のように大きく下落するというのは考えにくいと思います。
ただ、立地などによっても違ってきますし、一概にこうだと言えない部分もあります。東京都内で不動産価格が高騰していたとしても、日本全体で民間住宅需要は4%減っています。つまり二極化が起きているわけですよね。
半導体工場の新設で盛り上がっている熊本など、理由のあるところでは価格が上がっていますが、そうでないところではなおさら価値が下がっていく可能性があります。
また、不動産の場合は現金で買っている人はほぼいないので、金利の状況に影響を受けます。ここから日本が大きく金融引き締めをするとは考えにくいですが、若干金利は上がるのではないかと思います。
ただ、それでも金利はまだまだ安いので、価格の上昇率が落ちたり相場が落ち着いたりすれば、物件を買いたい人たちのエントリーチャンスになる可能性もあります。
ーデフレからインフレに変わりつつあるということで、最後に投資家にメッセージをお願いします
私の場合は、インフレが年間70~80%でお金そのものの価値がすぐに目減りする環境で育ったため、投資なり消費なり何かしらのアクションを起こさなければ、という考えを持っています。
みなさんはそのような国で育っていないので、おそらく頭では分かっていても、心の中ではインフレというものをまだ実感しきれていないのではないかと思います。
世の中、お金の価値がどんどん目減りしているということに気づくと、「お金の時間的価値とは何なのか」を考えるようになります。私は、それが投資で成功する一番の秘訣だと思います。
また、投資というのはさまざまなものを買うという意味でもありますが、「自己投資」のように自分を高めるという意味にも使われる言葉です。
たとえば語学が必要だったら語学を学んだり、資格が必要だったら資格を取ったり、人生を高める努力をするという投資も重要です。自分という存在の資産価値を高める投資を忘れないでいただければと思います。
(収録日:2024年3月6日)
不動産投資の楽待
最終更新:4/11(木) 19:00
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