アストンマーティンが「今あえてV型12気筒」を新開発した狙いは何か?

11/13 10:02 配信

東洋経済オンライン

 電動化まっしぐらの今、あえてV型12気筒エンジンを新開発したメーカーがある。イギリスのスポーツカーメーカー、アストンマーティンだ。

 この新型V12エンジンは、2024年9月に発表した「ヴァンキッシュ」に搭載されデビュー。電動化が進むいま12気筒エンジンを新開発したことに、どんな思惑があるのだろう。

 アストンマーティンは、ヴァンキッシュについて「スーパーカーにおける新たなベンチマーク」とする。12気筒エンジンは、5204ccの排気量を持ち、614kW(835ps)の最高出力と1000Nmの最大トルクを発揮。かつ、後輪を駆動して走る。昨今多い前輪駆動ではない。

 「全輪駆動でなく後輪駆動を選択した理由は、複数あります。たとえばメカニカルパーツの配置で、前後の重量配分を理想的な50対50に近づけること。後輪駆動の素直なハンドリングが、アストンマーティン・ブランドの製品に合っているから、という理由もあります。競合のスーパースポーツに後輪駆動を選択するモデルが多いのも、ひとつの証明かもしれません」

 アストンマーティンのシニア・ビークル・エンジニアリング・マネージャーのジェイムズ・オウェン氏が、上記のように説明した。

■電動化技術を使うハイパーカーもある一方で

近年では、スーパースポーツでも燃費向上(CO2
排出量低減)やトルク増強のためにモーターを備えたマイルドハイブリッドとする例が多いが、ヴァンキッシュに電動機構は備わらない。「重量バランスを考えると不必要」と判断したからだそうだ。

 エンジンのみでも法規をクリアし、かつ市場で十分な競争力をもつクルマを作り上げられるという自負が、エンジニアにはあったということだ。ただしアストンマーティンは、次世代のスポーツモデルも準備中だ。

 新世代のスポーツモデルのひとつは、V8エンジンに3基のモーターを組み合わせたミッドシップの4輪駆動「ヴァルハラ」。

 もうひとつは、2025年のル・マン24時間レースでの勝利を狙い、WEC(世界耐久選手権)のハイパーカーカテゴリーにも参戦する「ヴァルキリー」だ。こちらも電動化技術を積極的に使っている。

 「将来への布石は確実に打っています。でも、それだけがアストンマーティンでないのです」。オウェン氏は意外なことを口にする。

【写真】新型V12ツインターボを搭載するヴァンキッシュ(40枚以上)

 さらに「今回、新たに12気筒を開発しようと思ったのは、顧客の声を聞いたからです」と、オウェン氏の発言に言葉を添えるのは、ディレクター・オブ・ストラテジー&プロダクトのアレックス・ロング氏だ。

 「アストンマーティンではハイパースポーツカーも開発していますが、方針はあくまでも今回のヴァンキッシュのような“エンジンを搭載するGT(グランツーリスモ)”を、可能なかぎり作り続けることです」

 この先「パワートレインが電動化に向かうのは避けられない」とロング氏も認める。しかし、アストンマーティンの顧客は、やはりエンジンを求める。

 「これからの市場のトレンドは、電動化になるでしょう。しかし、ウルトラ・ラグジュアリーやウルトラ・ハイパフォーマンスといったカテゴリーでは、顧客のニーズは反対方向に動いています。COVID19がひとまずの落ち着きを見せ、かつての世界が戻ってきたのです。V8のクルマに乗りたい、V12エンジンを堪能したいという顧客の声が、数多く寄せられるようになったのです」

■12気筒の良さはどこにあるのか? 

 パワーの点でいえば、SUVの「DBX 707」に搭載されているV6のプラグインハイブリッド(PHEV)でも、十分なものが手に入る。でも、趣味のクルマの世界では、実用性は常に先にはこないものだ。

 「アストンマーティンといえば12気筒だと、捉えている顧客も少なくありません。私たちに、“さらなる12気筒搭載モデルを開発してほしい”という要望も多くありました。もちろん、イメージだけで言われているのではありません。12気筒には、ぶ厚いトルクとともに、各気筒の点火時期に起因する、魅力的な音とバイブレーションがあって、“これがなくては!”という方も大勢います」

 新たな12気筒エンジンの開発にあたりオウェン氏は、「アタマを使って設計したのは間違いありませんが、何よりも必要だったのは“熱い心”でした」と言う。

 アストンマーティンで直近の12気筒エンジンは、2024年に生産終了した「DBS」の5.2リッターだ。

 ヴァンキッシュの新しい12気筒エンジンも排気量は同じだが、部品を可能なかぎり適正化し、ターボチャージャーも刷新。パワーと燃費をともに追求した「まったくの別もの」(オウェン氏)だという。

 「今回の12気筒エンジンは、ヴァンキッシュ専用です。ヴァンキッシュは私たちが手がけるGTの頂点に位置するモデルですから、その下にくるモデルに同じ12気筒を搭載する予定はありません」

 ロング氏は、きっぱりと断言するような口調で言う。ヴァンキッシュにヴォランテ(オープンモデル)が追加されるとしたら、それが2番目のモデルになり、それ以外はないかもしれない。

■アストンマーティンの“いま”の集大成

 「できるかぎり作っていきたい」とオウェン氏が言う、新しい12気筒。ベースは、DBS に搭載された同排気量のAE31型だが、徹底的に手を入れられている。具体例にあげると以下となる。

■シリンダーブロックとコンロッドの強化
■シリンダーヘッドの再設計
■専用のプロファイルをもったカムシャフト
■インテークとエグゾーストのポートを再設計
■スパークプラグ位置の見直し
■インジェクターの高性能化
 加えて2基のターボチャージャーは、以前より15%、回転速度が上がっているそうだ。さらにタービンの慣性を抑えることで、アクセルペダルを踏み込んだときのスロットルレスポンスが向上したという。「トップクラスの性能と燃焼効率を実現」と、アストンマーティンの資料には記される。

 「このエンジンでは、排ガス規制への対応と燃費も、同時にもっとも重要なテーマだった」とオウェン氏。

 アストンマーティンのエンジニアは、さらにもうひとつ、「ブーストリザーブ」という機能を採用した。瞬間的に加速がほしいとき、ぱっとアクセルペダルを踏むと、待機モードに入っていたターボチャージャーがすかさず回ってエンジンに熱いガスを送り込み、ターボがフル回転したようなパワーが得られるシステムだ。

 「といっても……」と、オウェン氏は付け加える。

 「ヴァンキッシュはトップモデルですが、その本質は111周年を迎える私たちがずっと手がけてきたGTです。ドライバーはクルマに振り回されずに、長距離を長時間ドライブしても快適でいられることを念頭に置いてきました」

 冒頭でかかげた「いま12気筒エンジンを新開発したことに、どんな思惑があるのだろう」に対する答えは、明確だった。V型12気筒エンジンは、“お客様の声”であり、アストンマーティンのアイコンなのだ。

 それが“いつまで作られるか”はわからないが、いまこの時期にV型12気筒エンジンをあらたに手がけた“勇気”には感心させられた

【写真】アストンマーティンの伝統的スタイルで登場したヴァンキッシュ(40枚以上)

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:11/13(水) 20:02

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング