冷戦下のソ連が「ホットドッグ屋」を軍事施設と勘違いした根本原因~情報を「集めただけ」では、とんちんかんな結論になる~
情報はいくらでも入ってくる。だからこそ、情報をどのように見極め、理解し、まとめたらいいのかが難しい。
ロシア軍事・安全保障の専門、小泉悠さんによる「情報分析力」アップのための入門講義を3回にわたって紹介します。
(本稿は『情報分析力』から一部を抜粋・再構成したものです)
■「ペンタゴン地下施設」の教訓
情報をただ集めるだけではダメで、情報処理装置が必要です。というのは、これなしに情報だけ集めてきても、なかなか有用な分析結果、つまり情報資料が作れないからです。
有名なお話を一つの例として紹介したいと思います。アメリカの国防総省はペンタゴンと呼ばれています。上から見ると五角形をしているからですが、その中庭にも建物があるんです。
冷戦時代にソ連は、このペンタゴンを軍事衛星で撮影して監視していたんですが、どうもこの中庭の建物が気になる。たくさんの人間が出入りしていて怪しいというわけです。ソ連軍の結論は、おそらく国防総省の高官たちが会議を開く地下重要施設なのではないかということでした。
ところが冷戦が終わってからソ連軍の代表団がアメリカのペンタゴンに行ってみてわかったのは、これは国防総省の職員たちが昼飯を買いに行く場所だったんですね。
ホットドッグ屋とかハンバーガー屋とかが入っていて、昼休みになるとめいめいがそこに食べ物を買いに行っていた。このエピソードは国防総省のホームページにも載っていて、見学ツアーの定番コースにもなっているそうです(注)。
(注)https://www.defense.gov/Multimedia/Photos/igphoto/2001080694/
ソ連軍はなぜこんな勘違いをしたのでしょうか。ロシア国防省で勤務していた人の話によると、彼らの生活パターンは全然違うのです。食事の時間は厳密に決まっていて、時間になったら自分たちの部屋に鍵をかけてスタローヴァヤ(食堂)に行き、大急ぎでボルシチか何かをかきこんでまた戻ってくるという話でした。
現在ではロシアの政府機関職員もネットで注文したデリバリーフードを食べていて、流出した顧客リストから連邦保安庁の組織構成がバレてしまったという事件もありましたが、ソ連時代にはもちろんそんなものはありません。
だから、ソ連軍人たちからすると、昼休みになったらみんなプラプラ出てきて、それぞれ好きなものを買ってきて食べるというアメリカ人の習慣は全く想像外だったわけですね。
■相手の行動様式がわからないと、とんちんかんな結論に
情報処理装置の重要性とは、つまりこういうことです。
何百億円もする軍事衛星を、さらにまたそれを何百億円もするロケットで打ち上げて、ソ連で最も優秀な分析官たちが分析しても、相手がどういう行動様式をとっているのかがわからないと、とてつもなくとんちんかんな結論が出てきてしまうのです。
逆にアメリカの分析官だって、ロシアのスタローヴァヤ文化がわかっていないと見当外れな「分析」をしてしまうでしょう。
東洋経済オンライン
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最終更新:11/22(金) 16:02