ポケトークが「鬼門のアメリカ」でつかんだ自信 苦難続く日系ITスタートアップの活路となるか

5/21 5:21 配信

東洋経済オンライン

 日本のITスタートアップにとって、鬼門となっているアメリカ市場の開拓。そこに一石を投じる動きが生まれている。

 AI通訳機「ポケトーク(POCKETALK)」を手がける運営会社のポケトークは、2024年1~3月期のアメリカ事業における売上高が前年同期比2.2倍の374万ドル(約5.6億円)となり、アメリカ法人としての営業損益が四半期ベースで初めて黒字化した。

 英語を母国語としない移民の増加を背景に、教育機関向けの販売が伸びている。そのほか、病院や警察、郵便局など、行政を含む法人からの受注が急増しているという。

 ポケトークは2017年に発売され、当初は日本におけるインバウンド需要が大きかった(アメリカ向けの発売は2019年から)。ただコロナ禍の影響でインバウンド需要が減り、コロナによる経済活動の制約をあまり受けなかったアメリカでの存在感が高まった。

■法人顧客向けに大きな商機

成果が上がったのは、現地のPR会社と組んだマーケティングや大手ITディストリビューター(販売店)の活用だ。今後は2023年後半から提供を始めた、「Ventana(ベンタナ)」と呼ばれるツールも本格的な収益貢献が見込まれている。

 ベンタナは、法人顧客がユーザーの翻訳内容や使用頻度などを、複数あるポケトーク端末を通じて一括管理できるオプションの定額制サービス。取得したデータを分析することで、自社サービスの向上や生産性の改善、売り上げの増加につなげることができる。

 「アメリカはもともと個人向けの需要はあまりなかったが、B to B(法人向け)に大きな商機があることがわかった。一度パブリックセクターに導入が決まると信用が上がるので、そこからどんどん販売が伸びている」と、ポケトークの松田憲幸社長兼CEO(6月1日付で会長兼CEOに就任)は語る。

 ポケトークの運営会社は、その成り立ちや資本構成もユニークだ。

 元はパソコンソフトなどを販売するソースネクスト(東証プライム市場上場)のサービスとして生まれたが、2022年2月に会社分割で法人化された。新会社がポケトークの事業を承継し、急成長を目指す“スタートアップ”として生まれた経緯がある。

 2012年に設立されたソースネクストのアメリカ子会社も、同じタイミングでソースネクスト・インクからポケトーク・インクに社名変更し、ポケトーク社の傘下に入った。

 分社化の狙いはグローバル展開の加速だ。直後から外部資本を活用し、2022年2月にはエクスコムグローバルなどから第三者割当増資で13.8億円を調達。合計で7回の資金調達を行い、累計資金調達額は約50億円となる(外部株主の持ち分比率は現在約20%)。

 アメリカ事業の好調を受け、会社は2024年3月に2025年中の株式上場を目指すと発表。最新の資金調達に基づく株式評価額は約250億円で、証券市場の間では、上場時の時価総額が1000億円に達するとの見方もある。

 ポケトーク社の通期業績は現在非開示だが、会社はアメリカ事業を中心に成長を加速させて、2027年12月期に売上高280億円、純利益100億円を見込んでいる。アメリカの議会予算局は、アメリカへの純移民が2010年から2019年の年平均90万人に対し、2022年には260万人、2023年には330万人になると推定しており、こうしたマクロ環境も追い風になりそうだ。

■トップが家族ぐるみでアメリカに移住

 ITスタートアップとしての飛躍を目指すポケトークがなぜ、アメリカ事業で成功の手ごたえをつかみつつあるのか。その理由について松田氏は「会社の経営やマーケティングの方針を現地のアメリカ人に任せているところが大きい」と説明する。

 そのうえで「そのまま放置するのではなく、自分自身が家族と一緒にアメリカに移住して本社のコミットメントを示している。細かい口出しはしないが、(規制の対応やバグの解消など)アメリカ側のリクエストをすぐ日本の開発者に伝える役割を果たすことを意識している」(松田氏)という。

 松田氏はポケトーク・インクのCEOを務めるが、現場の裁量はアメリカ人のゼネラルマネージャーが担っているという。松田氏自身は、前身のソースネクスト・インクを設立した2012年からアメリカのシリコンバレーに移住し、その後は出張ベースで日本に来るという生活を続ける。親会社ソースネクストの社長職は2021年に退いた(現在は同社の会長兼CEO)。

 トップが異国の地に身を置くことの必要性は、大学卒業後に入社した日本IBMでの経験が大きいようだ。

 「日本でこんなにいっぱい問題があると訴えても、アメリカ本社がイエスと言わないという状況があり、悩んでいた。その気持ちがよくわかるから、ポケトークでは日本製品をアメリカに展開するやり方はしていない。アメリカの事業はアメリカ側が、日本にコントロールされない環境をつくることが大事だと思った」(松田氏)

 前述のポケトーク分析・管理ツール「ベンタナ」も、現地のゼネラルマネージャーが発案したサービスだという。

■先陣は軒並みアメリカで大苦戦

 日本発のITスタートアップは、アメリカ進出で苦戦続きの歴史がある。老舗では、2010年代前半に楽天グループやソーシャルゲームで一世を風靡したグリー、ディー・エヌ・エーがアメリカ企業を買収し進出を試みたものの、軒並み大きな損失を出している。

 2010年代半ばから後半は、ユーザベースやスマートニュースがニュースメディアとしてアメリカ市場に挑んだが、ユーザベースは買収時に掲げた3年で黒字化という目標を達成できず、2020年11月に事業から撤退。スマートニュースは2023年1月にアメリカでリストラを行った。

 ITスタートアップの雄として期待されたフリマアプリのメルカリも、アメリカ事業の運営に呻吟している。メルカリは2014年にアメリカ子会社を設立し、2017年にはフェイスブックの元幹部を幹部に任命したものの、利用者が伸び悩み赤字が常態化。

直近までの累積赤字は推定720億円にのぼり、2024年3月にはテコ入れを狙って、販売手数料の無料化という手に打って出た。メルカリは問い合わせに対し「事業ごとに累積での業績の開示は行っていない」と回答した。

 スポットコンサルのビザスクは、2021年11月にアメリカ同業大手のコールマン社を買収し、「小が大を飲む買収」として話題となった。

しかし2024年2月期の決算で、コールマン社の業績が買収当時における見込みを下回っていることから、同社ののれん145億円を全額減損計上したことを発表。これにより、買収資金の調達先だった取引銀行と締結している財務制限条項に抵触することとなった。

 ビザスクの端羽英子CEOは「2021年後半から(売り上げの指標となる)M&A市況の悪化がみられていたが、自分自身がアメリカの状況に対して、間接的な見方になっていた。出張の回数を増やすなど、もっと直接的に関与してアメリカ事業の解像度を上げる必要があった」と取材に対して語っている。

 ビザスクは5月末の株主総会で、買収先であるコールマンの創業者と、日本側で買収を主導し、会社のナンバー2でもあった瓜生英敏氏がともに取締役を退任する見込みだ。

 いずれの会社も事情がさまざまで、アメリカ事業苦戦の要因は1つではない。ただ一般に言われるような言語の壁やアメリカと比べたベンチャーキャピタルの層の厚さなど、日本企業が克服すべき要因は多い。そうした中で、スマートニュースの鈴木健会長(当時社長CEOを兼任)は、2022年9月から自身がカリフォルニア州に移住するなど、挑戦を続けている。

■個人利用中心の日本での拡大が課題

 アメリカにおける四半期黒字化を成し遂げたポケトークとて、決して安泰ではない。

 親会社ソースネクストの2024年3月期は、日本のポケトーク事業を中心とする開発人件費増加などにより、3期連続の営業赤字になっている。さらなる外部資本の活用を進めるとしても、親会社の支えがなくポケトークとして十分な投資ができなければ、盤石な成長ストーリーは描けない。

 今はアメリカが先行して収益化しているが、日本でも大型の法人受注を増やすなど、日米両輪での成長が必要となる。個人利用が中心の日本市場においては、アメリカで提供を始めた顧客の分析・管理ツールを「ポケトーク アナリティクス」として拡販し、公共機関や大手企業の導入獲得を目指す。

 専用端末としての魅力をいかに高められるかも課題だ。端末料金はポケトークSが249ドル(日本は3万2780円)、ポケトークプラスが299ドル(同3万4980円、名称はポケトークSプラス)となっており、無料でダウンロードできるスマートフォンアプリと費用面で割高ではないかと比較されることが多い。

 この点について松田氏は「(主にアメリカで)スマホの使用を禁止する学校や非推奨とする場所が多いほか、個人のスマホを使用するのは、情報を抜き取られる恐れなどプライバシー保護の観点でも問題がある。また、複数人で端末を利用する病院などでは10万円以上するスマホよりも専用端末のほうが安価であり、ポケトークに対するニーズは高い」と語る。

■ヨーロッパはさらに大きな市場

 一方で、専用端末を必要としない定額制のサービスも始めている。2023年3月に提供を始めた「ポケトーク ライブ通訳(旧・ポケトーク for BUSINESS 同時通訳)」では、チャットGPTの開発元であるオープンAI社の技術を活用し、 音声と字幕によるリアルタイム翻訳を可能にした。

 ウェブブラウザにも対応するほか、2024年3月には自動で言語を判別し、双方向のコミュニケーションが可能となる新機能をグローバルにリリースしている。

 松田氏は「ポケトーク・インクの四半期黒字化をみて、メルカリの山田進太郎さん(CEO)やスマートニュースの鈴木さんも、どうすればアメリカ展開をうまくできるのかと相談に来た。ポケトークは最初に成功する可能性があるし、この先ヨーロッパはアメリカと同じか、それよりも大きな市場になる可能性がある」と夢を描く。

 日本のスタートアップにとって長年難所となっていた部分をどこまで攻略できるのか。松田氏率いるポケトークの挑戦に多くの視線が集まっている。

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最終更新:5/21(火) 5:21

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