100人が見る試合を1万試合配信も 「AIカメラ」が切り拓く、スポーツの新たな明日

3/7 17:02 配信

東洋経済オンライン

 自動実況など、スポーツ中継におけるAIの導入は比較的進んでいるといわれるが、NTT西日本と朝日放送グループHDによる合弁会社「NTTSportict」は、限られたスタッフでも高品質な中継・配信を可能にするAIカメラによる新しいサービスを提案している。

■通信の発達で広がる世界

 国内スポーツ中継の最高峰の一つでもあるプロ野球(NPB)のテレビ中継。甲子園球場で行われる阪神タイガースの試合では10台近いカメラを駆使して撮影を行い、球場には中継車を出して映像のスイッチングやスローなどをオペレート。さらに放送局内では、スコアやカウント、選手名などのテロップ表示をサポートするスタッフがおり、それらを含めた中継に携わる人数は80~100人にも及ぶ。また、サッカーJリーグでもJ1では多いときには20台近くのカメラが、広いピッチをさまざまなアングルから狙っている──。

 かつては「テレビやラジオの電波を使った放送」に限定されていたスポーツ中継は、通信の発達により、さまざまなプラットフォームで多種多様なジャンルのスポーツが配信されるようになりました。それこそYouTubeを扱う知識が少しでもあれば、一般の方でもスポーツの試合をリアルタイムで配信することができるようにもなりました。

 2022年の統計では、サッカー、野球、バスケットボール、バレーボールの4競技を合計しただけでも、国内の競技人口は1000万人以上とみられており、アマチュアチームの数も10万以上あると言われます。仮に1チームが年間20試合したと計算しても、100万(10万×20÷2)もの試合が国内で行われていることになりますが、そのうち中継・配信されている試合は、多く見積もっても3割程度かなと思います。

 つまり、映像化されていない試合は、この4競技だけでも70万試合以上はあるように思います。もちろん、プロの試合のように誰もが知っている選手が出ているわけでもなく、試合を見たいという需要自体は低いでしょう。

 でも、その試合に出ている選手にとっては1試合1試合が映像として残るのならすごく嬉しいことだと思いますし、また現地観戦できなかった家族や関係者にとっては、なんとしても見たい試合もあるでしょう(私自身も、子どもが通う少年野球チームの指導者をしているのですが、フィードバックするために毎試合ビデオカメラで撮影しています。試合前は指導もあるので、バタバタしてしまうことが多く、撮影を失敗した経験も数知れず……)。

 このように日本には、小規模とはいえ映像化を望まれながらも配信されていないスポーツの試合が、まだまだ数多く眠っています。そういった試合を埋没させないためにも、われわれの会社では「100万人が見る試合を1試合放送するのではなく、100人が見る試合を1万試合配信する」というテーマを掲げ、アマチュアスポーツの秘めたる力を掘り起こし、それを通して社会や人の繋がりを増やしていきたいと思っています。

■スポーツ用のAIカメラ、その特性と可能性

 スポーツの試合をライブ配信する際には、撮影の経費や人手、あるいは専門性を持った人材の確保などさまざまな障壁が浮かびあがります。いったいどうやって「1万試合の配信」を実現するのか?  前置きがかなり長くなりましたが、それを実現する大きな武器となるのが、スポーツ用のAIカメラです。

 われわれNTTSportictが扱っているAIカメラは、2013年にイスラエルで設立されたPixellot(ピクセロット)社製のものです。世界80カ国で利用されていて、現在3万5000以上もの施設にAIカメラが設置されています。世界全体でみると、毎月15万以上もの試合がライブ配信されており、これまで延べ455万もの試合が配信されました。その数は今後もさらに増えていくでしょう。

 ではいったいどんな特性を持っているのか? 現在AIカメラは、野球、サッカー、バスケットボール、ハンドボールなど16種類のスポーツに対応しているのですが、ここでその詳細をご紹介します。

■AIが自動で映像編集

◎AIカメラ「S1/S3」
 《仕組み》AIカメラ「S1」には別々の方向を向いた4つのカメラレンズがついており、グラウンドを4等分して撮影します。それを独自の映像処理端末を介して、いったんグラウンド全体が入ったパノラマ映像を生成。そのパノラマ映像から「人の動き・ボールの位置・スポーツごとのルール」を理解したAIが自動で【適度なサイズ(いわゆるテレビ中継的なサイズ)】に映像編集してくれます(S3は昨年リリースされた最新機で、解像度などがスケールアップした機種です)。

 《強み》サッカーやバスケットボール、バレーボールなどの球技で、プロのカメラマンが状況に応じてカメラを左右に振って撮ったような映像(全体がわかる俯瞰映像)を無人で撮影できる点です。AIカメラは試合のなかで常に動き回っている人やボールを追いかけながら、何のゲームか、どんなルールかをきちんと理解しています。

 例えばサッカーであれば、発生したプレーがコーナーキックなのかペナルティキックなのかを独自のAIアルゴリズムで判断。この判断に基づいて、全体のパノラマ映像から最適な映像フレーム(画角)を切り取るので、試合映像を見ている人はカメラマンが撮影しているかのように見えてしまいます。事前設定するだけでライブ配信も簡単にできるのも大きなメリットです。

 また、フィールド全体が収まったパノラマ映像(サッカーの場合は、両チームのゴールマウスが常に入った状態)も同時に保存されるため、プレーに直接関与していない選手の動き、フォーメーションの確認など、試合はもちろん、練習のフィードバック素材としても大きく貢献してくれます。

 《課題》選手の表情(顔のアップ)までは映し出せないところです。ゴールを決めて喜ぶ選手、惜しいプレーをして悔しがる選手の表情などはスポーツ中継の醍醐味の一つです。ただ、課題となっている選手の「アップ映像」に関しては、新たなAIの仕組みを構築して、ボール保持者のアップ映像を常に撮り続けられるような撮影方法も検証中です(乞うご期待! )。

 【補足】ちなみに、以前イスラエルの本社に伺った際には、AIカメラにスポーツのアルゴリズムを学ばせるために、テレビモニターに映ったバスケの試合映像を10台以上ものカメラがひたすら撮影&学習していたのが印象的でした(なんだか受験生が黙々と勉強している姿にも見えました! )。

◎野球用AIカメラ「DoublePlay」
 《仕組み》①バックネット裏に設置され、試合全体の動きを俯瞰的に捉えるカメラと②センター側に設置され、ピッチャーとバッターの対戦を狙ったカメラの2台から構成します。2台のカメラの映像をAIが試合状況に応じて自動スイッチングするのが特色です。

 《強み》ピッチャーの投球モーションやバッターのバットを立てた動きなどをトリガーに、①の俯瞰の映像から②のピッチャーとバッターの対戦映像へと自動で切り替わるため、無人でテレビ中継のような映像が楽しめます。ほかにも、ランナーの盗塁や打者のバントなどにも反応して俯瞰の映像に切り替わるなど、野球の仕組みを理解した賢いヤツです。もちろん、このDoublePlayもライブ配信対応の機種になります。

 《課題》アップ映像を撮ることが難しいため、打者・投手の表情、守備時などでプレーの「寄り」が撮れないところです。野球文化が他国に比べても盛んな日本では、高校野球やプロ野球などで充実した野球中継を見慣れているため、ユーザーにご提案する際にはこのあたりを懸念されるケースもあります。この課題は、別のカメラを使って撮影したアップの映像とミックスするなどしながら、できる限りテレビ中継のような世界観を目指しています。

■AIカメラ×スポーツ×地域

 われわれが目指すAIカメラによるスポーツ中継の新たな世界像は、前述のものだけではありません。少子高齢化・人流の都市部への流出といった地域を取り巻く社会課題に対して、その解決の糸口として、大きな可能性を秘めているといわれる「地域スポーツ」。ただ一方で都市部と違い、地方ではスポーツカメラマンが潤沢にはいないケースもあります。

 例えば野球であれば一つの球場で1日4試合あることも多いですが、それをすべて同じカメラマンがボールを追いながら撮影するのは肉体的に不可能だと思います。ただ、こういったケースでこそ“機械的”に疲れることなく撮影できるAIカメラの存在価値は高まり、より活躍してくれるのではないかと思っています。

 実際に、秋田県大館市では昨年3月から地元のシンボリックな2施設(野球場と体育館)にAIカメラが導入されました。小学生からシニアの大会まで幅広い年齢層のアマチュア試合がライブ配信されており、地域活性に一役買っています。

 また、ホッケーが盛んな島根県奥出雲町では、今年春から全国のホッケー場で初めてAIカメラが導入されることになりました。どちらの施設でも、AIカメラの導入により試合をライブ配信できるという「施設の優位性」を生み出したことで、新たな大会やスポーツ合宿を誘致するなど、人流の活性化にも貢献しています。

■AIカメラで広がる「人とまちをつなぐ仕組み作り」

 また、試合のライブ配信を通して地元企業のCMを流したり、地域のPR動画を流したり、あるいはふるさと納税サイトに誘引する動線を作ったりと、AIカメラが基軸となり、スポーツを通じての「人とまちをつなぐ仕組み作り」はどんどん広がっていくでしょうし、可能性はまだまだあると思っています。

 アメリカでは高校の体育館に9000台以上ものAIカメラが導入されており、撮影された映像から高校生自身が自分のPR動画を作って、自ら売り込みをしているケースもあるそうです。スポーツの映像化を通して、人が繋がり、街が繋がり、選手の可能性がどんどん広がっていく。そういう未来をAIカメラとともに構築していければと思っています! 

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最終更新:3/7(木) 17:02

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