ゴミの堤防、消えた家族、残された子猫…家賃保証会社の元社員が見た現場《楽待新聞》

3/16 11:00 配信

不動産投資の楽待

私は元・家賃保証会社の管理(回収)担当者。十数年働いて先日、辞めた。

管理(回収)担当の仕事は延滞客に「(延滞した家賃を)支払ってもらうか」「(部屋から)出ていってもらうか」──極言すればそれだけの仕事だ。

しかし後者の場合、「人がいなくなっただけ」で部屋に荷物が残っているなら──そして「荷物は処分しておいてくれ」とも希望されていないのなら、まだ解決ではない。いわゆる「夜逃げ」の状況だ。

部屋に残された家財道具などを撤去し、明渡を完了させることも私の仕事。もっとも、そういうことをしない家賃保証会社もあるけれども。

じゃあ「夜逃げ」かどうかはどうやって判断するのか? もう帰ってこないから? だとしても一体いつそれがわかる? 3カ月間帰ってこなくても、4カ月目に帰ってくるのかもしれない。

家賃保証会社の回収担当は、どこで「これは夜逃げだ、撤去しよう」と判断すればいいのか。今回は、そういうお話である。

■彼女はもう帰ってこないのか?

部屋の契約者は31歳の女性。単身世帯。

茶色の外壁の9階建てマンション。新しいわけではないが、特に古びた所もない。

彼女はここに住んで5年目になる。この1年間、1~2カ月分の延滞が継続しており、常に滞納状態となっていた。それまでは一応、数日間だけでも毎月延滞は解消できてはいたのだが。

当時、私が彼女の住む部屋の担当になってから半年が経っていた。彼女と会話をしたことはない。前担当者もその前も、それは同じだった。勤務先も不明だ。

電話に出たことはない。SMS(SNSではない。念のため)にも返信はない。訪問しても反応はない。

緊急連絡先として登録されている母親も、彼女と連絡は取れないそうだ。もっとも、嘘か本当かわからない。とにかく、「娘と連絡を取る気はない」と言い切られた。

そんなある日、彼女から「入院したから支払いを待ってくれ」という内容のSMSが届いた。担当して初めてのメッセージだ。

いつ退院なのかと返信するが、当然のように回答はない。

そのメッセージから2週間後、私は彼女の部屋を訪れた。ドアの蝶番に貼っておいた「テープ」を確認すると、捻じ切れていた。

家賃保証会社の管理(回収)担当者(だけではないが)はしばしば、対象者の部屋のドアの蝶番にテープを貼る。ドアの開閉を確認したいからだ。剥がれていたり捻れたりしていればそれがわかる。

どうやら彼女(あるいは他の誰か?)は、その部屋に出入りしているようだ。

前回の訪問から2週間が経った。

ドアのテープは剥がれても捻じ切れてもいない。少なくともこの2週間はドアの開閉がないということだ。電気以外のライフラインも変動がない。ガスは停止している。

借金だらけの延滞客の場合、ベランダから出入りすることがある。が、彼女の部屋は4階。その可能性は無い。

夜逃げだろうか。

110番へ掛けるためにポケットからスマホを取り出した。

家賃の回収担当とはいえ、勝手に室内に入ることはできない。そこで、連絡が取れない延滞客の部屋を「安否確認」という名目で警察に検めてもらう。それから室内に入る。いつもの作業だ。

■回収担当者が警察に通報する理由

「事件ですか? 事故ですか?」

定番の第一声がスマホから聞こえてくる。

連絡が取れず部屋の使用もない。そういう「夜逃げ」したかもしれない契約者の部屋へ入る際には、前段階として警察を呼ぶ。一応、そうしていることになっている。

いくら相手が家賃を支払っていないからといって、入居者の許可も無く部屋に入るにはそれなりの「建前」が必要なのだ。

ただ、警察を呼ぶと「大ごと」になってしまう場合もある。

単に「安否確認がしたい」と110番で伝えると、サイレンを鳴らしたパトカーや救急車、場合によっては消防車まで来る。そうなると、時間のロスになってしまう。

私は単なる会社員。1日に何件もの延滞客の部屋に行ったり電話を掛けたりSMSを送ったりしなければならないのだ。1つの案件に必要以上に時間を取られるのは避けたいのだ。

「お巡りさん」が1人、自転車やバイクで来てくれて、室内を検める。

誰もいない。死体も無い。変なクスリや麻薬の栽培設備なんかもない。コレ夜逃ゲデスネ、何事モ無クテ良カッタデスネ、サヨウナラ。これが時間的にはベストだ。

そもそも「中に死体なんかない。事件性なんてあるわけない」と、何となくわかってはいるのだ。腐乱死体が室内にあるなら、虫が飛んだり臭いがしたりで、大抵は室外からでもわかる。

だから「事件性なんてない。たぶん夜逃げ。だからお巡りさん1人で大丈夫ですよ」と遠回しに伝える。

それで実は室内で死体が発見されました──という場合ももちろんある。けれど、私の仕事は究極的には部屋に誰もいなくなれば終わる。あとは残置物の問題だけだからだ。

倫理観を外して書けば、仮に延滞客が亡くなっていたのならそれはそれで、私にとっては「解決」ではあるのだ。

■彼女の部屋は…

「お忙しい中、ありがとうございました」

彼女の部屋から出てきた警官2人に私は頭を下げた。そのうちの1人が、靴からビニールカバーを取り外しながら苦笑いする。

「いえいえ、何事もなくて良かったです」

もう1人は室内を振り返って小さく溜息をついた。玄関ドアを開けた際に通路に溢れた、中身の詰まったコンビニのビニール袋やカップ麺の容器。近付いて、私はそれを革靴のつま先で三和土に戻した。

警官の乗ったエレベーターのカゴが下方に消えたのを確認して、玄関ドアを再度開ける。ここからが私の仕事だ。

改めて通路から室内を眺める。三和土から廊下、そして居室へと続くゴミ。コンビニの惣菜や弁当の容器、モノが詰まったゴミ袋、空き缶、何かの空箱、パンの食べかす、インスタント食品の容器、卵の殻の入った容器…。

軽く息を吐く。バッグから取り出したビニールで革靴を覆う。足首より高く積もったゴミが続いている。

足を高く上げて踏み出す。よくわからない柔らかいものを踏んだ感触。段ボールが潰れ、ビニール袋を踏み、容器がひしゃげる音を立てながら進む。

ゴミの中から生えているようなウォーターサーバー(意外かもしれないが、ウォーターサーバーを契約している若い滞納者は多い)を躱して、居室に入る。

カーテンが閉じられていて、部屋が暗い。壁のスイッチを押すと電気が付いた。タンスは元から無いのだろう。部屋がゴミ袋とゴミで埋まっていて、それ以外の家具の有無がよくわからない。

右手のゴミの堤防がやや低い。布団が見えた。大股で布団の上に乗り、部屋をぐるりと一瞥する。

背の低いテーブルが見えた。ゴミに囲まれていて入口からはわからなかったのだ。入口に目を向けると傍らにクローゼット。黒い服が3着かかっている。その下にも服があるのかもしれないが、今の位置からでは見えない。

改めてジグザグに部屋へ視線を這わせる。彼女のパーソナルデータと部屋の状況を頭の中に羅列した。

■「夜逃げ」判定の条件は

夜逃げしたかどうかの判断基準は、人によってさまざまだ。入居者本人に聞かない限り答えは無い。数式のようにはいかない。

2週間も出入りが無く、ライフラインは停止。部屋には布団とローテーブルだけ。ドアポストにはカギが入っている。カーテンも含めてあとは何も無し──それならば「もう退去しています。帰ってきません」だから「撤去して終わり」だ。

しかし彼女の部屋はそうではない。

たくさんの物がある中で、どんな条件が揃えば「夜逃げ」と判断できるのか?

施錠されておらずカギが室内に置いてあるなら「ほぼ」夜逃げ確定ではあるが、それを除けば私の基準は第一に、「テレビの有無」だ。

夜逃げと言っても普通は「引越し」である。テレビが持ち運ばれていたら、転居した可能性が高い。次いで靴の数。女性だったら下着の有無。

けれども、最終的な見極めのポイントは、突き詰めれば1つ、「問題にならないか」だ。「夜逃げ」かどうかとはズレてしまうが、本当に重要なのはそこである。

この荷物を撤去して明渡を完了したとして、問題にならないか?

つまり、勝手に荷物を撤去して、その後ひょっこり本人が戻ってきて「私の荷物をどうしたのだ、勝手に部屋に入ったのか」などと、トラブルにならないか、ということである。

だが、「延滞客がもう部屋に戻ってこないかどうか」。そんなもの、わかるわけがない。延滞客本人にだってわからないかもしれない。

だからこそ、管理(回収)担当である私が「問題化しないか?」を判断せねばならない。問題になりそうなら、それこそ部屋の真ん中に段ボール箱が1つ置いてあるだけでも明渡訴訟をする(さすがに極端だが)。

ちなみに私の経験した撤去件数は、100や200を軽く超えている。一度の苦情、クレームも無い。

「問題にならないかどうか」は、室内の残置物やライフラインの状況だけで判断するわけではない。

過去のやり取りから把握できた延滞客のキャラクター、年齢・職業などのパーソナルデータ。それらを頭に並べて俯瞰する。

もちろん判断保留の場合もある。具体的には「あと1カ月様子をみよう」「訴訟するが、判決が出た時点でも部屋の出入りが無ければ撤去しよう」…など。バリエーションはさまざまだ。

だったら最初から全件、明渡訴訟をすれば安心安全簡単じゃないか? と思うかもしれない。

だが、明渡訴訟は提訴から断行(いわゆる強制執行)までに、最短でも半年程度はかかる。その間、回収の見込みがない延滞が発生することになる。もちろん、訴訟費用も発生する。

家賃保証会社の管理(回収)担当者は所詮、会社員。取り換え可能なパーツだ。欠けたら捨てられる歯車にすぎない。

だから、会社から与えられた数字は達成せねばならない。達成できないと辛い目に合う。怒られる。オジサンになってみんなの前で怒られると、しんどいのだ。

私は仕事のストレスで数年前からED(勃起不全)に成り果てた。これ以上のストレスはできるだけ避けたい。

かようなわけで、コストもかかるし、全件訴訟などやらない。やれない。

では改めて質問だ。前述したゴミだらけの部屋。

もちろん私の描写だけでは不十分だろうから想像力で補って欲しいのだが──あなたは部屋に何が残っていて、何がなくなっていれば、そして、どういう延滞客だったら、家財道具を撤去して明渡完了してもいいと判断するだろう? あるいはその逆の結論に至るだろう?

管理(回収)担当者になったつもりで考えてみてほしい──というのが今回の本来のテーマである。

ただでさえ長い本稿だが、もう少しお付き合いいただきたい。もしも「さあこれから夜逃げしようかな」という方が本稿をお読みなら、その方へ向けて書こうと思う。

それは、家賃滞納と夜逃げによって起きた小さな出来事だ。

■動物を巻き込むな

同日15時。私はある契約者の部屋に来ていた。30代後半の男性、妻子持ちだ。

この契約者は、家賃を初回から延滞していた。入居からただの一度の支払も無い。連絡も取れない。何度も訪問したが誰にも会えない。延滞3カ月目で即、明渡訴訟となった。

今日は「明渡の催告」。物凄く簡単に説明すると、裁判所の執行官が「〇月〇日に強制執行します」という事を入居者に伝え、そう記した紙を部屋に貼るセレモニーだ。

私の他に、裁判所の執行官と、執行補助者、立会人がいる。

最初に執行官が部屋に入る。3DKの部屋には誰もおらず「引越しの途中」といった風だった。ちなみに、催告時に入居者が不在の場合、私が部屋に入れるかどうかは執行官次第である。

出入りはあるが不定期。どこかに少しずつ、必要な荷物を運び出しているところなのだろう。いくつかの家電や衣類が運び出されている。

部屋の1つには大きなケージがあり、子猫が3匹いた。僅かだが水と餌が置いてある。

「かわいそうだけど……いまはどうしようもできないから、ね」

執行官はそう呟いて玄関ドアを閉め、催告は終了した。いまはまだ「催告」の段階。ペットがかわいそうだからと言って、勝手に連れ出すわけにもいかない。

断行日(強制執行をする日)は3週間後。入居者はまたこの部屋に戻ってくるだろうか。荷物はそれなりに残っているが、放棄するつもりかもしれない。

「猫、連れていきますかね?」

執行補助者が私に顔を向けた。

「わかりません。話したことないんですよ」

3週間後。

部屋の中に残されていたのは冷蔵庫とタンス。いくつものゴミ袋。そしてケージの中で微かに動く1匹の子猫と2匹の死骸。

「**さん。これ、お願いしていい?」

小さく溜息を吐いた執行官が、執行補助者に視線を向けた。

「まあ、しばらくは」

執行補助者は頷いて、空いていた段ボールにそっと子猫を移した。私とトラックまで戻り、助手席に置く。

ハートフルなお話であればここから動物病院にでも連れていくのだろう。が、我々は仕事でここにいる。まずは仕事が先だ。

執行補助者の男性は、裁判所とは無関係な撤去作業も依頼している会社の社長さん。私よりやや年上の人物だが、力仕事を常に行うため筋骨隆々。顔も若々しい。フットワークも軽い。

「嫁も猫好きですし、しばらくは見ておきますよ」

「ありがとうございます。あと──」

私は1000円札を3枚、彼に差し出した。

「エサ代に」

苦笑しながら彼は右手を振った。

「いらないっすよ。その代わり、また稼がせてもらいます」

私は小さく頭を下げ、薄い笑顔を加えて視線を上げた。彼なら、少なくとも子猫を悪いようにはしないだろう。

「昨日、また延滞客が死亡した連絡が入ったので、たぶん再来週くらいに残置物の撤去お願いすると思います」



部屋に動物が残されると、ひと言で言えば、困る。

強制執行であれば、どうするのかは執行官が判断する。今回は違うが、猫をそこらに逃がしたこともある。大声で言える話ではない。

犬の場合は逃がすというわけにもいかないので、保健所に連絡して引き取りに来させる、とある執行官は言っていた。

ペットホテルが確保できればそこに預けるケースもあるらしいが、実際にそうしたケースを私は知らない。

犬が残されていた時には、撤去業者の広い敷地で飼ってもらったこともある。そこは大きな業者で、部屋に残された犬猫を何匹も敷地で飼っていたのだ。

暗く狭いゴミ部屋で飼われていた犬が、青空の下で寝ているのを見て、小さく微笑んだ記憶がある。

しかしこれはある種のルール違反だ。それに放置されたすべての動物を飼い続けるなど、当たり前だができるわけもない。

延滞客が夜逃げするのは日常茶飯事。いつものこと。珍しくもなんともない。夜逃げするのは好きにすればいい。

だが、動物は巻き込まないでくれ。

例えば、また別の部屋で安否確認を行い、延滞客が遺体で発見されたとする。管理(回収)担当者の仕事を知らない人の何割かは、さも「大ごと」のように感じるらしい。

自身が乗る通勤電車が人身事故で停まった時、あなたは何を思うだろうか? 私の感覚はたぶんそれに近い。私は、電車の中や駅のホームで死者を悼んでいる人を見たことが無い。

いや、もう少し正直に書くべきか。それが延滞客だったなら──「案件が1つ解決」とカウントする。それだけ。

そんな私でも、汚い部屋に残された子猫の死骸の映像は頭からなかなか、消えてくれないんだ。

元家賃保証会社勤務・0207/楽待新聞編集部

不動産投資の楽待

関連ニュース

最終更新:3/16(土) 11:00

不動産投資の楽待

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング