ユーチューバーら招待「新型やくも」試乗会の背景 周囲の乗客気にせず、自在に車内の撮影が可能

4/30 4:32 配信

東洋経済オンライン

 2024年3月23日、JR西日本は、特急やくも号に4月6日から導入された新型273系電車について、ユーチューバーなどSNSで強い影響力を持つインフルエンサーを対象とした試乗会を行った。設定されたコースは、山陰地区の出雲市―米子間、米子―生山間の上下4コース。これらのコースに対して、1組最大4名までの各10組のインフルエンサーが募集された。

 募集の対象となったインフルエンサーは、チャンネル登録者2万人以上を持つユーチューバーと、ツイッター(現X、以下ツイッター)やインスタグラムなどのSNSで1万人以上の登録者を持つインフルエンサー。筆者もこの試乗会に同乗した。

■黙々と動画撮影に勤しむ鉄道系ユーチューバーたち

 3月23日の午前8時20分、出雲市駅の改札口前に設けられた特設ブースで、試乗会の受付が始まった。出雲市駅を9時16分に発車するAコースに参加したインフルエンサーは10組15人で、1編成4両がインフルエンサーの貸し切りとなり自由に車内の撮影ができることがこの試乗会の大きな目玉だ。

 受付を終えた参加者には、新型やくも号のノベルティグッズと乗車証が手渡され、8時55分にホームへの入場が許可された。試乗列車は8時59分頃に出雲市駅の2番ホームに2編成を連結した8両編成で入線。「やくもブロンズ」と名付けられた独特の色をまとった車両が到着するとホームはにわかに活気づいた。

 試乗会列車は、前側4両がインフルエンサー15人での貸し切り。そして、後側4両にはJR西日本アプリWESTER会員向け試乗会で56倍の倍率を突破し抽選で選ばれた約100人が乗車した。

 席についたインフルエンサーたちの行動を観察していると、スマートフォンにナレーションを吹き込みながら実況動画を撮影したり、窓に複数のカメラを吸盤で貼り付けて車窓の風景を撮影したり、持参したクマのぬいぐるみを座席や窓辺において撮影に勤んだり、とさまざまだ。

 定刻になり試乗列車が出雲市駅を発車すると、車内放送で「official髭男dism」の「Pretender」が流れ旅情を掻き立てる。出雲市駅のある島根県出身で山陰地方にゆかりがあるバンドであることが、車内チャイムへの楽曲起用の理由であるという。なお、岡山発出雲市行では「I Love...」が起用されており上下で2曲の異なる楽曲が楽しめることも特徴だ。しばらくすると車窓には宍道湖が広がった。

 日本各地の鉄道を実況旅行形式の動画で紹介しているダイさんは広島県東広島市からAコースに参加した。ダイさんのチャンネル登録者は5万人を超える。募集発表時の印象については「昨今ではテレビを見ない世代もいることから幅広い世代にPRするにはSNSを活用することが効果的で、自分も含めて新型車両にいち早く乗りたいというインフルエンサーの気持ちも汲んでくれていることからこれはうまい企画だと感じた」と振り返る。「普段の動画撮影時は周りの人を常に気にしているので、動画を1本撮影するだけでも相当疲れる」そうだが、「今回はその心配がなかったので本当に撮影がしやすかった」と話してくれた。

■募集開始時から積極配信の岡山県在住者も

 特急やくも号は、岡山―出雲市間220.7kmを伯備線経由で結ぶ特急列車で、1日15往復が運行されている。1972年3月、山陽新幹線の新大阪―岡山間開業に合わせて運行が開始された。当初は気動車による運行でキハ181系が使用されていたが、1982年7月の電化開業に合わせて381系電車が投入され、以降40年以上にわたり活躍を続けてきた。

 特急やくも号の42年ぶりの新型車両となる273系電車は2024年4月6日から運行開始され、その後、旧型車両を順次置き換えていき旧型の381系電車は6月14日で運行終了となる。翌6月15日からは原則として15往復すべてが新型の273系電車で運行される。なお、ゆったりやくも編成の381系電車のみはしばらく残され、273系電車が検査や修繕などの際に代走という形で運行されることがあるという。

 米子から出雲市に向かうDコースに参加した岡山県玉野市在住のとしあきさんは、特急やくも号は「島根県方面に行くときには毎年よく乗っていた」と話し、インフルエンサー向け試乗会の募集開始直後からツイッターやユーチューブショートで積極的に情報発信を続けてきた。

 としあきさんの運営する「女子鉄まほろ(SPとしあき)」のチャンネル登録者数は3万人を超え、普段は岡山エリアを主戦場に動画配信を行っている。当初は「試乗会の開催場所が山陰地区で岡山からは少し遠かったことから、営業開始直後に乗ればよいと最初は申し込むつもりはなかった」というが、「インフルエンサーに向けて1編成が丸ごと貸し切りになるという報道を見て、車内を自由に撮影できるチャンスは営業運転開始後でもなかなかないと思い応募を決めた」と振り返る。

 旧型のやくも号となる国鉄型の381系電車については「(車内の揺れで)よく乗り物酔いしていたのであまり好きではなかった」が、ゆったりやくもに改造された車両が登場してからは「重心が高くなり乗り心地が改善され嫌いではなくなった」と話し、「新型車両の新しい振り子装置には期待している」と話してくれた。特急やくも号の特徴である「振り子装置」とは、列車がカーブを通過する際に車体をカーブの内側に傾斜させることで遠心力を打ち消し、カーブ通過時の速度向上を図ろうとするものだ。旧型の381系電車ではこの振り子装置で不自然な車両の揺れを感じ乗り物酔いを訴える乗客が多発していた。

 乗車後に改めてとしあきさんに話を聞くと「新型車両では、高速走行時の揺れは気になったものの、381系電車の時に感じた不快な揺れが軽減されていた。普通車の座席は劇的に乗り心地がよくなった」と印象を語ってくれた。さらに「営業運転開始後には、グリーン車などについてもじっくり追加取材をしていきたい」という。

■SNSは媒体広告にはない拡散力がある

 JR西日本山陰営業部の担当者は、企画の背景について「最大の情報発信ツールになりつつあるSNSは、媒体広告にはない拡散力があること」から、「多くの方々に273系新型やくもに『実際に乗ってみたい!』と感じていただくためには、車両のリアルな良さを発信していただけるインフルエンサーの方々のお力添えが効果的という結論に至った」と話す。

 さらにJR西日本山陰営業部が事務局を務めている「山陰観光連盟」のSNSでの発信を通じて「その影響力の高さを実感していたこと」も影響しているという。

 企画にあたっては、先行事例として2022年9月14日に実施されたJR九州の「西九州新幹線かもめをSNS等でPRしてくれる方を大募集!」を参考にしたという。JR九州の先行事例では、募集人数は1組最大3人までで同行者を含め合計約100人。SNSフォロワー数での応募条件はなく「投稿数やフォロワー数だけでなく、さまざまな切り口で、ワクワクする西九州新幹線の旅を発信していただける方」が審査のポイントになるというものだった。

 しかし、今回の新型やくも試乗会では、ツイッターやインスタグラムなどSNSではフォロワー数1万人以上、ユーチューブではチャンネル登録者2万人以上のインフルエンサーが募集の対象となった。

■基準を選定した理由とは? 

 こうした基準の選定について前出の担当者は、SNSについてはフォロワー数が1万人から10万人程度の「マイクロインフルエンサーといわれる層以上のインフルエンサーを募集の対象にした」という。特にマイクロインフルエンサーは、フォロワーとのコミュニケーションがしっかりとれていることが多く、発信した情報に対してフォロワーからのリアクションの割合が高くなる傾向が強い。こうしたことから「フォロワー数1万人以上という基準を設定した」と説明する。

 一方で、ユーチューブについては、「映像による情報発信は他のSNSと比較して情報の訴求力が高いことから、より多くの方々に対して情報発信を頂きたいと思い、2万人以上という高めの基準を設定した」とのことだ。

 近年のSNSの急激な普及から企業の広報活動にとって、SNS上で影響力を持つインフルエンサーは決して無視できない存在となった。こうした取り組みは今後も広がっていきそうだ。

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最終更新:4/30(火) 4:32

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