「自宅の隣がごみ屋敷で、害虫、ねずみ、悪臭が…」それでも"勝手にゴミを捨ててはいけない"法的理由

5/12 9:17 配信

プレジデントオンライン

隣家がごみ屋敷で害虫や悪臭に悩む場合、法的な対処法はあるのか。弁護士の森田雅也さんは「ごみ屋敷に立ち入って、ごみを勝手に捨てることはできない。まずは自治体に相談するといい。ごみ屋敷に対処できる条例を制定している自治体もある」という――。

■ごみ屋敷のごみを勝手に捨てることはできない

 1 ごみ屋敷の弊害

 自宅の隣家がごみ屋敷だったとすると、害虫やねずみが出てくるような場合や悪臭が発生している場合もあり、自宅の住環境にとって望ましくない悪影響が生じている場合もあるでしょう。

 ただ、周りからすれば単なるごみに見えるかもしれませんが、本当に価値がないものかどうかは、そのごみの所有者でなければ判断できず、法律上の根拠もなく、ごみ屋敷に立ち入って、ごみを勝手に捨てたりすることはできません。このような行為をすると、場合によっては、刑法上の住居不法侵入罪(刑法130条)や器物損壊罪(刑法261条)に該当してしまう可能性があります。では、ごみ屋敷の隣地所有者としては、どのような対策をとれるでしょうか。以下では、とりうる対策等について詳しく説明していきます。

■自治体にごみ屋敷に対処できる条例があるとは限らない

 2 対策

 ごみ屋敷の隣地所有者がとりうる対策の一つに、行政に相談するという方法があります。相談先の行政は、ごみ屋敷がある場所を管轄する自治体です。行政に相談する場合には、大まかに2つの方法でごみ屋敷対策をすることになります。

 1つは、いわゆるごみ屋敷対策条例などと呼ばれる条例が制定されている場合において、その条例と行政代執行法によってごみ屋敷に対処する方法です。例えば、足立区には「足立区生活環境の保全に関する条例」があり、これによってごみ屋敷に対処していくことになります。しかし、すべての自治体にこのような条例があるわけではありません。そこで、もう1つの方法として、自治体が、ごみ屋敷の所有者などに直接話をして、ごみ屋敷の解消をするよう指導するというものがあります。ただし、後者の方法は、基本的には、あくまでも話し合いという形で行われるため、何らかの強制力があるわけではありません。

 以下では、ごみ屋敷対策条例及び行政代執行の方法による対策方法について説明します。

 行政代執行とは、ある義務を負う人が、その義務を履行しない場合において、行政がその義務者に代わって義務を履行するという手続です。つまり、ごみ屋敷を片付ける義務を負う人がいる場合には、行政代執行によって、行政がそのごみを片付ける義務を履行して、ごみ屋敷を解決することができるというわけです。

 しかしながら、ごみ屋敷を片付けなければならないといった明確な義務は法律上存在していません。そのため、行政代執行を行う前提となる、ごみ屋敷を片付ける義務を負わせるような根拠を作る必要があるのです。そこで、足立区は2012(平成24)年10月にごみ屋敷対策条例を定めて(2013(平成25)年1月1日施行)、住宅の不良な状態を解消する義務を定め、ごみ屋敷に対する行政代執行を可能にしました。足立区の条例制定をきっかけに新宿区や大阪、さらには全国的にも徐々にごみ屋敷対策条例が広まっていきました。

■行政代執行法によりごみを処分するまでには段階がある

 3 ごみ屋敷対策条例の具体例

 ここで、足立区のごみ屋敷対策条例(正式名称は「足立区生活環境の保全に関する条例」)を例にとって、手続の流れを説明します。

 まず、ごみ屋敷対策条例は、土地又は建物(以下「土地等」といいます)の所有者、占有者及び管理者(以下「所有者等」といいます)に対して、その土地等を不良な状態にしてはならない旨の義務を課しています。そして、この義務に違反して土地等が不良な状態であると認められるときには、自治体は、所有者等に対して、土地等の不良な状態を解消するよう行政指導をすることができます。

 この行政指導がなされたにもかかわらず、土地等の不良な状態が継続するときは、自治体は、所有者等に対して、土地等の不良な状態を解消するための措置を取るべきことを、期限を定めて勧告することができます。その勧告があったにもかかわらず、未だに土地等が不良な状態にあると認められるときは、自治体は、所有者等に対して、期限を定めて、土地等の不良な状態を解消するための措置を命ずることができます。

 そして、所有者等がこの命令に正当な理由なく従わないときは、自治体は、所有者等の氏名や住所を公表することができます。さらに、命令に正当な理由なく従わない場合において、他の手段によって土地等の不良な状態の解消を確保することが困難であり、かつ、その解消しない状態を放置することが著しく公益に反すると認められるときには、自治体は、行政代執行法により強制的にごみを処分することができます。

■横須賀市で行われた行政代執行

 4 行政代執行が行われた具体例

 以下では、このごみ屋敷対策条例により行政代執行が行われた横須賀市の事例を紹介します。

 ごみ屋敷による近隣の生活環境の悪化の問題が全国的に顕在化しており、横須賀市においても同様の問題の発生件数が増加傾向にありました。しかし、当時の法令では対処が難しいことから、横須賀市は、平成29年12月にごみ屋敷対策条例(正式名称は「横須賀市不良な生活環境の解消及び発生の防止を図るための条例」)を制定(平成30年4月1日施行)しました。横須賀市のごみ屋敷対策条例は、「不良な生活環境」を、「物の堆積等に起因する害虫、ねずみ又は悪臭の発生、火災の発生、物の崩落のおそれその他これらに準ずる影響により、当該物の堆積等がされた建築物等又はその近隣における生活環境が損なわれている状態をいう。」と定義しました。

 横須賀市のごみ屋敷対策条例が適用され、実際に行政代執行まで行われた事例は次のようなものでした。

■「可燃ごみ・不燃ごみ1430kg」「金属類280g」を搬出

 横須賀市のごみ屋敷に居住するAさんは、ごみ集積場に排出される廃棄物を無断で持ち去り、Aさんが居住している建物内やその建物の敷地、ベランダ、複数の人が共有している私道にごみを堆積していました。平成27年7月から、横須賀市は、職員が84回の訪問による撤去指導を行い、保健師が22回にわたる訪問により健康上の相談に応じていました。その他の支援も行われましたが、結局、ごみ屋敷の解消には至りませんでした。

 横須賀市は、Aさんの同意を得たうえで、ごみ屋敷対策条例に基づき立ち入り検査を行ったところ、大量のごみの存在、害虫やねずみ、悪臭の発生を確認しました。また、ごみの中には電池やスプレー缶があり、火災の恐れがあることも明らかとなりました。その後も文書による行政指導やごみの撤去の命令なども行いましたが、改善されず、ついに平成30年8月28日に行政代執行が行われました。

 搬出されたごみは、可燃ごみ及び不燃ごみ1430kg、金属類280kgでした。また、代執行に併せて害虫駆除も行われました。しかし、行政代執行が行われた後も、Aさんはごみ集積場からのごみの持ち帰りを継続し、敷地内に再びごみを堆積させており、問題の根本的な解決には至っていないようです。

■行政指導などを粘り強く続けることが一般的

 5 行政代執行の問題点

 基本的に、第三者から見てごみであったとしても、所有者からするとごみではない場合もあり、それを行政が強制的に撤去することは、国家が国民の財産権を強制的に処分することになります。自治体としても、行政代執行を行うこと自体には慎重な姿勢を見せており、行政指導などを粘り強く続けることで事態の収束を図っていくことが一般的です。

 また、自宅をごみ屋敷にしてしまう人は、認知症や高齢化に伴う身体機能の低下、セルフネグレクトなどの問題を抱えている場合があります。このような場合だと、行政代執行をしたところで、またいずれごみ屋敷化してしまう可能性が高くなります。こうなってしまうと、仮に行政代執行をしたとしても、それは一時的な対策にすぎず、根本的な解決になりません。行政代執行さえ行えば問題が解決するというわけでもないのです。

 そこで、行政指導を継続的に行う一方で、医師や保健師などの専門家による福祉的なケアサービスも併用することで、対症療法的手法である行政代執行だけではなく、所有者に対する原因療法的手法によっても根本的な解決を図っていく必要があります。

■民法改正により新たな手段も登場している

 6 管理不全土地・建物管理制度

 行政代執行以外のごみ屋敷対策の方法として注目されているのが、民法改正により、2023(令和5)年4月1日から施行されている「管理不全土地・建物管理制度」です(民法264条の9以下)。

 この制度は、所有者による管理が適切にされていない土地等に関して、裁判所に関与してもらいながら、問題の解決を図っていくものです。具体的な流れを以下で説明します。

 まず、利害関係人が、裁判所に対して、土地等の管理人を選任するように請求します。裁判所は、所有者による土地等の管理が不適当であることによって他人の権利又は法律上保護される利益が侵害されている、又は侵害されるおそれがあるかどうかを判断します。そのうえで、必要があると認めるときに、裁判所は管理人を選任して管理を命じます。

 選任された管理人は、対象とされた土地等及び管理命令の効力が及ぶ動産等について、所有者に代わって管理を行うことになります。管理人は、保存行為及び土地等の性質を変えない範囲の利用・改良行為については自らの判断で行うことができますが、この範囲を超える場合には、裁判所の許可を得て行わなければなりません。

■隣地所有者がイニシアティブを持てるが未知数な部分も多い

 この制度は、行政代執行のように行政に対応してもらわないと解決しない方法とは異なり、実際に被害を受けている隣地所有者が自らイニシアティブをもって進めていくことが可能な方法といえます。したがって、ごみ屋敷問題を解決するためには有用な手段といえるでしょう。ただ、どのようなケースで裁判所が管理命令を出すのか、実際に選任された管理者が具体的にどこまで対応してくれるのか、いまだ未知数な部分も多く、今後の実際の運用の集積を待つ必要があります。



----------
森田 雅也(もりた・まさや)
Authense法律事務所 弁護士
東京弁護士会所属。賃貸管理を中心に数多くの不動産案件を取り扱い、多数の不動産賃貸管理トラブルを解決へと導いた実績を有する。また、不動産法務だけでなく、不動産と切り離せない相続問題にも注力。依頼者や顧問先企業のニーズに寄り添い、柔軟に対応することを信条としている。
----------

プレジデントオンライン

関連ニュース

最終更新:5/12(日) 9:17

プレジデントオンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング