今月18~19日に開催された日本銀行の金融政策決定会合で、かねてより噂されていたマイナス金利政策の解除が遂に決定されました。
三菱UFJ銀行は21日から、三井住友銀行は4月1日から、普通預金金利を年0.001%から0.02%に引き上げるなど、大手行が相次いで引き上げを公表しました。今後も、同様の動きが地方銀行などに徐々に波及していくことでしょう。
今回の解除によって今後どのような影響が出るのか、さまざまな議論が活発に行われています。金融機関の経営にどのように影響するかという点では、実は負の影響が大きいと考えている金融機関が多いのではないかというのが筆者の見解です。
大きな理由の1つが、利上げによる債券価格の下落です。本稿では、金融機関の経営にどのくらいのインパクトが予想されるかについてお話していきたいと思います。
■預金の4分の3は融資に回る
マイナス金利の解除が金融機関の経営にもたらす影響について考える前提として、金融機関の仕組みについて簡単に整理しておきましょう。
金融機関は預金者から預金を仕入れ、それを原資に融資商品化して販売し、両者の金利差(これを「利ざや」と呼びます。)を収益の源泉としています。
預金がなければ融資ができず、売上を伸ばして利益を確保し株主に配当することもできないわけですが、預金も融資も実需に沿って増減し続けるため、両者の分量を丁度にし続けることはできません。
よって多くの金融機関では、融資よりも預金を多めに調達し、ある程度余裕がある中で融資対応を行っています。
融資残高を預金残高で割った数値、つまりは「受け入れた預金のうちどれだけ融資に回したか」を示す数値を預貸率と呼び、金融機関の代表的な経営指標の1つに挙げられます。
例えば、2023年9月期の地方銀行・第二地方銀行99行の平均預貸率は単純計算で75.99%であり、およそ4分の3が融資に回されたことを示しています。
裏返せば、受け入れた預金の4分の1は融資されず、手元に残ったわけです。そのまま残していても、預金者に支払う金利負担だけが在庫負担として嵩みます。ですから、この資金を投資・運用して利息収入を得ようとします。これが、俗に言う余資(「余裕資金」の略称です。)運用です。
■有価証券運用の中心は債券
余資運用の中心は、預け金と有価証券です。前者は日本銀行を含む他の金融機関に預金として預け入れる行為です。ちなみに、この部分の金利をマイナスとすることで市中に融資金を供給させようとした政策がマイナス金利政策です。
後者は株式・債券・投資信託などに投資する行為です。余資運用の中心となるのはこの有価証券です。理由は、後者の方がリスクは高いものの、受け取れる利息(もしくは配当)が多くなるためです。
さらに言うと、その有価証券投資の中心は、国債・地方債・政府保証債・社債などの債券です。
金融機関の余資運用部門の人数は限られており、相場の変動幅が大きくそれゆえに常時注視が求められる株式を中心に投資し続けることが、規模の小さい金融機関では難しいのが実情です。
従って、毎月同程度の債券を購入・保有し続け、これらを投資有価証券の中心とする運用実態が幅広くみられます。
債券は、発行から償還までの期間もそれなりに長くなることが一般的です。期間が長くなれば、その債券に投資・保有した投資家が金利変動の影響を被ることになります。
■金利上昇で債券の含み損が増える理由
金利の変動により具体的にどのような影響が出るか、本稿では分かりやすいように近時の水準よりも高い金利で説明させていただきます。
例えば、期間10年の金利が年3%であった際に「格付けBBB/期間10年/利率年4%」で発行した債券について、発行直後に1ポイントの金利変動が起こった場合を例とします。
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発行時の水準では、市場金利の3%と債券の金利の4%の差の1ポイントが「10年の間に発行体が破綻して元本が償還されずに受け取れなくなる」危険の負担分(これをリスク・プレミアムと呼びます。)になります。
それが、発行直後に⑵-1のように市場金利が1%上昇して4%になれば、何もせずとも4%を受け取れることとなり、わざわざ「無事に償還されないかも知れない」危険を冒す必要がなくなります。従って、債券の価値は金利の上昇によって下落します。
逆に、発行直後に⑵-2のように市場金利が1%下落して2%になれば、同じように「無事に償還されないかも知れない」危険を取得しても、受け取れる金利の旨味が高まります。
危険負担分が1%と同一ならば、市場金利下落後の債券の金利は3%になり、4%が受け取れなくなるためです。従って、債券の価値は金利の下落によって上昇します。
つまるところ、債券の価値は金利の変動と反対の動き(これを逆相関と呼びます。)を示すわけです。従って、利上げによって、金融機関が保有する債券の価値が下落することになります。
このような有価証券の価値の変動に伴って、投資家には購入・投資時よりも価値が高まって含み益となる事象と、価値が下落して含み損となる事象が否応なしにもたらされます。
金融機関についても同様で、保有している有価証券の保有区分に応じ、含み益・含み損の収支が、ディスクロージャー誌に掲載されています。
■地方銀行の債券含み損が拡大
こうした有価証券の保有区分のうち、「その他有価証券」の価格が特に重要になります。
「その他有価証券」は「株式」と「債券」「その他」に分類され、利上げは内訳のうち「債券」部分の価格(すなわち価値)を引き下げます。そして、これらは時価がそのまま貸借対照表に反映されます。
取得・投資時の価格と時価が大きく乖離しますと、強制的な減損処理によって価格を洗い替える、すなわち損失を出す必要が生じかねません。
その時価動向についてですが、地方銀行・第二地方銀行99行の合計で、2023年9月末は株式が5兆66億円の含み益を持つ一方、債券で1兆4621億円の含み損、外国証券や投資信託が分類される「その他」損益でも1兆4166億円の含み損となっています。
この間も実は債券利回りがじわじわ上がっていたことから、債券の含み損が拡大していたことがわかります。
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簡単に言えば、株式の含み益でそれ以外の含み損を掻き消して、全体としては含み益となっているのです。
ただし、この数字はあくまでも合計であり、各々の銀行で含み益・含み損の構造や多寡が大きく異なります。個別の銀行でみれば、株式を保有していない銀行があるほか、株式でも損失を出している銀行もあります。
2023年9月期の中間ディスクロージャー誌では、その他有価証券の収支で含み益が認められたのは48行にとどまり、51行は含み損となっていました。
もちろんその後に売却などを行って含み損を圧縮した銀行もあると思いますが、そのまま保有していれば、債券部分についての含み損がさらに膨らんだ可能性があるわけです。
■収益物件融資への影響は
減損処理時には、その分だけ利益を吐き出す対応が求められるわけですが、単年度の収益(儲け)分で補い切れなければ、過去に積み上げてきた利益の拠出までもが求められます。
自己資本比率などにも直接影響しますので、金額が大きければ監督当局から是正が求められる可能性もあります(国内基準では4%以上の自己資本比率規制があります)。
そこまで行かずとも、理屈の上では減った分だけ新たな融資に向き合う体力も喪失するのです。
収益物件の難解さは、不良化した際の金額が大きく業態転換が難しいことにあります。従って、特に含み損が膨らんだ金融機関については、収益物件に向き合う姿勢も消極化しかねず、審査が厳しくなる可能性があります。
参考までに、地方銀行・第二地方銀行99行のうち、2023年9月末時点での債券の含み益が大きかった上位10行と下位10行を抽出した数値を還元させていただきます。
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上位10行のうち、プラスは2行しかありませんが、残り97行はすべてゼロ以下(2行は保有なし)で、マイナスが小さいものが第3位に入っているのです。従って、今回の金利引上げが及ぼす影響も相応に大きいことが見込まれます。
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出典はディスクロージャー誌のため、誰もが簡単に参照できます。かねてよりマイナス金利の解除が囁かれていたこともあり、この後に中身を入れ替えて含み損を減らしている可能性もあることを念のため申し添えます。
また、債券で含み損があっても、株式などでそれ以上のプラスとなっている銀行もありますので、詳細は各行の公開情報を参照してみてください。
佐々木城夛/楽待新聞編集部
不動産投資の楽待
最終更新:3/26(火) 11:00
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