【キーパーソンに聞く】ロールス・ロイス、BMWを歴任したマクラーレン新CCOの意外な戦略

4/18 10:32 配信

東洋経済オンライン

 イギリスのスーパーカーメーカーであるマクラーレン・オートモーティブが、新しいチーフ・コマーシャル・オフィサー(CCO)をBMWから迎えた。

 2025年1月に就任したヘンリク・ウィルヘルムスマイヤー氏だ。同氏は、3月初旬に来日。マクラーレンのユニークな市場戦略を語った。

■F1のマクラーレンとは別組織

 マクラーレンの歴史をたどると、ニュージーランド出身のレーシングドライバー、ブルース・マクラーレン(1937年-1970年)が、1963年に設立したマクラーレン・レーシングに端を発する。

 1980年代後半から1990年代前半にかけて、アイルトン・セナとともにひとつの黄金時代を迎えたことは、よく知られたことだろう。

 公道走行用スポーツカーを手がけるマクラーレン・カーズ(現在のマクラーレン・オートモーティブ)は1985年に設立され、1992年からごく少数の高性能車を送り出してきた。

 現在のように年産2000台を超える(2018年は5000台に迫った)量産体制を敷くようになったのは、2010年代から。

 現在のラインナップは、V型8気筒エンジンをミドシップした2シーターで、これまでに超がつくほどパワフルなプラグインハイブリッド(PHEV)や、独創的な3シーターも手がけている。

 マクラーレンといえば、2025年のF1グランプリで第1戦と第2戦を連勝したことが記憶に新しい。第4戦のバーレーンGPが終わった時点でチームの順位は圧倒的1位。ただし、レースを担当するマクラーレン・レーシングと、量産スポーツカーを手がけるマクラーレン・オートモーティブとは、本拠地は同じでも別組織。

 それでも1968年以来、マクラーレンのシンボルカラーになっているパパイヤオレンジなど、グランプリマシンと量産車のイメージ的な結びつきは強めだ。

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 「私がマクラーレン・オートモーティブにきて発見したのは、ブルース・マクラーレンが設立したレーシングスピリットが、今も強く息づいていることです。レーシングと私が勤務するオートモーティブがひとつ屋根の下にいて、なによりもエンジニアリングを重視して製品を開発する姿勢は、両社に共通しています」

 インタビュー会場になった東京都内のホテルで、ウィルヘルムスマイヤー氏はそう語る。

■オーナーとのかかわりを強化

 ウィルヘルムスマイヤー氏がマクラーレン・オートモーティブで現在の職務に就いたのは、2025年1月。ロールス・ロイス・モーターカーズ社(RR)でセールス&ブランドディレクター、続いてBMWで上級管理職を務めた経験を持つ。

 「ヘンリクは、自動車産業で培った経験と、ラグジュアリーなブランド構築の知識をもたらしてくれるでしょう」

 マクラーレン・オートモーティブのミシャエル・ライターズCEO(今は英国風にマイケル・ライターズと呼ばれている)は、上記のコメントを発表している。

 ドイツ人のライターズCEOは、ポルシェを経て、フェラーリでチーフ・テクノロジー・オフィサーを務めた経験の持ち主だ。私は2022年、フェラーリ本社でライターズ氏にインタビューしたことがある。

 フェラーリのビジョンを語ってもらうためだったが、そのとき広報担当者が、なんとなく渋々という態度だったので、“らしくないな”と思っていた。

 そのインタビューの直後にマクラーレン・オートモーティブへの転籍が発表されて、おどろいた記憶がある。

 「私がマクラーレン・オートモーティブでやりたいと考えているのは、オーナー様とのかかわりを、これまで以上に強めていきたいということです。私が思うに、マクラーレンのような会社ではこれこそが重要なテーマなのです」

 ライターズCEOが引き抜き、チーフ・コマーシャル・オフィサーに据えたウィルヘルムスマイヤー氏は、マクラーレン・オートモーティブにおける自分の役割を説明する。

 「私たちがいま考えているのは、MSO(マクラーレン・スペシャル・オペレーションズ)の機能強化です。ここに大きな商機があるとみています。特に日本市場などでは、自分だけのクルマに仕立てたいという要望が多いと聞いています」

 「ほかに類がない」とか「ウルトラ・エクスクルーシブ」とか「アート作品」などとマクラーレン自身が定義するMSO。“究極のカスタマイズ”をマクラーレンのプロダクトに施すサービスだ。

 「大きくふたつの方向性が求められていると思っています。ひとつは、車両の軽量化。マクラーレンは、軽量かつ高剛性の炭素樹脂の技術をふんだんに使っていることが、競合への優位性となっています。オーナーはその先を求めているので、たとえばこれまで炭素だけに黒一色だったカーボンファイバーに色をつける技術を開発しています」

 「もうひとつは……」と、ウィルヘルムスマイヤー氏は続ける。

 「カスタマイズです。たとえば内装。『これまでになかったものにしたい』というご要望をお持ちのオーナー様も多くいます。幸いMSOには高いカラーリングの技術がありますので、世のなかに1台しかないマクラーレン車を仕上げることが可能なのです」

 ウィルヘルムスマイヤー氏は、さらにつけ加える。それは顧客のコミュニティづくりだ。

■サーキットを「走らない」人にも

 「サーキット走行を好むオーナーも多いので、走行会などの機会をより増やしていきたいと考えています。同時に、そうではない顧客もしっかり視野に入れていきます。それは、同じようにマクラーレン車を好む人たちと“つながりたい”と考えている顧客のための、コミュニティづくりです」

 ウィルヘルムスマイヤー氏は、ロールス・ロイス時代にオーナーコミュニティの大切さを見てきている。

 ロールス・ロイスには、顧客向けに展開している「ウィスパーズ」なるオンラインを中心としたサービスがある。そこではオーナーどうしが情報交換できる機能も設けられている。私はロールス・ロイスの担当者から、「オーナーのコミュニティづくりは重要」と聞いたことがある。そのことを思い出した。

 しかし、ウィルヘルムスマイヤー氏の考えは、オーナーコミュニティだけにとどまらない。“さらにその先”も考えているという。

 「現在の私たちのラインナップには、ひとつの共通性があります。それは2シーターだということです。先のことを考えると、ラインナップはより多様性に富んでいたほうがいいのではないか、と考えています」

■「NO SUV」は貫くのか? 

 マクラーレン・オートモーティブはずっと「NO SUV」と、SUVは作らない方針を強調してきた。それを変えるということだろうか。そう尋ねると、「そうではない」とウィルヘルムスマイヤー氏は答えた。

 「現時点では、方針が完全に決まったわけではありません。私たちはこれまで競合に対して、技術と性能でもって強い差別化を図ってきたつもりです。それでも、この先はさらに強い差別化が必要で、従来は視野に入れていなかったマーケットでも評価される製品が求められると、考えています」

 マクラーレンは独創的なアイディアで市場におどろきを与えてきた。それがいわば伝統で「それを続けていきたい」と、ウィルヘルムスマイヤー氏はいう。

 「2シーター以上という点では、かつて(2020年のスピードテールという)3座のスポーツカーを手がけ、たしかにかなり魅力的なデザインだったと思います。でも、将来(2人以上の乗員を乗せるクルマとして)同じ解決法を採用することはないでしょう。なにをするにしても、他とは一線を画すものでなければなりません」

 ブルース・マクラーレン時代からのDNAがそこにあり、マクラーレンを愛してきた人たちが求めるものは、まさにそれなのだ。ほほえみながらビジョンを語るウィルヘルムスマイヤー氏に、マクラーレンが自動車界をおもしろくし続けてくれることを期待しよう。

【写真】スピードテールにアルトゥーラ……マクラーレン車のスタイリングを見る(50枚以上)

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最終更新:4/19(土) 6:13

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