「なぜ企業が防災倉庫に出資?」、災害時の“共助”を支える「企業×テック」の新モデル「みんなの防災倉庫」《スマホで解錠》企業側のメリットとは?
「天災は忘れた頃にやってくる」という名言があるが、近年は忘れる前に自然災害が次々とやってくる。なかでも最大の脅威は、近い将来に発生が予想されている「南海トラフ巨大地震」だろう。
国は3月末に約10年ぶりとなる被害想定の見直しを盛り込んだ報告書を公表。
この中では、避難生活などで体調を崩して亡くなる「災害関連死」が最悪5万2000人に上るとの推計も初めて掲載した。この数値は、東日本大震災時の14倍弱に相当する。
■防災意識と防災行動の間のギャップ
災害関連死を防ぐには、困難な状況下で生き抜くための、平時からの備えが重要となる。
だが内閣府の「防災に関する世論調査」(2022年9月)によると、大地震に備えとして、家具や家電などの固定ができていない理由として、「やろうと思っているが先延ばしにしてしまっているから」と回答した割合が最も高く(42.4%)、次いで「面倒だから」(22.3%)。
多くの人は、最低2〜3日分の水や食料の備蓄も含め災害時の準備の必要性を感じつつも、さまざまな事情で実行できているわけではない。
人々の災害への「意識」と災害予防の「行動」の間にはギャップがあり、これを埋めていかないと、運が悪ければ、災害時に生死を分けることもある。
「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」は報告書の中で、「行政による対応だけでは限界がある」と率直に認め、「命と社会を守るため」全ての主体が総力を挙げて臨むことを求めている。
災害発生後、復旧活動の開始や避難所が開設されるまでには一定のタイムラグが生じる。国や自治体がなんとかしてくれる、と思っている人もいるだろうが、被災直後の復旧や支援は期待できない。
身近な地域の自治組織の役割も「共助」として期待されるが、自治会自体も会員数の減少や高齢化といった課題に直面している。
■「みんなの防災倉庫」とは?
そうした中、注目に値する取り組みを進めているのが、広島市で2024年3月に設立された「社団法人みんなの防災倉庫普及協会」(代表:益本秀則氏)だ。
「みんなの防災倉庫」は平時には施錠されているが、公式LINEアプリに登録しておけば、自治体が出す「警戒レベル5」相当の災害が発生した際、暗証番号が発行される。それを入力すれば、開錠され倉庫内の防災用品を誰でも無料で使うことができる、という仕組みだ。
広い敷地は不要で、わずか1平方メートル程度の土地にも設置できるという。倉庫の中には給水タンクや簡易トイレなどの防災備蓄品が入っており、地域のニーズに応じて必要なものも任意で収納できる。
同協会は、みんなの防災倉庫を設置したい自治会、学校、福祉施設などと、その費用を負担したいと考える企業をマッチング。資金面で体力がある企業が継続的に関与することが特徴で、新しい形の「共助」モデルの確立と普及を目指しているのだ。
これまで設置実績は広島県内とその近隣県の数カ所にとどまるが、9自治会6福祉施設の15団体が設置を申請している(3月時点)。一方、協力を表明している企業は、製造業を中心に現在20社程度という。
■企業がなぜ防災倉庫設置に協力するのか?
大震災などが発生した後、被災地に義援金や物資を支援する企業は多い。しかし、それは震災が発生してからの支援だ。
一方、同協会の技術責任者である宮地寛将氏は、「“防災”の段階で継続的に企業が支援する仕組みは、これまでほとんどなかったと認識している」と語る。防災に関して多くの企業は、自社のBCP(事業継続計画)策定に注力しているのが現状だ。
では企業にとって、防災倉庫設置に協力すると、どのようなメリットがあるのだろうか。
宮地氏は、防災倉庫に企業名を表記することで、地域住民に対し「直接CSR(企業の社会的責任)活動をアピールできる」ことを挙げる。特に、工場などが立地する地域での企業イメージ向上に寄与し、地域とのコミュニケーションを深めるきっかけにもなるという。
また、「みんなの防災倉庫」のスキームを活用すれば、自治会などとつながりを持ちやすくなる。交流を通じて、地域防災の状況やニーズを把握できるようにもなるだろう。
このように「企業がCSR活動として防災倉庫に継続的に協力することは、地域との信頼や認知向上につながり、企業の持続的な成長の基盤となりうる」と宮地氏は語る。
一方、費用については「買い取り型」ではなく、リース契約を選択すれば、コストを抑えることも可能だという。
株式会社中電工(本店広島市、東証プライム市場上場)は、「みんなの防災倉庫」の協力企業の1つだ。同社は2021年度からICTを活用したソリューション事業に取り組んでおり、その一環としてAIを活用して水位状況を判定する「水位AI」を、2018年の西日本豪雨で被害を受けた自治体に提案してきた。
同社技術本部技術企画部の西米武・専任課長(情報通信ソリューション事業企画担当)は、「水位AIの活用により災害時に地域住民が危険な河川へ近づくリスクは減るが、被災後の支援までは行き届かない」と語る。そこで、「被災後の一助となればとの思いから『みんなの防災倉庫』に協力している」という。
みんなの防災倉庫普及協会の取り組みは、地域の防災意識を高める目的もある。防災倉庫の維持管理や、盗難対策のための監視、協力企業の募集拡大など、実際にその地域でなければできないことは多いという。
そうした中、協会は2024年12月にALSOK広島綜合警備保障株式会社と業務提携をした。
この提携により、防災倉庫の定期巡回が行われ、適切な維持管理が図られるほか、ALSOKグループの販路開拓を通じた普及拡大も期待できる。現在は中国地方が中心だが、全国展開に向け提携拡大も視野に入れているという。
■目標は各都道府県で600社の協力企業
NHKは「南海トラフ地震津波避難対策特別強化地域」に指定されている14都県の139の自治体を対象に、2月下旬から3月にかけてアンケート調査(回答率96%)を実施した。
結果によると、防災のための備蓄が進まない理由として(複数回答)、保管スペースの不足(94%)、予算の不足(72%)、食料などの維持・管理(63%)などが多かった。
宮地氏は、倉庫の設置場所が営業時間外に利用できない福祉施設内などの場合、広告目的の協力企業は必ずしも適していないという。
このため、申し込み段階で「防災が主目的である」ことを企業側に十分に理解してもらい、協会が効率的にマッチングをすることが課題だと指摘する。
また現在、防災倉庫を1基ずつ製造しているため割高感があるが、今後は量産化や製品改良に加え、サイズの種類改善などにより原価を下げていきたいと述べ、「そのためにも多くの企業の参加を募りたい」と強調する。
協会は今後10年程度のうちに、各都道府県で600社程度の協力企業を募ることを目標としている。国内で十分な実績を作り、運用ノウハウを蓄積した後は、海外展開も視野に入れていくという(宮地氏)。
災害時に減災につながる個人、事業者、自治組織、行政などあらゆる主体の連携が、協会が取り組む活動によって強化されるのか、今後の展開に注目が集まる。
東洋経済オンライン
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最終更新:4/16(水) 15:02