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世界が憧れる京都「西陣織」は“エルメス”になれるのか シャネル幹部も作品を見て涙を流す「世界最高峰の『美』」その魅力と重大な課題は?

3/9 8:32 配信

東洋経済オンライン

約285年の歴史を誇る京都・西陣織の織元「誉田屋源兵衛(こんだやげんべい)」の店に、数年前、フランスのシャネル本社より経営陣以下、社員100名の研修での訪問があったという。
渡航費だけでも莫大な費用がかかると思われるが、これはいったい、何を意味するのだろうか。「京都・西陣織」は新しい「エルメス」になれるのだろうか――。
国内外の投資会社でファンドマネージャーや投資啓発などの要職を20年経験後、投資の研究と教育を行うWealthPark研究所を設立した加藤航介氏。

英米で10年を過ごし、世界30カ国以上での経済・投資調査の経験を持つ加藤氏が、「投資のエバンジェリスト」という視点から、京都・西陣織を通して「日本の産業構造」を考察する。

■日本の産業構造には大きく「見劣り」している点がある

 京都の室町通三条下ル。京都駅から10分ほど北に向かった古い町屋には、約285年の歴史を誇る西陣織の織元、「誉田屋源兵衛(こんだやげんべい)」が店を構える。

 美しく繊細な着物の「帯」で有名な西陣織は日本を代表する伝統工芸であり、十代目山口源兵衛氏は、世界的に有名な西陣織のプロデューサー兼経営者だ。

 今回、私と源兵衛氏を引き合わせてくれたのは、ニューヨークで現代アートのレンタル・サブスクリプションビジネスのCurinaを経営する、コロンビア大学の後輩、女性起業家の朝谷実生氏だ。

 「美と技術。日本の縮図でもある西陣織の魅力と課題を、加藤さんの視点で取材してくれません?」

 朝谷氏にそう言われたとき、まず私の頭に浮かんだのは「京都・西陣織は、エルメスになるのか?」だった。

 というのも、日本と世界の「産業構造」を鳥瞰すると、日本が大きく「見劣り」している点がいくつか見られるからだ。

 アメリカとの比較では「IT・インターネット産業」、欧州との比較では「ラグジュアリー産業」がその典型といえる。

 適材適所、比較優位。各国が持つ資源や国民性、文化・歴史的な背景などから産業構造に違いがあるのは当然であるが、昨今、インバウンド旅行者などにより、日本の「美」や「技術」が改めて世界で高い評価を受けている。

 一方で、日本に「ラグジュアリー産業」が乏しいことは非常に興味深く、そして日本人として残念に思う。

 コロナ禍も明け、日本への外国人観光客は大きく戻り、「日本を直接体験し、買ってもらう」インバウンド需要の波は、当面、収まりそうもない。

 政府は、2030年には、現在の約3倍の旅行者を受け入れる目標を掲げるなど、インバウンド需要は、日本の美や技術、歴史や伝統を世界に広める大きな起爆剤となることが見込まれる。

 それは日本初の世界に冠たるラグジュアリー産業の勃興の変化点ともなりうるものである。

 欧州には、LVMH(ルイ・ヴィトンなど)、Hermes(エルメス)、Richemont(カルティエなど)、Kering(グッチなど)などの高級有名ブランドを束ねる超大企業が数多く存在しており、私もかつてこれら企業の本社に幾度となく訪れた。

 「デザインとクラフトの融合」「厳しい生産管理体制」「直営店主体の販売による徹底した流通・在庫管理」「不況であっても値下げをしない意思」「知的財産に対するロビーイング」など、多くを学ばせてもらった。

■トヨタ自動車を超える「世界のラグジュアリー企業」

 2023年末時点のLVMHの企業価値は、日本企業同首位のトヨタ自動車の1.7倍、エルメスはトヨタ自動車の0.9倍と、紛れもなく世界を代表する企業群である。

 2024年から始まった新NISAでの定番商品である“世界株式指数”の投資信託を買われている方は、すでにこれらの欧州企業のオーナーとなっている。

 欧州ラグジュアリー産業の盛衰は、これら企業の消費者だけではなく、より多くの人の資産形成として影響を及ぼしているのだ。

 京都の織物には1500年の歴史があるが、多品種少量生産、先染めの「絹織物」である西陣織のなかでも、誉田屋源兵衛の主力商品は、数十万円から数百万円の女性着物の「高級帯」だ。

 伝統と歴史、技術と美を兼ね備えた西陣織は、前述の世界的な欧州ラグジュアリー企業、そして博物館や美術館より惜しみない尊敬の念を集めている。

■世界のラグジュアリー企業が憧れる京都・西陣織

 数年前、誉田屋へは「フランスのシャネル本社より経営陣以下、社員100名の研修での訪問があった」という。

 フランスから日本まで、渡航費だけでも数千万円の費用がかかると思われるが、これはいったい、何を意味するのだろうか。

 シャネルが世界トップのラグジュアリーブランドであり続けるためには、世界最高峰の「美」を学ぶことが必要であり、京都の西陣織がその対象となったことにほかならない。

 源兵衛氏が奏でる「美」を理解するために、自ら京都へ足を運び、織元の古商家の匂いを感じ、両目で色や形を見て、作家と対話し、作品に直に触れる。五感すべてを使って学ぶ企業研修だ。

 旅行や留学などがわかりやすいが、「テレビやネットで得た情報」と「五感を使った体験」では、得られる情報量が大きく違い、それは体験者の真の血肉となる。

 シャネル幹部の多くは作品を見て涙を流し、現在、京都の国際イベントにおけるシャネルが協賛した作品の展示場として、誉田屋に場所を求めている。

 また、ロンドンの中心街、世界中の歴史的価値のある装飾芸術やデザインを所蔵しているヴィクトリア&アルバート博物館には、十代目山口源兵衛氏の帯も永久貯蔵されている。

 20人の職人が腕を振るう誉田屋では、年300本ほどの帯商品の生産の傍ら、非売品のアートとも言える「作品」を年1~2本作成している。

 商品も作品も、作家の情熱や想い、職人たちの汗と努力など、さまざまなストーリーが織り込まれる一点物であるが、年1本の作品へ投入される熱量は桁違いだ。

 十代目は、同美術館でのパネラーとしてイギリスに招かれており、人類における衣類というテーマについて聴衆の前で識者と議論を交わした。

 「美術館や博物館に作品が所蔵される」とは何を意味するのか。その作品が「美術史や人類史の歴史にとって重要なもの」という、キュレーターや学芸員の判断があったということである。

 源兵衛氏は、ヴィクトリア&アルバート博物館への訪問時に、そこに展示されている世界の数々の織物を目にして「ひいき目と言われるかもしれないが、日本の織物の質の高さや歴史は、人類の衣類の中でも飛び抜けた存在である」ことを改めて認識したという。

 源兵衛氏は、衣食住の「衣」の本質を後世に伝えるべく、京都の地元の中学・高校を誉田屋に招くなど、学生向けにもさまざまな機会で日本の和装などの歴史文化の啓発を続けている。若い頃から、一流に触れる機会があることは心からうらやましく思う。

■「孔雀の羽を織り込んだ帯」が過去と未来をつなぐ

 築100年の古商家の立派な柱と梁を横目に誉田屋の2階に上がると、息をのむような美しさと、色とりどりの光沢のある「帯作品」が並ぶ空間にたどり着く。

 ここには十代目山口源兵衛氏の過去50年の作品の中でも指折りのものが展示されている。

 その中でも一際に目を引くのは、見る角度により色や輝きが変化する魅惑的な緑色の帯、「孔雀の羽の繊維を数万本織り込み、2年の歳月を経て完成した唯一無二の作品」である。

 日本は元寇の襲来時に毒矢を知り、その後、毒への耐性が強い孔雀は武士の憧れとなった。

 上杉家や井伊家の当主などが使用したと考えられる孔雀の羽を織り込んだ陣羽織が現存しているが、状態が著しく悪化しており、衣類に刻まれた当時の武士たちの生きざまを未来へ引き継げなくなっていた。

 山口源兵衛氏と職人たちは、2年の歳月をかけて、10cm以下の短い孔雀の羽を何万本も織り込むことで、当時の戦国武将の戦いへの想いや風俗を現代に蘇らせたのだ。

 「職人たちへの負担が重すぎる。私の代では二度と同じものは作れない」。ただし、この帯の製作により、日本の過去と未来は確実につながったのだ。

 山口源兵衛氏は「衣類とは、かつては大地の命を受け取るものであった」「過去、衣類は極めて貴重な代物であり、それぞれの時代の風俗や文化が織り込まれている生命である」と語る。ファストファッションの時代に身を置いている我々には、身につまされる話である。

 山口源兵衛氏が帯の作品にする題材は、過去の衣類の復活にはとどまらない。

 藤田美術館所蔵の国宝曜変天目茶碗、俵屋宗達の作品、外国の美術品まで、価値あるものを帯という横幅32cmの世界へ表現し、過去と未来の人類の芸術を紡ぎ、また西陣織の技術をさらなる高みへと押し上げている。

 かつては小さな馬具メーカーであったエルメスは、車社会の到来により革製のバッグや高級の衣類などへ方向転換をし、世界的なラグジュアリー企業へと躍進した。

 特にここ数十年、同社の高級カバンは、中古品の価格が新品より高まるほど、消費者からの熱いパッションを集めている。

 バーキンを手に入れるのは数年待ちが当たり前、幻と言われるワニ皮の「ヒマラヤ」の取引額は2000万円にも及ぶという。

 「消費財に資産性を持たせる」というイノベーションを起こしたエルメスの企業価値は、日本首位のトヨタ自動車のそれにまで近づいている。そしてその価値の根底にあるのは、熟練した職人を従えた「美の追求」にある。

■さらなる「美への追求」が「次なるエルメス」を生む

 世界のトップラグジュアリー企業が憧れてやまない西陣織から、「次なるエルメス」は生まれるのだろうか。

 上記の例だけでなく、世界中の人々のパッションを惹きつけるポテンシャルは間違いなくそこにあるだろう。

 現実、着物1着ではなく、たった1本の「帯」が数百万円で購入されていく事実は、織元と職人、帯を身につけたい人々のエコシステムの熱量が途方もないことの現れである。

 源兵衛氏の非売品の作品は「最高の技術や想いを伝承できるよう、なるべく職人の近くに置いておきたい」という山口源兵衛氏の想いから市場には出回らないものの、仮に売りに出されれば、その価格は青天井となるだろう。

 もちろん、西陣織の織元が現在の欧州ラグジュアリー企業のようにビジネス面で洗練され、世界の人々をファンとするには、帯以外の商材の拡充から流通の見直しまで、さまざまな課題がある。

 ただし、最も大切と思われる「伝統に甘んじず、絶えず『美』を追求する情熱」は、京都の西陣にはDNAとして根付いている。

 私は日本人のひとりとして、この「西陣織の美」を世界のより多くの人々が認知し、同時に日本の技術と伝統が世界へ羽ばたくことを願ってやまない。

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最終更新:3/12(火) 9:58

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