「ソニー・ホンダ」異なる文化から生まれたもの、デザインの視点から見る異色コラボの結節点

5/16 9:02 配信

東洋経済オンライン

企業を取り巻く環境が激変する中、経営の大きなよりどころとなるのが、その企業の個性や独自性といった、いわゆる「らしさ」です。ただ、その企業の「らしさ」は感覚的に養われていることが多く、実は社員でも言葉にして説明するのが難しいケースがあります。
いったい「らしさ」とは何なのか、それをどうやって担保しているのか。ブランドビジネスに精通するジャーナリストの川島蓉子さんが迫る連載の第17回は、ソニー・ホンダモビリティを取り上げます。

■設立3カ月で試作車を発表

 昨年1月にアメリカ・ラスベガスで開催されたIT見本市「CES」で試作車として発表された電気自動車(EV)「AFEELA(アフィーラ)」。その後、「JAPAN MOBILITY SHOW」や今年のCESでも披露され、話題となっている。

 2022年10月、ソニーグループと本田技研工業が設立した合弁「ソニー・ホンダモビリティ」は設立当初から両社の共創によって何が生まれてくるかについて業界内外から注目を集めていたが、事業内容が異なる企業の協業は容易ではない。しかも、合弁設立からわずか3カ月でゼロから試作車を作り上げて公に発表するというスピード感は尋常ではない。

 どのようなプロセスを経て創り上げたのか、両社が組むことでどのような効果があったのか、そして新たに設立されたソニー・ホンダらしさとは――デザイン面から探るべく、同社の中枢部門の1つである「デザイン&ブランド戦略部」を取材した。

 デザイン&ブランド戦略部は、モビリティそのもののデザインだけでなく、ソニー・ホンダモビリティという企業のブランディングをはじめ、空間、プロダクト、UI/UXなども含めたデザインを包括的に手がけている。

 今回話を聞いたのは、戦略部のヘッドを務める石井大輔さんと、石井さんのサポート役を担うゼネラルマネジャーの河野拓さん。石井さんは2021年からソニーグループのデザイン部門を担うクリエイティブセンターのセンター長も務めている一方、河野さんは2017年からホンダでデザイン開発室室長を任されてきた。

■当初は一緒にやる難しさもあった

 現在、デザイン&ブランド戦略部における、ソニーとホンダの社員の比率はほぼ半々だという。これまで約1年半共に仕事をして、互いにどんな印象を持っているのか聞いてみた。

 「デザイナーが圧倒的な知見を持っていて、何事においてもスピード感があると感じました」(石井さん)。「あらゆるものに対して美意識が高いことに驚かされました」(河野さん)。

 同社を立ち上げるにあたって、策定した開発コンセプトは「NEWTRAL」。「NEUTRAL(中立)」と「NEW TRIAL(新たな試み)」を重ねた造語で、互いの組織文化が混ざり合い、化学反応を起こして新しい文化を創っていくという考えが込められている。

 「異なる要素が一体となって中和されることで、ある意味澄み切った環境が生まれ、そこからさまざまな挑戦が生まれていくことを目指しました」(石井さん)

 とはいえ、異なる会社が一緒になって、チームの一体感を醸成するのは、そう簡単なことではない。実際、使っている専門用語が異なるなど、当初は一緒にやる難しさもあったという。

 しかし、自由闊達な精神を尊重し、他にない独自性を追求する姿勢には通底するものがあり、それがいい方向に働いた。たとえば車体のデザインをおこす時、ホンダのメンバーはスケッチやクレイで行うのに対し、ソニーは最初から3Dモデルなど進め方そのものが異なっていたが、双方で話し合って3Dモデルを使うことに。

 従来のやり方と異なっても、よりよいものを作れるのであれば、積極的に取り入れる。メンバーがフレキシビリティを持って臨んだことが、チームの求心力につながっていった。「すべての情報をオープンにし、メンバーが自分の専門領域を超えてフィードバックし合うことで、相乗効果が生まれました」と2人は言う。

■従来の車作りとは違う作り方に

 それぞれのチームのやり方にこだわることなく、「よりよいものを」という全体最適を探りながら、もの作りの工程も怒濤のようなスピードで進められた。経営層に向けての提案を行い、そこに修正が入り、改良してまた提案する。「打率で言うと、0.5とか1割程度という厳しさでした(笑)」と河野さんは話す。

 「クルマの開発とは、長い期間を要するものであり、どの段階でマネジメントの決裁を仰ぐかについてのスケジュールがあらかじめ決まっていて、ある程度固まった段階でマネジメントの判断を仰ぐのですが、今回は途中で細かく決裁が入っていくという、まったく違う進め方でした。それが逆に、いい方向に働いたと感じています」

 「デザイナーは、物事を立体的にとらえる能力が高いのに対し、マネジメントは、物事をコンテクストやストーリーでとらえる能力に長けています。結果的に目指しているところは同じでも、アプローチの仕方が違う。そこをつなぎながら進めていく仕事でした」(石井さん)

 トップマネジメントとデザイン&ブランド戦略部の距離が近く、密接なやりとりがあったことが、有効に働いたのだろう。

 生まれ出た「アフィーラ」は、どんな特徴を持っているのだろうか。ポイントは、「ブランド戦略」「プロダクトにまつわるデザイン」「UI/UXにまつわるデザイン」を“融合進化”させたところにある。

 外観については、従来の「クルマらしいデザイン」のセオリーに必ずしものっとらず、「アフィーラらしさ」を表現することに注力した。筆者の目から見て、いかにもクルマという複雑な曲面美や、いかついマッチョな感覚が廃され、凛としたエレガントな佇まいが印象に残る。これも、業界の枠を越えた協業によって実現したものなのだろう。

 また、車体をぐるりと取り巻くように、ソニーが開発・製造しているセンサーが搭載されているのが「アフィーラ」の特徴の1つ。これによって、乗った人はエンターテインメントにかぎらず、さまざまな体験をすることができる。

■車だけでなく、展示空間にもこだわった

 デザイン&ブランド戦略部がかかわったのは、車そのもののデザインだけではない。展示空間についても徹底してこだわった。

 メーカーによっては、製品そのもののデザインと、展示空間のデザインの担当を分けているところもある。だが、ソニー・ホンダでは、デザイン&ブランド戦略部がすべてにかかわり、照明や映像について細部まで検証し、アフィーラの独自性を最大限にアピールするよう、試行錯誤して作り上げた。「ブランディングとして、最終的にはユーザーにつなぐところまで、デザインを貫くことができたのは幸いでした」(石井さん)。

 今のところの反応では「ソニーとホンダという異なる分野の企業が一体となって、何を見せてくれるのだろうと期待する声が多かったことに勇気づけられました」(河野さん)。「これだけの反応を得て、さらにそれを上回ることをやっていこうと、気を引き締めているところです」(石井さん)。

 2025年に発売を開始し、2026年にアメリカで発売するにあたり、プロジェクトは猛スピードで進んでいる。ただ、そこだけがゴールではない。「今の状況にはまだ満足していません。先進性があって強烈なメッセージのあるものを、どうやって世の中に送り出していくかに、日々、力を尽くしています」(石井さん)。

 ソニーとホンダが組んで、新しいモビリティを世に送り出したことについて、数々の展示会で好反応を得たことは大きな成果だろう。一方、移動手段としての車を取り巻く環境は、過去に例を見ないほどの大きな転換点を迎えている。その渦中にあって、業界内外の期待を上回るものを生み出せるのか。そして、業績として確かなものを残すことができるのか――。

 「あの頃はよかった」という文脈は好きではないが、かつてのウォークマンやプレイステーションがそうだったように、人々のライフスタイルを一変させてくれるようなものを生み出せるのだろうか。これからが正念場だ。

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最終更新:5/17(金) 11:56

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