脳科学で実証、潜在能力を引き出す“魔法の4文字” 仲間を肯定し、信頼関係を生むポジティブ言葉
潜在能力というと「表に出ていない、内に秘めた才能」と定義づけられています。英語では「potential ability」と訳されるようです。英語表現で見ると「可能性のある」「能力」とも読み取れます。
実は「潜在能力」は隠れているものではなく、一定の考え方と行動を伴うことで誰でもいつでも発揮できるものだとするのは、脳外科医の林成之さんです。
脳低温療法を開発し、脳蘇生治療の第一人者だけでなく、脳科学をスポーツに応用し、多くのアスリートにアドバイスをしていることでも知られる林さんによれば、潜在能力は、一定の考え方と行動を伴うことによって、いつでも発揮できるものであり、それを十全に発揮すれば、想像していなかったレベルの成果が得られることもあるというのです。
『運を強くする潜在能力の鍛え方』より、一部抜粋・編集してお伝えします。
■潜在能力を発揮する言葉のかけ方
私は脳科学の知見に基づき、潜在能力を発揮するために必要な体の使い方や言葉のかけ方、意識の持ち方などをお伝えしてきました。その事例を紹介します。
2011年開催のサッカー女子ワールドカップで、日本勢初の優勝を成し遂げたなでしこジャパンです。大会に入る以前、当時の佐々木則夫監督に「先生、頭を強くする方法はありますか」と相談を受けました。
そのときに教えたのが、「そうだね」という言葉です。
この「そうだね」は、お互いを肯定するポジティブな言葉で、このような言葉は相手の脳に入りやすいのです。そして、相手の脳に入るから気持ちが一体化して、その後の話も聞きやすくなります。
だから「合宿などで話をするときは、必ず『そうだね』と言ってから話すといいですよ」と、佐々木監督に伝えました。
これとは逆に、否定的な言葉は相手の脳に入っていきません。そして、相手の気持ちを遮断してしまいます。人間は自己保存の本能で自分を守りたいので、意見が違う人とは絶対に仲良しにはなれません。
■意識的にポジティブな言葉を発する
だから、否定語は使わず、意識的にポジティブな言葉を発することが大事なのです。その意味で、「そうだね」は、お互いの気持ちを結びつける魔法の言葉といってもいいでしょう。
既にご説明したように、脳には「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」といった本能があります。この本能を生かす言葉が「そうだね」なのです。
つまり、仲間になりたい本能ともつながっているので、まず「そうだね」と同調してから会話を始めると、その後に何を言うかに関係なく、話す側は否定されることへの恐怖がなくなります。
また、聞く側も相手の言うことに興味を持って、肯定的に受け止めるようになります。これによって、お互いの潜在能力が本能のレベルから引き出されることになるのです。
なでしこジャパンは、ボールを持ったら仲間がいないところへ迷わず蹴る、という常識破りのパス回しを生み出して相手を翻弄しました。仲間のいないところにボールを蹴るというのは、恐怖を伴うことでしょう。
仮に相手にボールを取られたら、一気にピンチに陥るかもしれません。普通であれば、無難に仲間がいるところにボールを蹴りたいと思います。
しかし、誰もいないところに蹴れば、最初に駆けつけた人がボールをキープできます。それが味方の選手であれば、チャンスは拡大します。そして、人のいないところに蹴るというのはチームの仲間だけしか知らないので、チームメイトを信頼して無人のスペースにボールを蹴り出せば、日本の選手が真っ先に駆けつけることができる可能性が高いのです。
佐々木監督が考え出した世界一のパス回しと称賛されましたが、あれは「そうだね」で生まれた信頼関係がベースにあります。まさにチーム一丸になって潜在能力を発揮した結果が優勝をもたらしたのだと思います。
女子バレーボール日本代表の中田久美監督に「先生、どうやったらチームが強くなりますか?」と聞かれたときも、「『そうだね』という言葉を合言葉にしなさい」とアドバイスしました。それ以来、日本女子バレーチームはチームが一つになって強くなりました。
この「そうだね」という言葉は、のちに女子カーリングチームのロコ・ソラーレの選手が競技中に使って流行語になりました。
ロコ・ソラーレを指導するきっかけになったのは、吉田知那美選手からもらった手紙です。吉田選手が失敗を重ねて、みんなからだめ出しされたとき、私に手紙を送ってきたのです。
軽井沢合宿で初めて会ったときに、私は吉田選手に「『そうだね』と言ってからチームプレーしたらいいよ」という話をしました。そうしたら、ロコ・ソラーレはあっという間に強くなりました。
「そうだね」という言葉がメンバーの合い言葉になって、チームが一丸となり、平昌オリンピックの女子カーリングでは銅メダルを取りました。皆さんよくご存じのように、「そうだね」の北海道訛り「そだねー」は、2018年の新語・流行語大賞にも選ばれました。
このように「そうだね」は、チームの潜在能力を高める魔法の言葉なのです。これを日常会話に活かすなら、「面白そうだね」「楽しそうだね」とポジティブな言葉を使いながら話すとよいでしょう。
子どもに接するときも「そうだね」「そうなんだ」と言ってあげると、自分が認められたように感じて、うれしくなります。「そうだね」とか「なるほど」という言葉は、子どもを育てるときの合言葉にもなります。
もう1つ注目していただきたい脳の特徴があります。それは「同期発火」です。
テレビや映画で、人が悲しんだり喜んだりしている様子を見て、自分も同じような感情になったことがありませんか? このように、自分の脳が相手の発する情報に反応してシンクロするときなどに起こる現象を「同期発火」といいます。
これを初めて教えたアスリートは、競泳の北島康介選手でした。
どんなに強い相手でも「自分だったら勝てる」と思えば、同期発火が起きて肉薄できる可能性が高まる。逆に「勝てるかどうかわからない」と考えて闘っていたら、確実に負ける。彼にはそう教えました。
北島選手には、後半加速のリズムを教え、不調を脱していたのであまり心配していませんでした。
■パリ五輪で競泳チームに生じた問題
2024年のパリオリンピックでは、競泳チームはあまり力を発揮できませんでした。コーチ制度が進化し、個々の選手別に異なるコーチをつけました。
一見、科学的な方法と思われがちですが、仲間になりたいという人間が求める本能に反するため、監督も口出しできなくなり、日本人が弱いフィジカルに原因を求めがちになります。
体はそれほど大きくなくても、アメリカのレデッキー選手はオリンピックの競泳女子自由形で、これまでに金メダルを9個もとっています。
彼女の泳ぎは、脳が疲れない4ビートのキックで、ザリガニのような姿勢で、胸の前のベストポジションで水をとらえ、軽くローリングしながら、前に突き進む、非常に美しい泳ぎ方です。
競泳では、体の前胸部のどこで水をとらえるかが、センチメートル単位で区別するかが、非常に大切なのです。仲間になりたい本能に従って、全員でチームの泳ぎを検証し、理にかなった美しい泳ぎ方を発見することが望ましいのです。
ときには、3秒ごとにプールに飛び込みチームメイトの背中に乗る、馬乗り大会もチームづくりや記録伸ばしに役立ちます。
「そうだね」というチームメイトの脳に入る言葉は、相手と闘う競技の場合にも効果を発揮します。
馬場美香さんが卓球女子日本代表の監督だったときの話ですが、「53年間、中国に勝てていないんです」と言われました。それを聞いて、私は即座にこう返しました。
「勝ったことがないって言ったら、もうおしまいです。逆に『きょうは中国選手団の調子が悪い。私は絶好調』って大きな声で喋ってから試合に入ってください」と。
私の言葉を監督だけでなく選手も皆、きょとんとして聞いていましたが、実際に彼女らは大接戦を演じてくれました。
同じく卓球の石川佳純選手が現役の頃、「試合の前には相手がどれだけ強くても『きょうは自分の日だ』と思いなさい」と伝えたことがあります。
それを聞いて「自分が勝つと思えば勝つんですね」と石川選手は言いました。彼女から、夜中の3時頃にオランダから電話がかかってきたこともあります。「今、何時かわかるな。夜中の3時だよ」と言ったのですが、卓球に命を懸けていて、それくらい一所懸命でした。
■「きょうは自分の日」と強く思うこと
「勝てない」と思った選手は絶対に勝てません。
人の勝負において、技術の差は確かに影響しますが、脳の働きを考えると、弱い者がいつも負けるとは限りません。相手の実力や勝敗に関係なく、「きょうは自分の日」と強く思うことで潜在能力が解放され、番狂わせが起こる確率が高まるのです。
この同期発火という現象について、赤羽(東京都)にあるスポーツセンターで講義をしていたら、たまたまその場にいたテニスの錦織圭選手と、当時はまだ無名の大坂なおみ選手が自分の講演を聞いていました。
錦織選手は帰り支度をしていたところでしたが、私が「勝負になったら、勝つと思った人が勝つんです」という話をしたところ、「面白い」と興味を抱いたようで、一番前までやってきて最後まで聞いていました。
スポーツの試合中には、同期発火という現象がたびたび起こります。
同期発火が起こると、ランクが下の選手が上の選手に引っ張られるようにして接戦を演じます。そのときに「きょうは自分の日だ! 絶対に自分が勝つ」と強く思うと、下のランクの選手が勝つことがあるのです。
東洋経済オンライン
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最終更新:11/9(土) 14:32