JR九州の新観光列車「かんぱち・いちろく」これまでと何が違う? 座席や窓など随所に「脱・水戸岡デザイン」

4/29 7:32 配信

東洋経済オンライン

 JR九州の観光列車にまた1つ新顔が登場した。4月26日に博多―別府間を結ぶ「かんぱち・いちろく」が運行開始したのだ。

 博多と由布院・別府エリアを結ぶ観光列車は複数ある。久大本線ルートではスタイリッシュな緑色をまとった特急「ゆふいんの森」が毎日3往復程度運行する。また、その豪華絢爛ぶりで「ななつ星 in 九州」に匹敵する「或る列車」が土日を中心に1日1往復する。日豊本線ルートでは1週間かけて九州全域を走る豪華列車「36ぷらす3」が毎週日曜日に大分から別府、小倉を経て博多まで運行する。「ゆふいんの森」はスピード重視で所要時間は2時間程度と短い。逆に「或る列車」や「36ぷらす3」は時間をかけて運行し、車内で地元産の食材を使った料理を味わったり、沿線の各駅で途中下車して地元の人たちと交流したりすることに主眼を置く。

■人気ルートに新観光列車

 「博多から由布院・別府エリアに向かう観光列車はインバウンドに大人気。もう1本投入しようということになった」。JR九州の古宮洋二社長は4月19日の報道公開時のあいさつでこう話した。JRグループの大型観光施策「デスティネーションキャンペーン」が4月1日から6月30日まで福岡・大分両県で開催。投入時期はそのタイミングに合わせた。

 車両は新造ではなく、かつて肥薩線を走っていた観光列車「いさぶろう・しんぺい」に使われていたキハ47形2両とJR九州管内の普通列車などで活躍したキハ125形1両を改造し、3両編成の列車に仕立て上げた。久大本線経由のルートを使い、木曜を除く毎日、約4時間半かけて1日1便(片道のみ)運行する。博多から別府方面に向かう列車が「かんぱち号」、別府から博多方面に向かう列車が「いちろく号」となる。

 「かんぱち・いちろく」というユニークな名前は久大本線の全線開通や形成に尽力した2人の実業家、麻生観八と衛藤一六の名前に由来する。麻生観八は大分県九重町に本社を置く八鹿酒造の3代目、衛藤一六は旧大分県農工銀行の頭取を務めた。

 車両デザインは鹿児島県の建築会社IFOO(イフー)がデザインを担当することに決まった。「ヤフーで検索してイフーさんを見つけた」と古宮社長は話したが、もちろん冗談。イフーはJR九州と連携して利用者の少ないローカル線の駅を活用したまちづくり事業に取り組んでおり、JR霧島神宮駅の駅構内をリノベーションするなどの実績を持つ。鉄道車両のデザインにも関心を示しており、「地元を大切にしており、その理念に共感した」と、古宮社長は起用の理由を説明する。

■デザイナー交代の真相は? 

 これまでのJR九州の観光列車は工業デザイナーの水戸岡鋭治氏が一手にデザインを引き受けてきた。観光列車だけでなく新幹線、さらには高速船、駅舎に至るまで大半のデザインを担当し、JR九州の「顔」ともいえる存在だった。とりわけ「ななつ星」はアメリカの旅行雑誌で3年連続世界一に選出されるなど、世界的にも評価が高い。それだけに新デザイナーの起用は驚きでもあった。

 デザイナー交代の理由は公式的には水戸岡氏の年齢によるものだ。水戸岡氏は1947年生まれの76歳。2022年10月にななつ星がリニューアルされたが、その仕事の際に水戸岡氏は「私の年齢からいって、今回が最後の仕事」と話していた。古宮社長は「水戸岡さんとは30年以上のご縁やお付き合いがあるが、いつかは変わるときが来る」としたうえで、「今回がそのタイミング」と述べた。ただ、水戸岡氏はななつ星リニューアル後も仕事を続けており、現在はJR北海道の観光列車のデザインを「最後の仕事」として取り組んでいる。

 いっぽうのイフー。同社の八幡秀樹社長は古宮社長から「由布らしい列車を造ってほしい」と頼まれたものの、なにしろ初体験の仕事である。JR九州のスタッフたちとの間でデザイン会議が何十回と行われたが、「最初は何もわからずご迷惑をおかけした」と明かす。たとえば、車両の基本的構造を踏まえずに車体側面に占める開口部(窓)の面積を大きく増やしてしまったこともあったという。

 不安とプレッシャーにさいなまれる日々。だが、ある日、八幡社長が会議の合間にトイレに入ったとき、会議に参加している若いエンジニア同士の会話が聞こえてきた。「2号車の仕事は大変だね」「でも完成すれば、その達成感はたまらないよね」。八幡社長は彼らに背中を押されたように感じたという。

 新たな観光列車に使われる車両は2023年10月に「いさぶろう・しんぺい」として最後の乗車ツアーを行った後、すぐに客車内の改装作業に着手。年が明けた2024年1月頃から内装作業を開始し、なんとかゴールデンウィーク前の運行開始に漕ぎつけた。

■デザインは「ナチュラルモダン」

 こうして完成した車両のデザインは、これまでのJR九州の車両とは明らかに違っていた。水戸岡デザインの車両を「豪華絢爛」と言い表すなら、新たな観光列車は「洗練」という表現がぴったりくる。それを八幡社長は「ナチュラルモダン」と評する。「私たちがデザインしたというよりも、JR九州の各部署の方々と数十回も会議をして、古宮社長にも何度も足を運んでいただいて完成したデザインです」。

 黒い外観はこれまでの水戸岡デザインを踏襲しているようにも見えるが、違いはある。たとえば、「ふたつ星4047」には先頭車両のてっぺんに2つ重ねた星形のマークが載せられているなど凝りに凝った装飾が細部に至るまで施されているが、「かんぱち・いちろく」はこうした装飾がなくすっきりとしている。

 車内に足を踏み入れると、1・3号車の畳個室は水戸岡氏が得意としたデザインを想起させるが、ほかの部分では、水戸岡氏が手がけた車両にしばしば搭載されていた大川組子のような装飾物は見当たらない。ソファの生地もシンプルで水戸岡デザインの車両でよく見られる意匠はない。1号車のソファ席や3号車のボックス席はシティホテルのラウンジのようなイメージだ。

 水戸岡デザインの車両では窓に縁を付けて小さめにしたり、障子を用いたりしていた。水戸岡氏は窓を額縁に見立てて、車窓の景色がどう見えるかに腐心していたのだ。一方の「かんぱち・いちろく」は余計な飾りを廃しているため窓に大きさが感じられ、外の景色がストレートに飛び込んでくる。

 いすやテーブルの装飾もシンプルだ。その代わりに車両内にはアートをふんだんに取り入れた。

 アートディレクションを担当したNPO法人BEPPU PROJECT(別府プロジェクト)の中村恭子代表理事によれば、「物語の入り口に連れていく」をコンセプトに、福岡、大分両県にゆかりのあるアーティスト10組が、沿線の歴史や文化、自然などを感じさせる24点のアートを制作した。かつて、JR東日本が現美新幹線という観光列車の車内に多数のアートを展示していた。そこまで大がかりではないものの、車両のデッキに描かれた大型のアートウォールは迫力があるし、客室の窓側にはさまざまなアートが設置されており、それを観ながら車内を歩き回るのも楽しい。

 そして、この列車の最大の売りが2号車。樹齢約250年の杉を使った長さ約8mの一枚板カウンター。共用スペースのラウンジとして使用され、ビュッフェとしても使われる。

■総力戦で生み出した観光列車

 古宮社長に車両の印象を尋ねると、「車窓の風景とアート、地元の食材やおもてなし。これらを足し算すると”動くスイートルーム”だ」という答えが返ってきた。水戸岡デザインの観光列車も車窓の風景や地元の食材を重視しているが、車両自身の存在感が際立っていた。それに対して「かんぱち・いちろく」は総合力での完成度が高いといえる。八幡社長も「風景と窓、アートと文化が主役です」と話している。

 単なる数字の羅列にすぎない車両の形式名に遊び心が隠されていた。「かんぱち・いちろく」の1号車には2R-16、2号車には2R-80、3号車には2R-38という形式名が付けられている。2Rとは「2人のロマンスカー」、16は衛藤一六、80は杉のテーブルの長さが約8mあること、38は麻生観八が八鹿酒造の3代目だったことにちなんだという。

 JR九州は観光列車を「D&S列車」と呼ぶ。デザイン(Design)とストーリー(Story)だ。車内の各所に展示されているアートはもとより、車両の形式名にすらストーリーがある。「ななつ星」を筆頭に世界的にも人気が高い水戸岡デザインの車両に、「脱・水戸岡」デザインとなる初めての観光列車が加わった。それは、JR九州がさまざまな発想を持ち寄って総力戦で造り上げたD&S列車といえるだろう。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:4/29(月) 7:32

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング