1割が白旗、「自治体システム大移動」で広がる混乱 171団体が「2025年度までの移行は困難」と表明

4/1 5:11 配信

東洋経済オンライン

 「移行に対応する能力がない地場ベンダーが撤退する一方、全国一斉の作業に国の制度変更への対応も重なり、大手であっても人手が足りない。既存顧客を引き受けるだけで精いっぱいだ」

 全国1788自治体の3.5万近くに上る既存システムを、2025年度までに一斉に作り替える――。「令和のシステム大移動」とでも呼ぶべき、政府主導の巨大プロジェクトが国民生活の裏側で始まっている。

 これまで自治体が個別に構築してきた住民記録や戸籍情報などに関する20の基幹業務システムを、政府が示した共通の仕様書(基準)に合う形で作り直す「システム標準化」を行い、政府が整備する「ガバメントクラウド」上で稼働させる。自治体のシステム運用の効率化を図る狙いで、政府はすでに7000億円規模の予算を投入して事業を推進している。

 しかし、その作業は当初の想定以上に難航している情勢だ。政府は昨秋、移行が極めて難しい一部自治体については2025年度の期限に遅れることを容認し、先月公表された初の実態調査では、約1割の自治体がその対象となる見通しが明らかになった。

 自治体からシステム構築などを請け負う大手ベンダーの幹部は、厳しい現状を冒頭のように明かす。巨大プロジェクトの現場で今、何が起きているのか。

■“移行困難”の自治体はさらに増える? 

 デジタル庁が3月5日に公表した調査では、2023年10月時点で全体の約1割に相当する171自治体が2025年度までの一部移行について「難易度が極めて高い」と回答した。判断を保留した自治体も50に上る。

 作業を担うベンダーが見つからなかったり、既存システムが個別仕様で作業に時間がかかったりすることが主な理由だ。

 今後さらに“移行困難”に陥る自治体が増加する可能性は高い。例えば、全国で先行して一部システムの移行に成功した愛媛県松山市でも、他のシステムでは期限内の移行ができない可能性が浮上しているという。「調査時点から状況が変わっている。マンパワーが足りず、ベンダー側から一部システムの開発ができない、といった回答があった」(松山市の担当者)。

 下図を見てほしい。デジタル庁の調査結果からは、複雑なシステムを利用しているとされる大都市を中心に、移行困難な状況に陥っている自治体が多いことが読み取れる。政令指定都市に至っては、20市すべてが「移行困難」と回答した。

 総務省の担当者は、「行政区を持つ政令市は普通の自治体とは異なり、区をまたぐ転出入でも従前のデータを引き継ぐといった例外的な運用なども行っている。通常とは異なるカスタマイズが入った非常に特殊なシステムを構築しているケースがある」と説明する。

 一方、全自治体の半数を占める小規模な町や村で「移行困難」と回答した自治体はわずかで、町が4.6%、村が3.2%にとどまった。

 もっとも、こうした数字が実態を映し出しているか疑問視する声は多い。

 システム移行の啓発を行う総務省の三木浩平デジタル統括アドバイザーは、「勉強会に行くと、質問が出る団体はおおむね中核市以上の大きな自治体に限られており、町や村の担当者からは反応がない。ベンダー任せになって、今回の事業で非常に大きな影響を受ける状況を理解されているか不明だ。『間に合う』と言っていたベンダーが急に白旗を揚げ、ドミノ倒しで遅れるケースも起きうる」と懸念を示す。

■技術的な話がわかる職員は誰もいない

 実際、三木氏の懸念は現実になりかねない状況となっている。

 総務省が2022年度に行った調査では、町村でDXや情報政策を担う職員の平均人数は2.4人。システムを1人の職員に任せたり(「ひとり情シス」)、専属職員を置かなかったりする自治体は全体の12%に上る。

 中国地方の町役場の「ひとり情シス」担当者は、「技術的な話がわかる職員は、私を含め正直役場に誰もいない。システムのことは、ほとんどベンダー任せだ。周囲の同規模自治体も同様の状況で、五月雨に『(2025年度までの移行は)間に合わなくなりそう』との話も聞いている」と打ち明ける。

 「政府が法律で決めたのでやらざるをえないが、住民にとっての利点が見当たらず、はっきり言って何のためにやるかもよくわからない」(同担当者)

 たしかに、行政の内輪の話である今回のシステム移行では、直接的に住民サービスの利便性向上につながるわけではない。そもそも、どのような狙いがあり、なぜ始まったのか。

 国が法律で自治体に義務付けた「システム標準化」とは、簡単に言うと、自治体ごとに違っていたシステムの仕様を、全国共通のものに改める取り組みだ。個別仕様のシステムを使う自治体は従来、国の制度改正のたびにシステムを独自改修していたが、標準化によって国が示す共通基準に基づいた対応ができる。そうすれば、運営効率化やコスト削減を図ることができるというわけだ。

 システムを標準化すれば、自治体がベンダーを乗り換えやすくなるという利点も期待されている。

 従来、システムに詳しくない自治体の担当者が特定のベンダーに頼り切りになることで、その事業者しかシステムを運用できなくなる「ベンダーロックイン」が問題視されてきた。ベンダーにとっては顧客が固定化されることで、競争志向が働かなくなるだけでなく、個別仕様の対応に労力が割かれ、主体的なサービス開発などに取り組めなくなる点も課題として挙がっていた。

 自治体が事業者を乗り換えやすくなれば、競争環境が変わり、ベンダーが主体的に住民向けの新サービス開発にリソースを割くことも期待される――。国が描いている理想は、このようなものだ。将来的な住民サービス向上の「基盤作り」という位置づけと言える。

■一気に動き出したのは菅政権下

 プロジェクトが一気に動き出したのは、菅政権下だ。2020年9月に総理官邸で開かれた会議の場で、就任直後の菅義偉首相(当時)はこう言い放った。

 「自治体の業務システムの統一・標準化については、住民が引っ越しても同じサービスを受けられ、全国一斉に迅速な給付を実現するために不可欠なものだ。今から5年後、令和7年度末までを目指し、作業を加速してまいりたい」

 コロナ禍にあった当時は、給付金支給が進まない、正確な感染者数の把握が難しいといった自治体が抱えるシステムの問題が明らかになり、「デジタル敗戦」(平井卓也・元デジタル相)といった言葉も世に広がっていた。

 行政のDXが求められる中、2020年12月に移行目標を「2025年度」と閣議決定すると、翌2021年には関連法制を急ピッチで整備し、自治体のシステム標準化を法律で義務づけた。同年9月には、新たに設置したデジタル庁がプロジェクトの旗振り役となる一方、直後に菅氏が首相の座から退任し、現在に至る。

ただ、移行作業が本格化し始めた今、自治体の間では政府方針に要望や疑問を呈する声も相次いでいる。記事後編「システム移動で自治体悩ます『2つのコスト問題』」では、自治体の頭を悩ますコスト問題の実態や、システム移行を着実に進めるための打開策などを追う。

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最終更新:4/1(月) 5:11

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