日銀はマイナス金利撤回へどう理論武装する?「中立金利」に注目

9/10 11:51 配信

THE PAGE

 日銀がマイナス金利の撤回に政策転換した場合、どのような説明を行うことになるのでしょうか。第一生命経済研究所・藤代宏一主席エコノミストに解説してもらいました。

利上げでも「金融引き締め」ではない?

 筆者は2024年後半に日銀がマイナス金利撤回に動くと予想しています。ただし消費者物価が2%を大幅に上回る中、来年の春闘が再び強い結果になると予想できる状況になれば、その段階で日銀が動く可能性も否定できません。

 その場合、日銀の説明は奇妙なものになるでしょう。「基調的な物価は2%を下回っている可能性が高い」という現在の説明は引き継がれる可能性が高く、日銀が3カ月に一度「展望レポート」で示す物価見通しは、見通し期間の後半に2%を下回る姿になるでしょう。ではなぜ利上げを講じるのかという疑問に対して、日銀は「金融緩和を長く続けるための措置」と位置付けた上で「金融引き締め」ではないことを強調する形になりそうです。

 ここで、何をもって「金融緩和」「金融引き締め」とするのか、考え方を整理します。まず「利上げ」は金融政策の方向感に焦点を当てた場合、金融引き締めそのもので議論の余地はありません。もっとも、金利の水準感に焦点を当てるならば、利上げを実施しても政策金利が名目中立金利(以下、全て中立金利は名目)を下回っている限り、その状態は金融緩和的と言えます。したがって、利上げ(0.1%ポイント)によってマイナス金利撤回をしても、日銀は「粘り強く金融緩和を続ける」とする現在の表現をそのまま踏襲できます。これは7月28日のYCC(イールドカーブ・コントロール)柔軟化に際しての説明や、現在の田村委員の説明に近い論法です。

 ここで、中立金利とはインフレを加速も減速もさせない金利水準と定義されており、それは人口動態(労働投入量)、生産性、インフレ率などから複合的に計算されます。ちなみに米FRB(連邦準備制度理事会)はそれを2.5%程度と見積もっています(ドットチャートの中央値)。その計算根拠はNY連銀によって0.5%程度と推計されている自然利子率に、物価目標(もしくは予想インフレ率)の2%程度を足したというのが一般的な解釈です。ゆえに、Fedは中立金利を超えた状態にある現在の政策金利(5.25~5.50%)を「十分に引き締め的な領域」としています。

「中立金利」上昇の可能性に言及するか

 では日本の中立金利はどれくらいかというと日銀からの公式的な情報発信はありません。ただし市場参加者の推計値は0~1%に収まるとみられ、中心値としては0%台半ばというのが筆者の感覚です。その前提になる自然利子率(経済・物価に対して引き締め的にも緩和的にも作用しない中立的な実質金利)については、IMF(世界通貨基金)の推計値(2023年)が▲0.4%程度、日銀スタッフの推計値(2018年)が0%程度、予想インフレ率については0%台前半~1%程度であると思われます。

 なお日銀が中立金利の推計値を公表しない理由を筆者なりに推測すると、仮に自然利子率を0%に置いた場合、そこに物価目標の2%を素直に足し込むと中立金利が2%という直観的にも明らかに高い値になってしまうからではないでしょうか。仮に中立金利が2%だとしたら、マイナス金利で物価が上昇しなかった理由を説明するのはかなり厳しいものになります。

 今後、日銀がマイナス金利撤回に向けて理論武装を強化するならば、現在実施している金融政策の多角的レビューの一環として自然利子率や中立金利に関する議論が深掘りされそうです。日銀が具体的な中立金利水準に言及しなくとも、コロナ期を経て中立金利が上がった可能性などに言及があれば、それはマイナス金利を撤回する一つの根拠になり得るでしょう。賃金、物価データに加え、中立金利に関する日銀の認識にも注目が必要です。

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※本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

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最終更新:9/11(月) 12:24

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