兵動大樹「心に響いた松本人志さんからの言葉」 若さを失っても笑いは深くなっていく
フジテレビ系「人志松本のすべらない話」でMVPにあたるMVSを過去最多の4回獲得してきた兵動大樹さん(54)。漫才コンビ「矢野・兵動」での活動はもちろん、1人しゃべりのイベント「兵動大樹のおしゃべり大好き。」は初回からおよそ20年が経過し、ライフワークにもなっています。“職人”として年月を積み重ねる意味。そして「今の自分が一番面白い」と語る自信の源とは。
■長女の誕生で師匠に言われたこと
「―おしゃべり大好き。」の原点となるイベントをやったのが20年ほど前になります。
「R-1グランプリ」ができた頃でもあって、その流れで生まれたピンでしゃべるイベントに出してもらったりする中で、自分1人でしゃべるイベントを当時、大阪・梅田にあった「うめだ花月」という劇場で始めることになるんです。
上の娘が生まれた頃だったんですけど、これがね、本当に仕事がなくて。娘ができた報告をお仕事でご一緒させてもらった大木こだま師匠にさせてもらったら、そこで言っていただいたんです。
「ホンマにおめでとう。ただ、子どもができたということは、その子が学校に行くようになったら、お父さんが芸人やという話にもなる。そこで『え、そんな芸人知らんわ』となったら子どもがかわいそうや。まず小学校に行くまでに何かしら形を作っておいたほうがエエで」
子どものことでもありますし、この言葉は特にグッときたんですよね。メディアでのレギュラーもないし、劇場出番といっても、すぐ下に「メッセンジャー」「中川家」「ブラックマヨネーズ」「チュートリアル」なんかがいて、若手枠にもなかなか入れない。
コンビで漫才というのがもちろん基本なんですけど、そこだけではわかりやすく積み重ねるのはなかなか難しい。じゃ、何かをやるのかとなったら、ちょっと前から呼んでもらったりもしていた1人しゃべりかなと思ったんです。
自分は芸人としてはおとなしいほうだと思いますし、クロストークも下手ですし、周りのスピードにもついていけないし、激しく相手と言葉のチャンバラをするようなことを求められても「別にこの人の悪いところも見当たらへんしな……」となってしまう(笑)。
ただ、自分でしゃべるのは自分のペースとスタイルで話せばいいし、もし何かあるとしたら、そこかなとは思ってもいたんです。
■チケット4枚しか売れてへん……
ただ、僕が1人でしゃべるというイメージもなかったですし、1人でしゃべらずにコンビでやったらエエやんという声もありました。
チケットを買ってくださったお客さんが「整理番号4番でした」という報告をしてくださって「4枚しか売れてへんのか……」ということもありましたし(笑)、ローソンチケットなどの端末で自分でチケットをまとめ買いして、そのチケットを手売りする。そうしたほうが、チケット販売システムに売れた記録が残るので次につながりやすくなるんじゃないかと。
そんなこともやりながら、うめだ花月で月に1回のイベントを1年ほどやった時に、なんとかお客さんがついてくださっていました。
きれい事でも何でもなく、最初はこだま師匠の言葉をきっかけに必死に始めて、やり続ける中で「これを続けていかないと、自分はこの世界には居られない」と感じるようにもなって、どうにかこうにか続けてきた。
それが「人志松本のすべらない話」(フジテレビ系)にもつながって、いつの間にか仕事として成立していくようになっていった。ビジョンなんてことではなく、ホンマにありがたいご縁がつながった。これが正直なところです。
そうやって幸い、お仕事はいただけるようになった中、新型コロナ禍でお客さんに来てもらえなくなりました。さらに1本の映画に大きな衝撃を受けることになりました。
アンソニー・ホプキンスさんがアカデミー主演男優賞を受賞した『ファーザー』(2021年)という作品を見るんです。
アンソニー・ホプキンスさんが認知症の男性を演じてらっしゃいました。人は必ず衰える。今の状況ではなくなる日が確実に訪れる。そして、当たり前は当たり前じゃない。そんなことをコロナ禍と映画をきっかけに考えるようになりました。
人として死ぬのもそうやけど、芸人が死ぬ時ってどうなる時なんやろう。仕事がまったくなくなったとしても「芸人としては終わりです」とは告知されない。でも、実質的には死んだのと同じになっている。そこで、自分自身が「結局、芸人として何にも挑んでなかったな」と思うのはイヤやな。そう思ったんです。
どうなるかわからんけど、何事も当たり前ではないし、さらに挑戦をしておく。そこをすごく思ったんですよね。そこから、大阪・フェスティバルホールで「兵動大樹のおしゃべり大好き。」の公演をやらせてもらいましたし、「無理かもしれんけど、頑張ったらできるんじゃないか」ということに挑むようになりました。
■笑いの職人を目指して
以前、松本(人志)さんから「すべらない話」の時に「兵動は職人やな」と言ってもらったことがあったんです。
僕、昔から職人さんをすごくリスペクトしていて、一つのものを突き詰める姿勢。周りが「よい」と言っても、自分が納得いかなかったら「よくない」と言う姿勢。そんなところにあこがれを持っていたんです。そして、そういう積み重ねが何かしらの深みにつながっている。それもすごいことだなと。
自分で言うのはおこがましい話ですけど、一応、いろいろ考えながらしゃべっている。しゃべり続けている。これは積んでいることにはなるんだろうなと思います。
最近、自分のYouTubeチャンネルにアップするために昔自分が話していたエピソードを見る機会が増えたんですけど、そこでも本当にいろいろと感じます。
「こんなに勢いがあったんや」とか「この目線を持ってたんや」とかそういう驚きもあるんですけど……、これも正直な話、今のほうが面白いと思います。
■昔の自分の笑いと何が違う?
若さゆえの切り口とか勢いはあるんです。ただ、細かいところで言うと、女性に対して「おばはん」とかいう言葉を使っている。とがった言葉が随所に入ってるんです。そのほうが勢いはつくのかもしれませんけど、やっぱりその言い方は引っ掛かるんですよね。「おばさん」とか「奥様」のほうが邪魔をしない。
それは本当にたくさんある中の一例ですけど、そういうものが端々に見えるということは、今のほうが目がよくなってるんだろうなと。
そして、今と同じように積み重ねをしていけたなら、10年後、64歳の時のほうが面白くなっている。それも思います。また、そういられるような職人でいないといけない。
30代の自分とお笑いで戦ったらですか? そうですね、時間にもよりますけど、1時間の勝負なら、絶対に今の自分が勝ちますね。瞬発的な一発のパンチ力とかなら30代のほうがあるのかもしれませんけど、総合的に戦ったら負けない。試合運びでいうと、ゆっくり、ゆっくりいくけれども、どこかで捕まえたら離さない。そんな勝ち方になるのかもしれませんね。
地味な人間で、地味な生活をしてきたから、自分が好きなおしゃべりと向き合うことができたのかもしれませんし、それが今の自分に結び付いているならラッキーだなとホンマに思います(笑)。まだまだ、まだまだ足りてませんけど。
とはいえ、人間ですから、いつか本当に終わりが来ます。ただ、吉本興業にはレジェンドの大先輩がたくさんいらっしゃいます。その方々のエネルギッシュな生きざまが背中を押してくださることもあって、どうやって最期の日を迎えるのか。具体的なイメージはまだ今の自分には湧いていない。それが本当のところではあります。基本、漫才師なので、相方から「兵ちゃん、行くで」と言われたら、舞台に出ることになるでしょうしね。
ただ、いつか必ず来るその日が、いつやってきたとしても「もう、十分やったな」と思える自分ではいたい。それは考えています。
■兵動大樹(ひょうどう・だいき)
1970年7月24日生まれ。大阪府出身。NSC大阪校9期生。1990年、矢野勝也と漫才コンビ「矢野・兵動」を結成。同期は宮川大輔、星田英利、「ナインティナイン」ら。「人志松本のすべらない話」には2007年のスピンオフ企画「大輔宮川のすべらない話」から出演し、計4回MVSを獲得。コンビとしても上方漫才大賞など受賞多数。関西テレビ「モモコのOH! ソレ! み~よ!」「newsランナー」、ABCラジオ「兵動大樹のほわ~っとエエ感じ。」などに出演中。1人しゃべりイベント「兵動大樹のおしゃべり大好き。」をライフワーク的に展開中。今後の公演日程は岡山公演(11月2日、おかやま未来ホール)、宮城公演(電力ホール、11月16日)、広島公演(11月23日、JMSアステールプラザ大ホール)、愛知公演(11月24日、御園座)、香川公演(12月1日、レクザムホール小ホール)、東京公演(12月4日、ニッショーホール)、兵庫公演(12月8日、兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール)。
東洋経済オンライン
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最終更新:10/31(木) 11:02