トランプ再選なら「株高」「金利上昇」「ドル高」が基本線だが「ドル安」シナリオも
佳境を迎える米大統領選ですが、市場ではトランプ前大統領の再選を織り込んでいるといわれます。その場合、市場はどのような動きになるのか。第一生命経済研究所・藤代宏一主席エコノミストに寄稿してもらいました。
関税の引き上げ、移民抑制などインフレ的な政策を掲げるトランプ氏
衆院選も束の間、米大統領選が11月5日(開票速報は日本時間6日に本格化)に迫ってきました。もちろん結果はふたを開けてみなければ分かりませんが、各種調査はトランプ氏がわずかに優勢であることを示唆しており、また世論調査機関の米リアル・クリア・ポリティクスによれば7つの激戦州において全てトランプ氏が優勢となっています。金融市場参加者もトランプ氏の勝利を見込む向きが多い印象を受けます。そこで以下では、トランプ氏が勝利した場合に予想される金融市場の基本的な反応を整理します。
先に結論を述べると、トランプ氏が勝利するなら株高、金利上昇、ドル高の組み合わせが基本となりそうです。もちろん大統領選の直前にこうしたトランプ・トレードが加速し、大統領選後に「噂で買って事実で売る」展開も予想されますが、基本戦略は景気加速・インフレ加速を前提にしたものになるでしょう。
民主・共和党は双方とも、(インフレ加速させ得る)拡張的な財政政策を掲げていますが、トランプ大統領はそれに加えて関税の引き上げ、(安価な労働力としてインフレ沈静化に貢献している)移民抑制を掲げており、よりインフレ的な政策と考えられます。関税引き上げは、足もとで落ち着いている財価格を再び押し上げる公算が大きいでしょう。
世界的に低インフレ率の経済環境にあった、前回の大統領任期中(2017~2021年)に実施された対中関税の引き上げは、人民元の切り下げ(=人民元安)に加え、サプライチェーンの各社が関税を負担したことによって消費者段階への波及は限定的でしたが、今回は関税引き上げの規模・範囲が前回を凌駕するほか、コロナ期以降のインフレで企業の価格設定行動が積極化(マークアップ率上昇)していることから、関税のもたらすインフレ圧力が増大している可能性があります。市場参加者は、インフレ率再加速およびFRB(連邦準備制度理事会)のタカ派傾斜(利下げ停止)に備えるでしょう。こうした下で金利上昇、ドル高が促されると予想されます。
移民抑制策で総需要増えなければディスインフレになる可能性も
移民抑制策についても、基本的には市場参加者に対して、インフレ圧力が増大するとの懸念を増大させるでしょう。コロナ期における労働市場では、(不動産価格や株価などの著しい上昇による経済的動機やコロナ感染を避ける動機によって)大量の早期退職が発生したことから、55歳以上の労働参加率(人口に占める働く意思のある人の割合)が低下するなど顕著な労働力不足に見舞われ、それは賃金インフレの根源となりました。そうした労働力不足を補ったのは大量の不法移民であり、現在も安価な労働力としてインフレ沈静化と景気拡大に貢献しています。こうした文脈に基づくと、移民抑制策は安価な労働力の減少を通じてインフレにつながると考えられます。
ただし人口動態の変化が経済・物価に与える波及経路はかなり複雑で、実際にインフレにつながるかは微妙です。移民抑制策により総需要が増大しなくなれば、ディスインフレ的な結果となる可能性もあるからです。例えば住宅への需要が鈍化すれば、家賃が落ち着くなどしてインフレ率の下押しに寄与します。
このように移民抑制策がインフレに直結するとは限りませんが、初期反応としてはドル買い・債券売り(ドル高・金利上昇)がコンセンサス・トレード(=多くの市場参加者が実施する取引)でしょう。ドル円相場は、10月31日の日銀金融政策決定会合で植田総裁が利上げについて「時間的な余裕があるという言葉は不要になる」と述べたことから円高が一時進行しましたが、衆院選後の円安がさらに加速する可能性に備えておきたいところです。
低金利を志向するトランプ氏が利下げを迫る?
ただし為替について、もう少し長い目でみれば、ドル安の経路も考えられます。低金利政策を志向するトランプ大統領が、Fedに利下げを迫るなどして金融緩和的な政策を実施するよう圧力をかける公算が大きいからです。選挙期間中に利下げを要請し、株高を促すことは民主党の追い風になりかねないため、現時点でトランプ氏はそうした発言を戦略的に自重しているようにみえますが、いざ大統領選に勝利すれば、株高を演出すべく急激に語気を強める可能性が十分にあります。その場合、株高、金利低下、ドル安の圧力が生じるでしょう。
なおハリス氏が勝利した場合、初期反応としては株安、金利低下、ドル安が想定されます。現在の金融市場ではトランプ氏の勝利がある程度織り込まれているため、その揺り戻しが予想されるほか、法人税率の引き上げが警戒されそうです。もちろん、そうした税を通じた富の再分配は、中長期的な経済運営に必要な措置ですが、短期的には上場企業(=大企業)の業績を下押しする可能性が高く、株価にはマイナスの影響を与えると考えられるからです。
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※本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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最終更新:11/2(土) 8:30