プーチン政権に激震!国防相はなぜ解任されたのか

5/17 6:02 配信

東洋経済オンライン

 5期目をスタートさせたばかりのプーチン政権最上層部で政権史上、最大の「激震」が起きた。12年間国防相の地位にあったプーチン氏の側近の1人、セルゲイ・ショイグ氏が事実上更迭されるなど、大規模な入れ替えがあったのだ。

 プーチン氏が仕掛けた上からの政変劇はまだ進行中で、今後のロシア情勢はまだ見通せない。水面下も含め、いったい何が起きているのか。今後プーチン政権はどこへ行くのか。その核心に迫ってみたい。

■汚職で逮捕されたショイグ国防相の側近

 2024年5月7日のプーチン氏の正式就任後、ロシア・ウォッチャーにとって最大の注目点はショイグ氏の処遇だった。その半月前に、ショイグ氏の片腕であり、「財布」とも呼ばれたチムール・イワノフ国防次官が突然「多額の賄賂を受け取った」容疑で逮捕されたからだ。

 まさに青天の霹靂だった。ショイグ氏の解任や逮捕があるのではないか、という臆測が急浮上した。結局プーチン氏はショイグ氏を国防相から安全保障会議書記のポストに異動させるだけにとどめ、形式的には解任色を隠した。しかし、今回の一連の経緯をみれば、更迭であることは間違いない。

 これまでも失政を理由に閣僚クラスを更迭するに際し、政権外に放り出さず、形式的に別の高官ポストを与えるのがプーチン流人事だった。政敵を作ることを回避するため、政権内に取り込み続ける巧妙なやり方だ。

 ただ、ロシア政界にとって衝撃だったのは、「汚職」そのものではない。この種の高官の汚職が捜査当局によって表舞台で「摘発」されたことだ。

 プーチン政権では閣僚らは「職務を果たしていれさえすれば金銭的な汚職や不正蓄財は罪に問わない」というのが暗黙のルールだったからだ。この逮捕は「ついに長い間のタブーが破られた」とも評された。

 このタブー破りの背景に何があったのか。それは3年目に入った、ロシアのウクライナ侵攻作戦だ。

 イワノフ氏はロシア省庁として最大の予算を得ている国防省の建設事業の最高責任者だった。ウクライナ領内のロシア占領地での住宅建設事業も統括していた。イワノフ氏の具体的容疑は不明だ。

 しかし、基地や兵舎建設を企業に国家発注しながら実際には建設せず、事業費をショイグ氏周辺が懐に入れていたというスキームが横行していたと言われている。

 プーチン政権が軍事費に大きく傾斜した苦しい国家予算のやり繰りに苦労している最中に、ショイグ氏グループが予算を食い物にしていたことになる。侵攻前なら、許されていたかもしれない。しかし今回、プーチン氏はさすがに激怒したと言われる。

■実際には国家反逆罪を犯した? 

 一方で、ロシアの一部報道ではいっそうショッキングな疑惑が浮上している。イワノフ氏らが西側情報機関に極秘情報を渡したという「国家反逆」容疑だ。クレムリンはこの情報を「マスコミによる臆測」と否定している。

 しかし、状況証拠として「あり得るな」と思わせる未確認情報がある。プーチン政権の腐敗を追及しているロシアの元反政府運動指導者であった故ナワリヌイ氏の組織が、イワノフ夫妻がロールスロイスを乗り回してパリの高級ナイトクラブで派手に交遊していたとする映像をSNSで2年前から盛んに流しているのだ。

 イワノフ夫妻は欧州で城も購入したとも噂されている。この国防省高官としては考えられないような豪遊の中で、イワノフ夫妻に西側情報機関が接近し、国家機密を受け取ったとの説だ。

 この「国家反逆罪」説の真偽は、今後の捜査や裁判の中ではっきりする可能性もある。しかし、ショイグ氏が安全保障会議書記に異動したことを見れば、当面ショイグ氏が追及の矢面に立たされる可能性は少ないだろう。

 安全保障会議書記ポストに、国防省や情報機関などを動かす実際上の権限はない。ショイグ氏はお飾り的存在になるとみられる。

 一方で、ショイグ氏が今後もお咎めなしで済むかどうかはわからない。事件のほとぼりが冷めたのを見計らって、何らかの形で処罰されるとの見方も出ている。

■更迭を慎重に進めたプーチン

 プーチン氏はショイグ国防相を交代させるに当たり、極めて慎重に事前作業を進めた。ショイグ氏が更迭の動きに反発して軍事クーデターを起こすことを懸念して、軍が発表前に国防省周辺で鎮圧作戦の訓練を行ったと国防省関係者は証言している。この関係者はこう苦笑する。「モスクワでの特別軍事作戦だった」と。

 これは、プーチン氏が軍部によるクーデターをいかに恐れているかを、端的に示すエピソードだ。2023年6月に起きた民間軍事会社ワグネル社による武装反乱事件の苦い記憶が鮮明に残っているのだ。

 重武装した反乱部隊がモスクワに向け、何の鎮圧行為も受けずに進軍したことにプーチン氏は大きなショックを受けた。今回の政府人事を練るうえで最大のキーワードは自らへの「忠誠心」だったのは間違いない。

 実はプーチン氏は、この反乱事件発生を食い止められなかったショイグ氏だけでなく、最側近だったニコライ・パトルシェフ安全保障会議書記に対しても決定的な不信感を抱いたと言われる。

 とくにパトルシェフ氏は当時、軍や情報機関部門の統括を任されていた政権ナンバー2だった。それにもかかわらず、反乱収束に向け一切動かなかった。これでプーチン氏はパトルシェフ氏を遠ざけたという。

 パトルシェフ氏はプーチン氏とは旧ソ連国家保安委員会(KGB)の同僚で、年齢的にも70歳前半で同じ。ウクライナ侵攻に当たっても、事前にプーチン氏から聞かされていた数少ない存在だった。

 つまり、ショイグ氏とパトルシェフ氏の政権最上層部からの排除は、2023年のプリゴジン反乱劇の時点で決まっていたと言える。

 今回、パトルシェフ氏は大統領補佐官に異動したが、担当は造船だ。プーチン氏との接触は大幅に減るだろう。これで事実上、ナンバー2の座を失った。

 反対に今回、忠誠心を買われて政権中枢に抜擢されたのは、トゥーラ州知事だったアレクセイ・ジュミン氏だ。大統領補佐官(軍需産業担当)に任命された。

 知事時代、ワグネル社の反乱事件で同氏は、親しかったプリゴジン氏には付かずプーチン氏側についた。かつてプーチン氏のボディーガードでもあった。

 しかしこの「忠誠心」を物差しにした場合、今プーチン氏が政権内で一番信用しているのは、今回ショイグ氏の後任として国防相になったアンドレイ・ベロウソフ氏だろう。経済担当の第1副首相だった同氏は、これまで政権内で地味な存在だった。

■新国防相がプーチンの信頼を得た? 

 過去にも軍に関係する地位に就いたことのない、経済専門家だった。今回の人事発表を受け、ある著名なロシアの軍事専門家が「どんな人物か、慌ててネットで検索した」と言うほどだった。しかし、プーチン氏個人のみならず、大統領の家族とも親しい。これが今回の国防相起用のカギになったと筆者はみる。

 こうしてみると、今回の人事全体で浮かび上がってくるのは、侵攻を続ける一方で、侵攻に不満を募らせた軍によるクーデターを恐れ、自分の周りを忠臣で固めようとする、老いた「独裁者プーチン」の姿だ。

 ベロウソフ氏は国防相就任に当たり、一般予算と国防予算との効率的両立や兵器増産、さらに兵士の待遇改善などを掲げた。ショイグ時代の課題を的確に認識していると言える。

 これには、筆者も少し驚いた。第1副首相時代は兵器用ドローン機開発の政府責任者でもあった。あるウクライナ政府高官は「ショイグに比べると、国防省という大きな組織を動かせる能吏だ」と警戒する。

 このベロウソフ氏の国防相起用を巡っては、さらに興味深い観測がある。先述したように、同氏はプーチン氏の家族とも親しいが、とくに注目されているのはプーチン氏の次女カテリーナ・チホノワ氏との近い関係だ。政府内で活動するチホノワ氏は侵攻後、長女のマリヤ・ボロンツォワ氏とともに米欧から制裁を受けている。

 ベロウソフ氏の今回の政権内での地位上昇の裏には、今後本格化する自分の後継者選定作業の中で、チホノワ氏を関与させようというプーチン氏の思惑があるのではないか、との見方が浮上しているのだ。

 1999年に当時のエリツィン大統領がプーチン氏を自らの後継者として白羽の矢を立てた際には、エリツィン氏の次女がその夫とともに陰で決定的役割を果たしたと言われている。

 首相期間を含めて大統領就任から24年。まわりまわって、みずからの後継者選定に当たって、プーチン氏が自分の「セミヤ」(ロシア語で家族)に大きな発言権を与えようとしている可能性がある。 

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最終更新:5/17(金) 6:02

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