現行法でも「共同親権」は選べるのに…DV加害者の武器となりリスクが増えるだけの改正案はいったい誰得なのか

4/20 10:17 配信

プレジデントオンライン

4月16日、民法改正案が衆議院で可決された。離婚後の親権を父母どちらかに限る「単独親権」を見直し、「共同親権」にできる内容を含む。参議院を経て今国会での成立が見込まれる。この法案について、コラムニストの藤井セイラさんが、可決前の法務委員会で答弁に立った弁護士に取材。「わたしのようにDVや虐待が原因で別居し、配偶者との話し合いが困難なシングルペアレントにとっては、リスクしかない法律だといわれた」という――。

■「連れ去り」「虚偽DV」は共同親権推進運動で造られた

 共同親権が成立しかけている。これまで離婚後の子どもの親権は、父母の「どちらかが単独で」持つものだった。それが、父母の「両方が共同で」持つことを選べるようになる。「共同」とつくので一見よさそうだが、この民法改正は社会にとってリスクがあり、また個人的にもおそろしく感じている。

 というのは、わたしは児童相談所から、DVと虐待を理由に「父親とお子さんを離すように」とアドバイスを受け、子どもを連れて家を出ているからだ。別居前、夫とは話し合いが成立しなかった。いまはワンルームに母子3人で暮らしている。

 別居された側が「子どもを連れ去られた」と弁護士事務所に駆け込むケースは少なくない。「共同親権の導入を待ってから離婚したい」と相談する例も出ているらしい。だが、実は「連れ去り」「虚偽DV」「実子誘拐」などは共同親権運動の推進者たちが広めてきた造語だ。

 わたしのような当事者からすると、子連れ別居はしたくてするものではない。勧告を無視して夫との同居を続ければ、児童相談所による一時保護(調査のため子どもを親元から離して施設に入れる)の可能性もあった。それだけは避けたいと考えると、家を出ざるをえなかった。

 引っ越しの完了を伝えると、児相の担当職員たちは本当に喜んで「よかった、よかった」と拍手してくれた。それくらい虐待から無傷で逃げることが困難だと知っているからだろう(児相では父母の和解を強く勧められることも多いと聞く。ケースによる)。

■家庭裁判所はキャパ不足、DVの知識のない調停委員も

 子連れ別居はつらい。経済的に不安定、24時間ワンオペ、仕事がしたくても時間の確保も困難。現にいまも子どもにアニメを見せながら、なんとかこの原稿を書いている。狭い部屋では隔離もできず、コロナもインフルエンザも一人がかかれば全員感染する。

 家庭裁判所は慢性的なキャパシティ不足で、離婚調停はなかなか進まず、時間ばかりが過ぎる。ただ、父親と別居したことで子どもの笑顔は増え、食欲も回復、すくすくと育っている。学校や園の先生方からは「本当に家を出てよかったですね」といわれる。

 家裁の調停委員の7割近くは60代以上だ。現代のDVや虐待について知識が十分でない場合もある。調停委員はDV加害者のウソも平等に受けとめて、面会交流(子に会わせる)や和解案(例えば、育児は母親、子は休日を父親と過ごす、離婚話は二度としない、塾や習い事の費用は払わないなどの一方的内容)の受け入れを提案してくることもある。

■共同親権で離婚後も父母の収入は合算され、福祉を受けられず

 夫にはDVや虐待の自覚はなく、復縁を望んでいる。そのためわたしはいまだ婚姻中の身だ。自治体等の福祉サービスを受けたくても、夫婦あわせた世帯所得で判断され、はじかれる。

 DVや虐待から逃げた母親・父親の多くは、なかなか相手に離婚を認めてもらえず、離婚成立までの数年間、ひとり親手当や生活保護なども受けられない。DV加害者は相手を支配することにこだわって調停や訴訟をわざと引き延ばすことがあり、これを「リーガル・アビューズ(法的嫌がらせ)」という。

 離婚後も共同親権となれば、たとえ相手から養育費を受け取っていなくても、所得は元配偶者と合算される。単独生計なら生活保護を受給できたシングルマザー/ファーザーも、その多くが対象外となる。共同親権は離婚済みの家庭にも適用されるため、生活できなくなる人も出るだろう。これは実質的に「法の不遡及(ふそきゅう)の原則」に反するに等しいのではないか。

 また、養育費というと高額に聞こえるが、法定養育費は子育ての実費にはとても届かない。そもそも養育費を受け取っているのは母子家庭の3割未満、父子家庭では1割未満だ。欧米や韓国のような養育費の立て替え制度や徴収制度も日本にはない。それらのインフラを整えず、共同親権のみを導入しようとしているのだ。

■元AKB秋元才加らも署名、爆速の法制化を危ぶむ22万筆

 2023年秋の段階では、法案があまりにずさんなため、まさかこのままでは成立しないだろうと見る弁護士や心理士、支援職などの実務家も多かった。だが与党は強引にこれを通す。

 2024年1月、通常は全会一致になるまで法案を揉む法制審議会を、共同親権は多数決で強引に通過した。そして2024年4月2日、衆議院の法務委員会にかけられ、わずか14日間、たった15時間程度の審議で可決された。これから参議院に入る。

 急スピードでの法案成立を目指す与党に対し、共同親権に反対するオンライン署名は急激な伸びを見せ、4月17日時点で22万筆を超えている。

 4月9日には劇作家の鴻上尚史氏がAERAdot.上の連載で、「『選択的夫婦別姓』は25年以上議論しているのに」進まない一方で「『共同親権』は、2024年中の成立を予定しているという爆速」と指摘した。

 4月11日には大ヒットドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」原作者の漫画家・海野つなみ氏がX(旧ツイッター)で「#共同親権を廃案に」と投稿、翌12日には、元AKB48の秋元才加氏が「STOP共同親権」の署名リンクと画像をポストして話題となった。ようやく国民に情報が届き始めたところだが、与党はまるで「問題点が知られる前に」と成立を急ぐようだ。

■親権とは「子どもに関する重要事項を決める権利」

 そもそも共同親権とはなにか?

 夫婦が離婚するときには、18歳未満の子どもについて「監護権」「親権」それぞれを父母のどちらが持つかを決める。

 監護権を持つ側が、養育の実務担当者だ。子どもの衣食住、教育、医療などのすべてをケアする。「権」とはつくが義務に近い。一方、親権とは「子どもについての重要事項を決定する権利」だ。いまの日本では子育てを母親がメインで担うことが多く、離婚時には親権・監護権ともに母親が取得することが多い。父親が親権を持つケースは1割程度だ。

 このまま共同親権が導入されれば、離婚後の監護権はどちらか一方のみのまま、しかし「親権は父母の両方が共同で持つ」ことが可能になる。すると、なにが起こるのか?

■共同親権下なら「子に関する決定」で脅すDV加害者も?

 離婚後共同親権では、「急迫の事情」(緊急手術など)以外の子どもの「日常の行為」については父母の両方が決定権を持つ。

 だからこそ「日常」の範囲がどこまでなのかが、きわめて重要となる。4月2日の衆議院法務委員会で、弁護士でもある枝野幸男議員(立憲民主党)が「急迫の事情」と「日常の行為」について明らかにせよと法務省に迫ったが、回答はあいまいなまま、可決に至った。

 世の中には円満な離婚だけでなく、DVや虐待から逃げるための離婚もある。それらのケースで共同親権になるとどうなるか。「○○の書類にサインをしてほしければ○○しろ」という加害者/被害者の関係が離婚後も続くかもしれない。

 おぞましいことだが、事実として、加害者が養育費の支払いとひきかえに元配偶者に性行為を強要するケースはこれまでもあった。今後は養育費だけでなく「子どもに関するあらゆる許諾」が支配や脅しの材料になりかねない。

■元配偶者が反対すれば、子どもの体育や通塾も中止に?

 教育機関や医療機関も大きな影響を受ける。共同親権となると、例えば「学校の体育でプールに入る」などの日常行為について、監護親(同居して育児をしている親)と別居親の両方が親権を行使できるからだ。

 母親が「今日は体育の授業でプールに入っていいよ」とプールカードにサインをして子どもを学校に送り出したあと、離婚した父親が「うちの子をプールに入れないでくれ」と学校に電話すれば、その子はプールに入れない。法務省の見解では後出しの決定が優先されることになっている。

 このような混乱が、学童、習い事、修学旅行、歯の矯正、任意のワクチン接種などさまざまな場面で起こる可能性がある。別居親の許可がとれず、ひとりだけ修学旅行にいけないようなことになるのか? 枝野議員のこの質問に、法務省は明確には答えられなかった。

■面会禁止の父が別居の娘の心臓手術を不服として病院に勝訴

 実際に、別居親が子の心臓手術について事後の訴えを起こした例がある。2022年11月の大津地裁判決だ。当時「娘への手術、面会禁止された父親の同意なしは違法」と報じられた。家裁に面会を禁止されている父親が、3歳の娘の手術について事前説明や同意がなかったとして滋賀医科大に慰謝料を求め、地裁で勝った。

 面会禁止ということは虐待やDVなど相応の理由があったのだろう。悲しいことだが、子どもの命や健康より、自分のプライドや配偶者への嫌がらせを優先させる人間もいる。

 判例がある以上、共同親権が導入されれば、リスクを恐れて医療機関や教育機関が萎縮し、父母両方のサインのない子どもへの医療行為や教育を断る、という事態も考えられる。不利益を受けるのは子どもだ。

 また、実務・運用面はどうか?

 保育園や学校、学習塾やスポーツクラブ、病院やクリニック等が、トラブル回避のために、すべての子どもについて、血のつながる父母と同居か、シングル家庭か、ステップファミリーかなどを把握するのだろうか。証明には戸籍謄本が必要かもしれない。これが差別やいじめの原因にならないといいきれるか。

 これらの個人情報はきわめて機微なものだ。園や学校や病院といった子どもと関わる組織や機関は、書面の変更、情報セキュリティの強化、場合によってはシステム改修などを求められそうだ。無責任な法案による負担増は、教育・保育・医療で働く現場の人たちに押しつけられる。

■改正の必要はなく、いまの民法でも共同親権は選べる

 2024年4月の法務委員会に参考人として呼ばれた岡村晴美弁護士(名古屋南部法律事務所)に、共同親権について取材した。岡村氏はこれまで600件以上の離婚事件を手がけて、離婚相談に応じた件数は1500件を超える。

 「『民法改正で、父母が協議して共同親権を選べるようになる』と説明されることがありますが、それは争点ではありません。

 実は、現行法でも親権の共同行使(共同親権)は可能です。父母が協議できる関係であれば、親権を単独行使にするか共同行使にするか、現行法でも選択できます。一方、法案が通って、DVや児童虐待などで対立関係にある父母に共同親権が強制されればどうなるでしょう。それが子どもの幸せにつながるでしょうか。

 現行法下での親権の共同行使の合意すらできない父母に、法改正をして共同行使を命じても、うまくはいきません。DVや虐待のあるケースでは、加害者が『子の日常行為についてゴーサインを与えること』を支配の手段として利用することが懸念されます。

 改正案の共同親権制度は、DV等で関係がこじれて別れた人たちを含んで推進されてきたもの。物事を相談しあえる父母には、必要のない制度です」

■現行法でも面会可「共同親権で別れた子に会える」は嘘

 推進派には「子どもに会いたい」「配偶者に連れ去られた」と主張する人も目立つが、はたして共同親権の導入で子どもとの面会が実現するのか? 岡村弁護士はこう語る。

 「『共同親権で子どもに会えるようになる』はミスリード。面会と親権は関係ありません。

 面会交流には民法766条という規定がすでに存在します。当事者間で協議できない場合は、家庭裁判所に申し立てをすればよいのです。面会による子への危険性がなく、養育費も適切に支払われていると判断されるなど、子の最善の利益にかなうとされれば、審判で面会が命じられます。

 つまり日本の現行法は、面会交流について非合意型の審判制度を認めています。また親権という子に関する決定に関わる規律については、父母双方の合意がある場合にのみ共同行使を選べる。子の利益という観点から見てバランスのとれた法制度だといえるでしょう」

■造反の野田聖子氏「立法府の一員として違和感」と指摘

 2024年4月16日の衆議院本会議では、自民党の野田聖子議員が造反、共同親権法案の採決時に起立しなかった。処分を恐れず反対した理由として「法律をつくる側としては、調理されていないものを出されるような感じ」「子どものための法律だったはずが、これでは私は賛成しかねる」と話す。

 共同親権の導入で、婚姻関係になくても男性は子の親権の申し立てができるようになる。最悪のケースとして、ストーカーや元恋人が女性に不同意性交をして、妊娠・出産させたあと、子を認知し(法律上、女性は認知を拒めない)、家庭裁判所に親権の申し立てをする可能性も考えられる。

 もちろんそれで親権が認められる可能性は低いが、女性は審理に応じるために、多大な精神的・時間的・経済的負担を負わされる。こういった粘着・嫌がらせ行為を可能にしてしまうのも、共同親権の「法の穴」のひとつだ。

 また共同親権を選ぶと、再婚して新たなパートナーと子どもの養子縁組をする際にも元配偶者の同意が必要となる。離婚済み家庭にも適用されるので、すでに養子縁組をしているステップファミリーにも問題が立ちはだかるかもしれない。

■自民の伝統的家族観、また旧統一教会の教義に沿う内容

 このように共同親権は多くの問題点を抱えているが、与党は強引に通そうとしている。2023年の第211回国会に共同親権の請願が出されており、その紹介者13名には、柴山昌彦氏、牧原秀樹氏、下村博文氏、三谷英弘氏、谷川とむ氏、保岡宏武氏など、旧統一教会と関わりのあった議員も多い。

 日本の共同親権は、結果的に血統主義や家父長制を肯定する内容になっている。これは自民党の掲げてきた「伝統的な家族観」に沿うものであり、また離婚を実質的に否定していた旧統一教会の教義にも合致する。

 共同親権推進派の谷川とむ氏は、4月5日の衆議院法務委員会で「離婚しづらい社会になるほうが健全だ」と話し、ネットで炎上した。はたして離婚しづらい社会は健全か。むしろ共同親権の導入で、ますます結婚や妊娠をリスクだととらえる人が増えるのではないだろうか。



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藤井 セイラ(ふじい・せいら)
ライター・コラムニスト
東京大学文学部卒業、出版大手を経てフリーに。企業広報やブランディングを行うかたわら、執筆活動を行う。芸能記事の執筆は今回が初めて。集英社のWEB「よみタイ」でDV避難エッセイ『逃げる技術!』を連載中。保有資格に、保育士、学芸員、日本語教師、幼保英検1級、小学校英語指導資格、ファイナンシャルプランナーなど。趣味は絵本の読み聞かせ、ヨガ。
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最終更新:4/20(土) 10:17

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