「AIがロールシャッハテストをしたらどうなる?」画像を見るのではなくパターン認識するAIは、人間特有の内面的葛藤を再現できない

3/17 11:02 配信

東洋経済オンライン

 ロールシャッハテストは人の心の内側をのぞき、分析するために、いまから100年以上前に考案された手法だ。では、ここ数年で、人の知能を超えそうなレベルにまで高度化した大規模言語モデル搭載のAIチャットボットに、ロールシャッハテストを行ったら、どのような反応を返すのだろうか? 

■心理的要素を投影するロールシャッハテスト

 人の思考過程や、抱える心理的な障害を推定するために用いられる手法のひとつに、ロールシャッハテストがある。スイスの精神科医であるヘルマン・ロールシャッハが1920年代に考案したこのテストは、10枚の紙にインクを垂らし、それを2つ折りにして開いたときに現れるランダムな模様が何に見えるかを被験者から聴取することで、その思考を探るヒントとして分析する。

 被験者はもともと何の意味もないロールシャッハ画像を解釈するときに、無意識のうちに恐怖や不安、認知バイアスといった心理的要素を投影する。ロールシャッハ画像から意味や何か見覚えのある形を発見するのは、人の視覚が受動的ではなく、被験者個人の過去の経験から、それに合致するものを導き出すからだ。

 では、人工知能(AI)に、この心理的な、人の内面を知るためのテストを行わせてみたら、どのような答えが帰ってくるのだろうか。ここ数年の著しい進歩によって、AIはまるで生身の人間のようにユーザーと会話ができるようになってきた。さらには会話だけでなく、画像や映像を解釈し、また描き出すことも可能になっている。

 英BBCは、AIの専門家らとともにOpenAIのChatGPTに対し、ロールシャッハテストでよく用いられる5枚の画像を読み込ませたときに、ChatGPTが使用する大規模言語モデル(LLM)がどのように解釈するのかを調べることにした。

 研究者がAIに見せた画像はインターネット上に公開されているもので、多くの人がコウモリや蝶、または蛾のように見えると回答するのが一般的なロールシャッハテスト用画像だった。画像を読み込ませ、それが何に見えるかと問われたChatGPTは、次のように答えたという。

 「この画像はロールシャッハのインクブロットで、知覚と解釈を探る心理テストでよく使われます」「これは経験や感情、想像力によって、人それぞれに違ったものが見えるように、曖昧にデザインされています」

 専門家らは何度か、それが「何に見えるか」と質問したものの、そのたびにChatGPTははぐらかすような回答を繰り返した。そこで質問の仕方を少し変えたところ、ようやく「私にとっては、左右対称の何かに似ています。おそらく2つの動物か人物が向かい合っている絵か、翼を広げた1つの実体を描いたものに見えます」と、求められている回答に近い答えを返した。

 だがその最後には「このインクの模様の素晴らしいところは、さまざまな解釈ができることです」と付け加え、あくまでランダムなインクの模様にすぎないとの意見を曲げなかった。

 そこで、専門家らはChatGPTがこれまでの回答に含めた「動物」、または「翼を広げたなにか」の2つの内ならばどちらかとたずねることにした。するとこのAIチャットボットは「よく見ると、翼を広げた1つの実体に最も似ていると言えるでしょう。おそらくコウモリか蛾で、左右対称に翼を開いています」と答えた。

 さらに「中央部分は胴体に見え、左右の部分は翼の形状や質感を連想させます」と、ようやく具体的な答えを述べた。

■人とAIの違い

 イングランド・ケント大学の心理学者チャンドリル・ゴーシュ氏は「ChatGPTは、ロールシャッハテストの画像を見たときに人間のようにそれが何に見えるかを考えて答えているわけではない」と説明する。

 よりわかりやすく説明すると、AIが画像を見たときに人間に似た反応を返すのは、AIの強化学習に使用したデータセットの中にあったよく似た画像と、それに付けられた説明文、さらにはその画像に対する人間の反応までをデータセットの中から探し出して比較し、適切と思われる回答を生成しているにすぎないとのことだ。

 それはミュージシャンが、自ら体験していない失恋話を、似たような楽曲や書物、その他のインスピレーションから紡ぎ出し、人々の琴線に触れる楽曲に仕立て上げる能力に似ているかもしれない。

■パターンなどを認識し人間の反応に基づいて解釈を生成

 2014〜2015年にかけて、現在の大規模言語モデルの基礎となるニューラルネットワークに対しロールシャッハテストを試みたオランダのコンピューター科学者コーエン・デッカー氏は、AIが導き出すこのテストへの回答は「単に過去に学習した内容を暗唱しているに過ぎない」と述べた。

 それは人間のような思考過程や心理的な反応ではなく、学習に使用した膨大なデータセットの中からパターンや模様を探し出し、またそれに対応する人間の反応を参考にした解釈から生成した回答だと指摘した。

 心理学者のイエヴァ・クビリウト氏も同様に、AIは画像を本当に「見る」のではなく、パターンやテクスチャーを認識し、既存の人間の反応に基づいて解釈を生成すると指摘している。

 2018年、マサチューセッツ工科大学(MIT)のチームは、SNS上の画像に注釈を付与するために作られた、まっさらなAI深層学習アルゴリズムに、インターネット上から拾い集めた、見るに堪えない残酷な画像や動画ばかりからなるデータセット(注釈文付き)を用いて強化学習させた。

 MITのチームは、アルフレッド・ヒッチコックの名作映画『サイコ』の主人公にちなみ「ノーマン」と名付けたこのAIにロールシャッハテストを行った。また比較対象として、同じ深層学習アルゴリズムを一般的な画像や動画を集めたデータセットで学習させたAIにも同じ物を見せた。

 ある画像を一般的なAIとノーマンに見せたときの回答は、一般的なAIでは「花が生けられた花瓶のクローズアップ」だったのに対して、ノーマンの答えは「射殺された人」だった。別の画像では、一般的なAIは「小鳥のモノクロ写真」だと解釈したが、ノーマンは「ミンチ機に引きずり込まれる人」だと回答した。

 もともと同じアルゴリズムであるにもかかわらず、学習のさせ方によって、結果にこれほどの違いが出たことは、人間とコンピューターの認知のしかたの根本的な違いを浮き彫りにしている。

 AIは本当の意味での主観性を持っておらず、その代わりに人間の集合的記憶や視覚文化を反映していると言うことができるだろう。だからこそ、AIを強化学習する際には、それに使うデータセットの中身が重要になる。

 人間がロールシャッハテストを受けると、その回答には個人的な経験や感情が影響する。そのため、同じ画像を複数回見せて何に見えるかとたずねても、同じ回答を繰り返すことが多い。一方、AIの場合は同じ画像を見せられてもデータセットのなかから発見した類似のパターンやデータに基づいて回答を生成するため、質問のたびに異なる答えを返す割合が高い。

■誤認識するAI

 最近はだいぶ改善されてきたものの、AIのアルゴリズムには「幻覚」を見たり、事実と異なる情報をさも本当の話であるかのようにねつ造したりする、悪いクセがある。

 そして、その誤認識を故意に引き起こすこともできてしまう。2018年にマサチューセッツ工科大学のコンピューター科学者アニッシュ・アサリー氏が行った実験では、猫の画像に少し手を加えることで、AI画像認識システムにそれがメキシコ料理のワカモレと呼ばれる料理だと誤って認識させられることを確認した。

 さらに、野球ボールの3Dプリント模型の、質感や色を少し変えて作るだけで、エスプレッソにみせかけることにも成功した。

 2017年の別の実験では、ある研究者が道端に立っている一時停止標識に、白や黒のステッカーを何枚か貼るだけで、自動車の先進運転支援システム(ADAS)がそれを認識できなくなることが示された。

 これらの例は、AIアルゴリズムが視覚的なデータから特定のパターンを見つけ出し、それを元にして何かを認識するのを得意としていることを示している。だがその特定のパターンを見失うと、たちどころにそれが何かまで見失う可能性が残されていることがわかる。

 そして、ロールシャッハ画像のような、もともと意味を持たないあいまいな画像に対しては、思考や心理的な反応のないAIは、人と異なる反応を返すことが多いと言うことができる。

■まだ人の心までは再現できない

 これらの例は、AIでは再現できない人間の心、つまり我々が遭遇した物事について抱く感情や、無意識に感じ取っている意味を浮き彫りにしていると言えるかもしれない。

 クビリウト氏は、ロールシャッハテストの絵を提示されたときのAIシステムの発言には主観性はなかったと述べており、「AIは、人間が特定の画像に関連付ける象徴的な意味や感情的共鳴は理解しない」と主張する。

 ゴーシュ氏も「人間の心の中には、欲望と道徳や、恐怖と野心の間の緊張など、内面的な葛藤がたくさんある」とし、「対照的に、AIは明確な論理に基づいて機能しはするものの、人間の思考や意思決定に不可欠な、内面的なジレンマに悩まされることはない」と説明した。

 ちなみに、ロールシャッハテストは、いまも一部の国や地域では被験者の内面を理解するための手法として用いられ、法廷に提出する証拠にも使われている。だが、すでに多くの心理学者の間では時代遅れと考えられており、人の内面を理解する手法としての信頼性も、それほど高いとはされなくなりつつある。

 人の感覚で本当に物を「見る」ことができないAIには、人の知覚のシミュレーションはできても、人間特有の思考やその深層を再現することはまだまだ難しいと言えるだろう。

東洋経済オンライン

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最終更新:3/17(月) 11:02

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