地味な路線だった「JR奈良線」、利用者急増なぜ? 沿線自治体も費用負担して複線化など輸送改善

5/14 4:32 配信

東洋経済オンライン

 東海道新幹線京都駅の中央乗換口を出て、すぐ隣のエスカレーターを降りると、JR西日本の奈良線ホームである。主力のクロスシート車221系とともに、関東では姿を消しつつある国鉄型205系も出発を待っている。

 JR奈良線は木津―京都間の通勤路線で、「みやこ路快速」が京都駅と奈良駅を44分で結ぶ。近年、利用が特に伸びた路線である。2019年度の輸送密度は2万9752人で、1987年度比で2.8倍となった。

 沿線には東福寺、伏見稲荷、宇治、奈良と有名観光地が点在しており、観光シーズンになると、国内外の観光客で電車はすし詰めになる。

 2023年3月に複線化第2期事業が竣工して1年。関西でも影の薄い存在だったJR奈良線は、どのように変貌しているのだろうか。

■ローカル線扱いだったが設備改良で本数増へ

 京都・宇治市内のJR奈良線東福寺―新田間の各駅の乗車客数は2019年度に1日あたり5万1595人で、1990年度1万4438人の3.5倍に増えた。城陽市にある3駅の乗車客数も同時期に1.6倍である。

 急激な利用増の背景には、JR西日本と沿線自治体が、複線化や駅新設などの輸送改善を推進してきたことが大きい。

 国鉄時代の奈良線は、単線非電化のまま近代化から取り残されてきた。気動車は朝に毎時2往復、昼は同1往復とローカル線並みの本数だった。1984年の電化でも利用の伸び幅はわずかだった。

 分割民営化後、JR西日本は奈良線の設備改良に着手する。1991年に列車交換設備を2カ所増設し、快速の運行を始めた。翌年には六地蔵駅が完成し、京都―宇治間の運行本数は1984年比で3倍増となった。

 続けて複線化第1期工事として京都―JR藤森間5.0km、宇治―新田間3.2kmの線増に着手。2001年に完成する。ダイヤ改正で京都―宇治間は186本と改正前の1.5倍に増発され、利用者は2割も増えた。2004年に京都市営地下鉄東西線と六地蔵駅で接続するようになり、利便性はさらに向上した。

 その反面、苦戦を強いられたのが、すぐ近くを走る京阪だ。宇治線各駅の1日当たり乗車客数計は1990年度3万6233人から2019年度1万8962人と半減し、京阪本線の利用も低迷している。JR奈良線の増発や新駅設置、京阪の運賃値上げと減便、中書島駅での乗り換え、社会減や少子高齢化、京都市の都市構造の変化などの原因がある。近鉄京都線も宇治市南部・城陽市域でJR奈良線と競合し、近鉄小倉―富野荘駅間各駅の利用者数はピーク時の6~7割程度にとどまる。

■稲荷駅に集まるインバウンド客

 JR奈良線のもう1つの特徴が観光客輸送である。伏見稲荷大社の目の前にある稲荷駅の存在が大きい。

 伏見稲荷は初詣参拝客ランキングで全国トップ3に入る神社であるが、この10数年、京都の新しい観光スポットとして注目されている。境内にずらりと連なる朱色の「千本鳥居」の魅力が口コミで広がったのだ。2014年に「トリップアドバイザー」で国内人気観光地ランキング1位となったことで、2018年の外国人観光客数は409万人と2013年比7.9倍に、日本人観光客も同671万人、同1.8倍と急増。稲荷駅の乗車客数も1.6倍に増えた。

 2024年2月、JR奈良線で稲荷駅を訪れてみると、15分ごとに京都駅からの普通が到着するたびに100人ほどの観光客が下車していく。閑散期の平日にもかかわらず、国内外、多国籍な観光客で賑わっていた。

 東福寺駅は、臨済宗の古刹、東福寺の最寄り駅で、秋の紅葉シーズンは特に混みあう。また、JR奈良線と京阪本線との乗換駅でもあり、2011年には両ホームを直結する乗換改札口が設置された。JR西日本と京阪、京都市が提携し、京都駅と東山方面を結ぶ市バス混雑の緩和策としての取り組みで、祇園や清水寺へ行くには便利な裏ルートとなっている。

 宇治駅の観光需要も順調である。京都駅から16分というアクセスの良さが要因だ。世界遺産に登録されている平等院と宇治上神社。本年なら紫式部ゆかりのまちとしてNHK大河ドラマ「光る君へ」の効果が期待されている。

 奈良への観光輸送はどうか。奈良市はJR奈良駅を利用する来訪観光客数は近鉄奈良駅利用の4割弱と推計している。JR駅は中心市街地や観光地から離れていることもあり、地元客も用務客も近鉄奈良駅と近鉄京都線を選ぶ。ただ、外国人観光客はフリー切符「ジャパン・レール・パス」を使っていることもあり、京都駅からJR奈良線を利用する流動が目立つ。

■朝ラッシュ時の普通列車は平均6分も時間短縮

 このようにJR奈良線では、設備投資が利用の増加をもたらし、新たな街づくりへとつながる好循環がおきている。

 京都市エリアは人口の社会減が顕著になっているが、JR奈良線の駅周辺は今でもマンションやアパートの建設が進み、物件への問い合わせも多いという。特に伏見区と宇治市の境に位置する六地蔵駅は京都市営地下鉄東西線との乗換駅ということもあり、大規模商業施設やマンションが次々と完成する注目エリアとなった。

 ただ、2001年の部分複線化後も、JR藤森―宇治間など線内の8割近くが単線で残った。朝ラッシュ時は1時間あたり片道8本運行されているため、列車行き違いのため停車時間が長くなった。

 そこで府はJR西日本に複線化第2期工事の実施を要請し、2013年度に協定締結へこぎつけた。JR藤森―宇治間9.9km、新田―城陽間2.1km、山城多賀―玉水間2.0kmの計14kmで、2016年に着工する。あわせて京都駅と六地蔵駅のホーム拡幅などの改良工事も実施された。

 そして2023年3月、第2期事業が完成する。増発は朝の京都―宇治間1往復にとどまった。

 一方、「単線区間での交換待ち停車がなくなり、朝の普通列車が早くなったのが助かります」と語るのは、JR奈良線に関する著作がある高田圭氏だ。普通城陽―京都間の所要時間は平均6分縮まり、バラバラだった運転間隔が均等化された。通勤利用していると複線化の効果を実感しているという。

 高田氏は「ダイヤの安定化という意味で、絶大な威力を発揮している」とも指摘する。以前は数分レベルの遅れは日常で、輸送障害が起きたら3~5時間は収束しなかった。それが複線化でほぼ皆無となった。

 JR奈良線の複線化事業で注目したいのは、沿線自治体が工事費をJR西日本と折半したことである。2001年完成の第1期工事では、事業費152億円のうちJR西日本が76億円、残りを京都府38億円、京都市15億円、宇治市など他市町23億円と負担した。

 官民ともにJR奈良線は輸送改善をすれば利用が伸びる余地はあると判断し、積極策を講じた。実際、運行本数は国鉄時代と比べて5倍近く、利用者は約3倍に増えた。

 一方、今回の第2期工事の事業費397.1億円のうち、JR西日本は約25.2%の100億円を負担するにとどまった。事業性、採算性を懸念したようだ。残り297.0億円について、府と沿線6市町がそれぞれ148.5億円ずつ負担した。

 なぜ、地元はJR奈良線に期待するのか。京都府建設交通部交通政策課の笹井淳課長は「京都府にとって、奈良線の高速化・複線化は長年の課題でした」と語る。

 府は総合計画で「府域の均衡ある発展」を掲げ、府内のJR線の改良工事へ積極的に税金を投じてきた。1999年に山陰本線・舞鶴線の電化を完成させ、次にJR奈良線複線化第1期工事、2010年に山陰本線園部までの複線化も実現させた。次はJR奈良線の複線区間を延長して……と府民の期待が高まっていた。

 京都府南部の木津川西岸では関西文化学術研究都市の整備と大規模開発が展開されてきたが、JR奈良線の走る木津川東岸エリアの開発は停滞。井手町と木津川市北部(旧山城町)にあるJR4駅の乗車客数は30年前より3割減となった。城陽市は1995年、宇治市も2010年から人口減に転じている。

 今回の複線化にあわせ、5駅で駅舎の改築、橋上化、そして駅前広場の整備が行われた。井手町は山城多賀駅の西口駅前広場に5.8ヘクタールの開発地を用意して商業施設を誘致。今夏、スーパーがオープンする。各市町とも厳しい財政状況にあるが、交流人口を増やそうと駅施設を改善した。まちづくりへの期待が大きい。

■新名神大津―城陽間の開通に注目

 もう1つ、地元期待の事業が、新名神高速道路大津IC―城陽IC間の建設だ。城陽市の東部丘陵地帯では次世代基幹物流施設の工事が次々と着手された。新名神でのダブル連結トラック、そして隊列走行、自動運転などを想定している。

 商業施設については、JR長池駅の1.5km東側で、三菱地所系の関西最大級のアウトレットモールが整備されている。駅との間に利用者や従業員用のシャトルバスの運行が予定されており、開業の暁にはJR奈良線の利用状況も変わるだろう。

 ただ、新名神延伸区間の開通は当初2024年春開通予定だったのが、2024年度末に延期され、さらに今年1月、「開通時期未定」と発表された。各プロジェクトとも見直しを迫られている。

 今後のJR奈良線について、城陽―木津間の複線化第3期工事を求める声があるが、具体的な検討までには至っていない。人口が少ない地域である上に、老朽化する木津川橋梁の架け替え、6カ所ある天井川トンネルと河川改修問題もあり、費用対効果に課題がある。

 府交通政策課の笹井課長は「実は、2期にわたる複線・高速化工事で、国費は1円も使われていません」と指摘する。国には幹線鉄道等活性化事業費補助などのプログラムはあるが、自治体出資の法人に限定され、JR奈良線には使えなかった。

 この半世紀、適切な設備投資が行われず能力を発揮できていないJR線は全国にある。国としても、やる気のある自治体やJRへ直接補助ができる制度の創設を考えていくことも必要ではなかろうか。

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最終更新:5/15(水) 17:04

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