ノンフィクション作家が明かす「本の書き方」。本の質やインパクトは「構成」が左右する!取材で集めた“素材”をどう組み立てるかを解説。
事件ルポから教育問題まで、独自の視点で社会に切り込んできたノンフィクション作家・石井光太さん。石井さんの新著『本を書く技術』では、自身の取材・執筆の方法論を初めて明かしています。
取材時のノート術や文章表現のコツ、文章構成の基本などを同書から抜粋し3回にわたってお届けします。
本を書くことにおいて、骨組みに当たるものは「構成」と呼ばれる。完成形のイメージに従って、最適と思われる章立てや小見出しを決めるのだ。構成をどのようにするかによって、その本の質、インパクト、作品力がまったく異なってくる。
■大ストーリーを作る基本構造
ではプロはどのように作品の構成を考えているのだろう。
小説の世界では、想像によって話を構築していくので、書き出しとおおよそのストーリーだけ決め、あとは執筆を進めながら考えていくという人も多い。「第三の新人」として有名な吉行淳之介などは、手帳にちょっとしたイメージをメモしておく程度だったという。想像の中で動き出す登場人物に導かれるようにして物語を展開していくのだ。
一方、ノンフィクションの執筆は、すでに取材によって集めた素材を組み立てていく作業だ。執筆中に素材を勝手に変えるわけにいかないので、構成をそれなりに細かく決めた上でそれらをはめ込んでいかなければならない。
最初に設定しなければならないのは、本の大ストーリーだ。1冊の本の大まかな物語の展開である。
大ストーリーを考える時、参考にしたいのが演劇の脚本を作る時などによく用いられる基本構造「三幕構成」だ。劇の全体の内容を3つに分けて、それぞれに次のような役割をつけるのだ。
1 設定(20%)
2 対立・葛藤(60%)
3 解決(20%)
序盤である1の箇所で物語世界を示しながら登場人物の特徴を説明し、中盤である2の箇所でそれらの対立、ないしは葛藤が起きて緊張感が高まる。そして、終盤の3に差しかかったところで解決に至るという流れである。分量の比率は、カッコ内の通り。1と3を短めにし、2にボリュームを持ってくる。
なぜこれが基本構造とされているのかといえば、ストーリーの肝が鮮明になるからだ。あえて展開を変えるとか、比重をずらすこともできるが、書き慣れている人は別にして、新人やセミプロの場合は、まずはこれを意識して大ストーリーの流れを考えた方が無難だろう。
■ノンフィクションの基本法則
ただ、ノンフィクションを書くことにおいては、三幕構成と共にもう1つ念頭に置いてもらいたいことがある。冒頭で紹介したノンフィクションの基本法則だ。次の流れである。
〈事実→体験→意味の変化〉
演劇の脚本はフィクションなので1~3をゼロから想像力で作り上げなければならないが、ノンフィクションの場合は取材によって手に入れた情報がすでにある。したがって、三幕構成の3つのステップを、ノンフィクションの基本法則のステップに重ね、何をどこに配置すればいいのかを考えれば、よりスムーズになるはずだ。
具体的に、私の『遺体』という作品で考えてみたい。
これは、東日本大震災で被災した釡石市を舞台にした作品だ。同市では1000人に及ぶ死者・行方不明者が出て、犠牲者の亡骸は急設された遺体安置所に運ばれた。あまりに悲惨な空間となった遺体安置所だったが、そこに地元の医師、歯科医、民生委員、僧侶などが集まり、遺体の泥を落とし、祈り、身元確認をし、遺族の元に返そうとする。そんな2カ月間を追ったルポだ。
この本でいえば、次のようなステップになるだろう。
ステップ1
〇「設定」(三幕構成)
震災によって大勢の人々が亡くなり、遺体安置所に運ばれた。そこに医師や民生委員や僧侶など町の人たちが集まった。
〇「事実」(基本法則)
悲しみの遺体安置所。
ステップ2
〇「対立・葛藤」(三幕構成)
遺体安置所に集まった人々が必死になって遺体の身元を明らかにし、遺族の元に返そうとする。だが、火葬場が故障したり、見つかる遺体が膨大だったり、市がやむなく土葬の決断を下したりする。このままでは遺体の尊厳を守ることが危うい。
〇「体験」(基本法則)
遺体安置所で遺体のために奮闘する人々。
ステップ3
〇「解決」(三幕構成)
他市が火葬の受け入れをしてくれることになり、僧侶たちが結成した仏教会も弔いを行うことになった。これによってすべての遺体の尊厳を守ることができた。
〇「意味の変化」(基本法則)
町の人々の温かな想いが詰まった遺体安置所。
このように、大ストーリーを考える時は、演劇でいう三幕構成、ノンフィクションでいう基本法則の両方にぴたりと当てはまるようにすると、物語としてのまとまりが生まれる。
前者に合致していればドラマとしてのダイナミズムが生まれるし、後者に合致していれば事実の意味を鮮やかに転換させることができる。これによって、大ストーリーの骨格が明快になるのだ。
■本に組み込む小ストーリーの選定方法
本の大ストーリーが決まれば、次に取材で集めた数多の小ストーリーのうちのどれを採用するかを選んでいく。
大ストーリーは、数行で説明できる物語全体の大雑把な流れだ。実際の執筆では、大ストーリーをいくつかの章に分け、章ごと、あるいは小見出しごとに個別のエピソードを並べていくことになる。この個別のエピソードが、小ストーリーだ。
両者の関係性を図のようにイメージしてほしい。
大ストーリーは、複数の小ストーリーによって支えられて成り立っている。逆にいえば、小ストーリーの中身が適切でなければ、大ストーリーが崩れかねない。
ここで押さえたいのが、本に組み込む小ストーリーの選定方法だ。
まず、取材ノートに記録した小ストーリーをすべて紙に書き出してみてほしい。パズルのコマを一旦すべてテーブルに広げるような感じだ。そして大ストーリーに照らし合わせて、どの小ストーリーが必要なのか、くっつけられるものはないかを考え選んでいく。
話が抽象的になるのを避けるため、もう一度『遺体』を例にして具体的に考えていきたい。
まず私は先ほど述べたような大ストーリーを設定した。次にすべきは、大ストーリーに沿って、取材で集めた小ストーリーを選ぶことだ。取材をした相手1人につき4~8個の小ストーリーを聞き取っていたので、それらをすべて紙に書き出した。
たとえば、釡石市長であれば、「市長になった経緯」「遺体安置所や緊急対策本部の設置」「国の土葬の指示と市民への通達」「他県の火葬場の借用」、お寺の住職であれば、「遺体安置所への慰問」「仏教会の設立と遺体安置所での読経ボランティアの開始」「身元不明の遺骨の引き取り」などと記した。
■小ストーリーの刈り込みと整理
このように書き出して、大ストーリーに照らして俯瞰してみると、小ストーリーの中でも必要なものとそうでないものとが見えてくる。
市長の「市長になった経緯」の小ストーリーは、災害ルポとしての大ストーリーとしては無関係だから省こうとか、住職の「遺体安置所への慰問」と「仏教会の設立と遺体安置所での読経ボランティアの開始」は1つにまとめられるといったように、だ。
インタビューで得た小ストーリーをすべて使うことはできないので、使えないものは刈り込み、使えるものを残して整理する必要がある。この段階では、集めた小ストーリーの3分の1くらいは切り捨てるくらいの覚悟を持つべきだろう。書き手は多くを語りたがるものなので、切るか切らないかで迷ったら、切るのが正解だ。
これらの構成術を発展させて、時間軸から自由になる新スキルは『本を書く技術』を参照してほしい。
東洋経済オンライン
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最終更新:12/7(土) 14:02