大正製薬、「安すぎるMBO」批判くすぶる総会の中身 決定過程への質問集中、上原家は終始発言せず

3/27 5:51 配信

東洋経済オンライン

 春の嵐のような強風が吹きすさんだ3月18日。東京・豊島区にある大正製薬の本社ホール周辺には、警備員と、10人弱の同社社員が並び、ものものしい雰囲気に包まれていた。

 その日開かれたのは、約7100億円を投じてMBO(経営陣による買収)を実施した大正製薬ホールディングス(HD)の臨時株主総会だ。昨年末から今年1月、上原明社長の息子である上原茂副社長が代表を務める大手門株式会社が同社に対してTOB(株式公開買い付け)を実施。オーナー一族の上原家は、従来の保有分と合わせて約73%の株式を取得するに至っていた。

 このTOBをめぐっては、1株8620円という買い付け価格に対して、ファンドなど一部の株主から「安すぎる」と問題視する声が上がっていた。TOB発表前営業日の終値に5割超のプレミアムをつけたとはいえ、PBR(株価純資産倍率)ベースでは0.85倍にとどまる価格だったからだ。

■現地参加の株主はわずか十数人

 法的手段に訴えることを検討する株主も出てくる中、厳戒態勢で迎えた当日。ふたを開けてみると、現地に足を運んだ株主はわずか十数人だった。総会では、株式非公開化に向けた株式併合を進めることなどに関する議案がすべて可決され、4月9日に上場廃止となることが決まった。

 総会に参加した40代の男性は、父の代から50年以上、大正製薬の株式を保有していた。「最後くらい社長の声を聞きたい」と会社を休んで埼玉から足を運んだが、総会で明社長がコメントすることはなかったという。

 「上場廃止によってオーナーの圧力が強まり、より閉鎖的になるのではないか」。男性はそう懸念を口にした。

 国内過去最大とされるMBOに踏み切った大正製薬HDの株主総会は、どう進められたのか。関係者への取材によって見えてきた当日の様子をお届けする。

 総会は定刻の午前10時に始まり、まずMBOの目的や経緯を説明する動画が上映された。「機動的な意思決定を柔軟かつ迅速に実践できる経営体制の構築こそが必要不可欠」「株式上場に必要な費用が増加している」などと、非上場化を決めた理由が淡々と説明された。

 続いて、黒田潤取締役からTOB価格の正当性などに関する説明や、事前質問の一部への回答が続いた。回答の中身は、おおよそこれまで開示資料で説明してきた情報の域を出ないものだった。

 その後、開場での質疑応答が始まり、延べ8人からMBOの正当性などに関する質問が相次いだ。

 とくに質問が集中したのは、TOB価格を決定するに至ったプロセスについてだった。株主であるアメリカの投資ファンド、キュリRMBキャピタルは、大正製薬HDがTOBに際して設置した特別委員会の独立性について問いただした。

 特別委は、少数株主の利益保護の観点から、TOBの取引条件や手続きの妥当性について検証するために設置されるものだ。そのため本来は別途ファイナンシャル・アドバイザー(FA)などを雇い、独自にTOB価格を算出することが望ましいが、大正製薬HDのTOBにおける特別委はそれを行わず、取締役会が依頼したFAの算出価格を追認する形をとった。

■「大きな認識のギャップを感じた」

 この点について、特別委の委員長を務めた松尾眞・大正製薬HD社外監査役は、自身に知見があることなどを挙げ、特別委の役割は十分果たせていたとした。

 キュリRMBの細水政和パートナーは総会後、東洋経済の取材に「非常に大きな認識のギャップを感じた。委員個人の能力の問題以前に、善管注意義務を負う取締役と異なり、補完的な役割である監査役は責任を取れない立場にある。特別委として、(価格の正当性の説明について)責任を取れるリーガルアドバイザーやFAを雇うことは必須だったはずだ」と語った。

 また、同じく株主である香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントは、大正製薬HDが当初、少数株主の過半数の支持を得ることを案件の成立条件とする「マジョリティー・オブ・マイノリティー(MOM)」を採用しようとしていた点を指摘。その採用を見送った理由について、大正製薬HD側は「インデックスファンドが買い付けに申し込まないことが想定されたため」などと説明する一方、詳細な経緯を再び問われると、開示義務がないことを理由に回答しなかった。

 質疑応答が始まって30分ほどが経過したころだった。突如、議長が「それでは時間も押してまいりましたので、次で最後の質問にさせていただきます」と発言。会場はややざわめき、抗議の声が上がったという。

 その後、3人の質問者が当たったのちに質疑応答は終了した。前出の個人株主の男性は、「まだ質問したがっていた株主がいたにもかかわらず、(質疑応答が)打ち切られた」と振り返る。

 議長が会場の株主に対し、議案に対する賛否を問うと、2人あまりが拍手をした。総会では明社長らが指名される場面もあったが、議案の内容と利害関係があることを理由に、最後までMBOを主導した上原一族が発言することはなかった。

 大正製薬HDは「多くの株主様はTOBにご応募いただいており、今回の臨時株主総会での議案においても多数の賛同を得ていることから今回のMBOは適正」と東洋経済の取材にコメントした。

■ファンド株主はすでに法的手段の準備

 ただ総会が終わった今もなお、一部とはいえ、株主の疑問は解消されていない。

 総会後の臨時報告書によると、総会で提案された株式併合と、それに伴う定款の一部変更に関する議案への賛成率はともに84.89%。TOBを経て上原家が73%の議決権を握っていることを考えると、TOBに応じなかった株主の過半が反対した計算になる。

 キュリRMBはすでに、今回のTOB価格をめぐって法的手段に訴える準備を進めている。TOB価格に不服がある株主は、裁判所に適正価格を申し立てることができる。キュリRMB以外の複数の株主もこれに追随する可能性がある。

 実際、2020年に実施された伊藤忠商事によるファミリーマートへのTOBでは、キュリRMBやオアシスなどの株主が裁判所へ価格決定の申し立てを行った。東京地方裁判所は株主側の主張を認め、TOB価格の増額が適正と判断したが、伊藤忠側は抗告しており、いまだに議論が続いている。

 非上場化に向けた議案が可決されたことで、大正製薬HDはあと2週間で約60年にわたる上場会社としての歴史に幕を閉じる。もっとも、上場廃止をもって一件落着、と結論づけるにはまだ早そうだ。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:3/27(水) 5:51

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング