スゴい発想をできる人が実践する「掛け合わせ」の驚く技術 回数を重ねていくことでセンスが磨かれていく

4/2 14:02 配信

東洋経済オンライン

市場が飽和し、モノが売れない時代に消費者の心をつかむためにはどうすればいいのか。「消費者のインサイトを刺激する商品開発や販売促進を行うことで、購買意欲を喚起できる」と語るのが、東大在学中にペンション経営を始め、現在はホテルの開発・運営や企業のブランディング・マーケティング支援などを手がける龍崎翔子氏です。今回は、クリイティブなアイデアを発想するための「プロポジション」という手法について龍崎氏が解説します。

※本稿は龍崎氏の新著『クリエイティブジャンプ 世界を3ミリ面白くする仕事術』から一部抜粋・再構成したものです。

■インサイトと表裏一体の存在「プロポジション」

 「クリエイティブなアイデアを発想する」というと、誰も思いつかないようなラディカルな企画を出したり、奇想天外で自由な頭の使い方が求められる気がして身構える人もいるかと思います。

 もちろん、空をつかむようなところから、いわゆる「ゼロイチ」でアイデアをひらめくことができる人は本当に稀有で、私もあこがれてしまうのですが、実は事業を打開するアイデアの多くは、セオリーにのっとって生み出していくことができます。決して一部の才能豊かな人だけの特権ではありません。

 キーワードとなるのは、インサイトの対となる概念である「プロポジション」です。プロポジションとは、「消費者のインサイトに対する、企業やブランドから消費者への提案」という意味で、発掘した消費者インサイトを満たしてあげられるような提案のことを指します。

例えば、カリフォルニア牛乳協会の例(前回記事『「客の声、反映しても売れない」悩む人に欠けた欠点』)では、「牛乳を飲みたくなるのはクッキーを食べて口がパサパサしたとき」だという消費者のインサイトに対して、「お菓子やクッキーで水分を持っていかれた口を潤すために牛乳を飲みませんか」という消費者に対する提案(プロポジション)があり、そのプロポジションを具体化したアイデアとして「Got Milk?」キャンペーンがありました。

 あるいは、リキッド・デスの例では、インサイトとして発見した「クラブでペットボトルの水を飲むのはダサくて恥ずかしい」という感情に対して、「ワルく水を飲みませんか」というプロポジションがあり、その具体的な商品としてエナジードリンクのようにいかつくて不健康なデザインのミネラルウォーターがあったというわけです。

 このように、インサイトと表裏一体の存在としてプロポジションがあり、プロポジションの延長線上に具体的なアイデアが広がっていくのです。

■台湾のマットレブランドを日本で売るための戦略

 ここまでの話を総合した事例として、私たちが取り組んだプロジェクトをひとつご紹介しましょう。

 2022年、「Sleepy Tofu」という台湾の若者に人気のマットレスブランドが日本に上陸しました。台湾では感度の高いミレニアル世代を中心に爆発的にヒットしたプロダクトですが、日本にはすでに多くの新興マットレスブランドが群雄割拠しており、日本市場ではなかなか存在感を示すことができません。

 他のマットレスブランドは、いずれもマットレスのスプリングやポケットコイル、スポンジの構成や配合を説明しながら「睡眠の質を高められる」「身体をしっかりホールドすることで腰痛や肩こりを軽減できる」「良質な睡眠や姿勢の改善によって日中のパフォーマンスを高めることができる」といった具合に、マットレスを通じて仕事の生産性を高めることを訴求するのが主流となっていました。

 もちろん、Sleepy Tofuのマットレスも、スプリングやスポンジの配合に独自のこだわりを持っていますが、他のマットレスブランドと同じ訴求軸で戦っても、広告投資額が多く、すでに国内で広く認知されているブランドにはとうてい敵いません。

 一方で、自分自身をはじめとする一般消費者がマットレスをどのようなシーンで使用しているかを考えてみると、意外なことに気がつきます。

 当然マットレスは睡眠をとる時に使いますが、それだけではなく、寝転がりながらダラダラとスマホを見たり、読書をしたり、PC作業をしたり、ストレッチをしたり、映画やドラマを観たり、ちょっとお行儀が悪いですがポテチやアイスを食べたりと、実は睡眠以外のシーンで“セカンドリビング”として機能していたのです。

 ベッドはただの寝る場所ではなく、寝転がった状態で過ごすための場所だった、といえるでしょう。つまり、マットレスを使う人の深層心理には「本当は布団にくるまって寝っ転がりながら生活をしたい」というインサイトが隠れていたのです。と同時に、これは、「ベッドでダラダラしながら過ごすのは自己管理ができている人間の姿ではない」という罪悪感から、なかなか意識化・言語化されづらいインサイトでもありました。

■「ベッドでダラダラしても良いじゃない」

 そこで、Sleepy Tofuでは、ブランドのふるさとである台湾の空気感や、豆腐をモチーフにしたユニークなネーミングが醸し出すゆるさの力を借りて、「ベッドでダラダラしても良いじゃない」というプロポジションを提案することにしました。これは、コロナ禍以降の時代の空気がまとっている、自分自身を愛してあげよう、甘やかしてあげようという「ご自愛」カルチャーにも通ずるところがあります。

 このプロポジションをもとに、ベッドに寝転がりながら台湾料理を食べることができる「寝転がれる台湾料理店」というアイデアを着想。Sleepy Tofuのマットレスを座席に見立てて、台湾料理を提供するポップアップレストランを開催することにしたのです。

 ベッドの上で台湾肉豆腐や台湾カステラを食べて、台湾茶を飲み、お腹がいっぱいになったらゴロンと横になる。ちょっとお行儀悪いかもしれないですが、「別にいいじゃない、みんな本当は家でそうやって過ごしているじゃない」というメッセージを添えながら。この企画は『寝ころび台湾料理店』と銘打ち、日本国内ではブランド初のリアルイベントとして開催されました。

 「寝転がれる台湾料理店」というアイデアは一見奇抜に思えるかもしれませんが、インサイト→プロポジション→アイデアと、順を追いながら思考を積み上げることでたどり着いたクリエイティブジャンプです。

 では、インサイトとプロポジションを押さえたうえで、実際どのようにすればビジネスに活きるアイデアを生み出しやすいのか、掘り下げていきましょう。

 まず、大前提として、優れたアイデアの多くは魔法のようにどこからともなく現れるのではなく、既存のサービスやプロダクトの掛け合わせによって成り立っています。

 ペンと消しゴムを掛け合わせたフリクション、ゲームと散歩を掛け合わせたポケモンGO、コンビニとジムを掛け合わせたチョコザップ……など、その例は枚挙にいとまがありません。

■課題解決としてのアイデアを考える

 クリエイティブジャンプを生み出しているアイデアの多くも〔要素×要素〕の掛け合わせでできていますが、ここで重要なのは、私たちは単に面白いアイデアを考えたいのではなく、「事業に立ちはだかる壁を打破する」課題解決としてのアイデアを考えなくてはならないということです。

 それゆえ、2つ(もしくはそれ以上)ある要素をスロットのように自由に組み合わせるのではなく、片方を必ず自身の持っているアセットで固定する必要があります。つまり、クリエイティブジャンプを生み出すアイデアは〔定数×変数〕という方程式で表現できることになります。

 ここでいう〔定数〕とは、自身が持っているアセット、つまり取り組んでいる事業(サービスやプロダクト)のこと。私の場合は「ホテル」、Sleepy Tofuの場合は「マットレス」が該当しますね。

 それに対して、〔変数〕とは掛け合わせてみるもののことを指します。アイデアは、この〔変数〕に何が放り込まれるかで決まります。

 例えば、Sleepy Tofuのケースでは、〔変数〕に「食事」を入れて、〔マットレス×食事=寝ながら食事ができる〕というアイデアを切り口にして、「寝転がれる台湾料理店」という企画を導いています。つまり、アイデアを発想するということは、なにを〔変数〕の箱に放り込んだら思わぬ化学反応が起きるかを考えること、と同義であるともいえるでしょう。

 では、実際〔変数〕に放り込む要素はどう考えていくか? 

 もちろん、思いついたものをどんどん放り込んでいってもいいのですが、はじめのうちは、自分だけでは気づきにくい視点に出会うために、次のようにカテゴリー分けしてキーワードを洗い出していくと、網羅的に考えやすいでしょう。

■気になるワードを定数と組み合わせる

 カテゴリー内に入るキーワードをブレーンストーミング的に書き出していきながら、例えば次のように、気になるワードを〔定数〕と組み合わせてアイデアを発想していきます。

・〔ホテル〕×〔原っぱ〕=草原のど真ん中にある移動式ホテル
・〔ホテル〕×〔屋台〕=入口がおでん屋台になっている下町ホテル
・〔ホテル〕×〔競走馬〕=引退した競走馬によって曳かれる馬車ホテル
・〔ホテル〕×〔木の上〕×〔散歩〕=木の上にさまざまな建築物が建てられ、木から木へ渡り歩いて移動するツリーホテル
・〔ホテル〕×〔海の中〕×〔水族館〕×〔寿司〕=窓から魚を眺めながら寿司を食べられる海底ホテル
 この時点ではまだアイデアの質は玉石混淆かと思いますので、凡庸だな、ピンとこないなと思ったものは気にせず脇に置いておきましょう。

 この中で、キラッと光るものがあるなと感じた組み合わせやアイデアがあれば、さらにいくつかの具体的なアイデアへと広げることができないか考えてみます。

 例えば、〔ホテル〕×〔犬〕なら、

・ペット連れの方向けのホテルは世の中にすでにあるが、「ペット向け」を強く訴求しているがゆえ、デザイン性があまり高くないところが多い。一般の消費者目線で見ても上質感があるホテルで、かつ犬と過ごせるところはないか? 
・すでに犬を飼っている方向けのホテルではなく、犬を飼育していない方が犬との生活を追体験できるホテルはどうだろう?  「保護犬や保護猫とのマッチングもできる」という文脈を加えると、昨今話題になっているペットの殺処分問題への解決策にもなる。

・犬に限らず、リスやイグアナをはじめとするエキゾチックアニマルなど、なかなか飼育に踏み出せない動物とふれあう体験を提供できるホテルはどうだろう?  飼育の解像度を上げることで、現実を理解しないままペットショップで衝動買いをしてしまい、捨ててしまうような悲劇を防ぐことができるかもしれない。
 といった具合に、深掘りして考えてみると、どんどんサービスのアイデアが生まれてきます。

 このように、掛け合わせから連想を続けていくと、すぐに実現できそうなものから、フィジビリティが低そうなものまで、いろいろな精度のアイデアが入り混じった状態で発想が広がってきます。

 ここで一つひとつのアイデアを練りすぎたり、焦ってボツにしたりする必要はありません。一見微妙に思えるアイデアだとしても、それが最もフィットする状況が訪れることもありますし、少しアレンジすることで光り出す可能性もあるので、無駄にはなりません。

 最初のうちは、なかなか手応えのあるアイデアが出てこなくて嫌になってしまうこともあるかもしれませんが、この思考法を続けていくと、段々とアイデアを発想するための思考回路ができてきます。

 これは、草むらに獣道をつくっていくプロセスと同じです。初めはなかなか見通しが悪く、迷子になってしまうこともあるかもしれませんが、何回も繰り返すうちに、うっすらと足跡が見えるようになってきます。回数を重ねていくことで発想のセンスが磨かれ、やがてはっきりとした道筋となり、スピーディーに前に進むことができるようになるのです。

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最終更新:4/2(火) 14:02

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