SNSをやめられない人が知らない不都合な真実 「進化」という巨視的な視点がなぜ必要なのか
友だちの数、生産性の高いチームのメンバー数、縦割り化する会社の社員数……。これらの人数は、進化心理学者のロビン・ダンバーが発見した「ダンバー数」や「ダンバー・グラフ」に支配されている。古来より人類は、「家族」や「部族(トライブ)」を形作って暮らしてきたからだ。
メンバー同士が絆を深め、信頼し合い、帰属意識をもって協力し合う、創造的で生産性の高い組織を築くためには、このような人間の本能や行動様式にかんする科学的な知識が不可欠である。日本語版が2024年10月に刊行された『「組織と人数」の絶対法則』について、進化生物学者の長谷川眞理子氏に話を聞いた。(第1回はこちら、第2回はこちら)。
■SNSアプリの普及率と自殺率
5人~15人くらいまでの人数なら、集まってこそこそと本音を言うことができますが、それ以上の人数になると、人は、ちょっと改まった姿勢で話をするようになるものです。
ところがSNSを使うと、そのような単なる「井戸端会議」だったようなことが、全世界に公表されてしまい、それによって炎上やいじめも起きてしまいます。
なぜこのような仕組みが広がるのかと言えば、それをやることでおカネの儲かる人がいるからです。
SNSなどのアプリは、人がその中毒になるように研究して作られています。与えるのが小さい子どもであればあるほど、一生中毒になってくれるものを設計するわけですね。
SNSが広がったのは、2012年以降です。そして、それ以後、若者のうつ病発症率や自殺率も上がっています。
オーストラリアでは、子どものSNS利用を禁止する法案を作ろうという話になっています。本当に悪いことが起こっているからです。
SNSによって子どものうつ病が増えているという現象は、タバコ会社との闘争の歴史と同じだとも言われます。
タバコ会社は、有害性を隠して、カウボーイなどのイメージを使ってタバコを売りつけ、男性に行き渡ると、次は女性に吸わせようとしていきました。
それに対抗する反タバコのキャンペーンは、非常に苦労した歴史があり、反SNSキャンペーンも、同じようなことになるだろうと言われています。
今では、タバコもずいぶん減り、変わっていきましたが、それを売ればおカネが儲かるということを、どう制御することができるのか。それはまだわかりません。
消費者が賢くなれと言っても難しいところがあります。ちゃんと子どもたちを守れるように、政治を含めた大きな力で押し戻せるかどうかが課題だと私は思います。
ダンバー氏などの人類学者は、こういった今の我々の世界について、いろいろな意味合いから「これが当たり前ではないんだよ」ということを伝えようとがんばっているわけです。
■必要なのは進化についてのリテラシー
西欧には、キリスト教神学的に、人間は神が作ったものであり、動物は人間以下のものとされています。魚類から進化して、その頂上に人間がいて、それより上に天使、その上に神がいるというハシゴ型の考え方があるのです。
ですから、19世紀の西欧では「人間はチンパンジーと近く、もともと猿だった」と言うと、宗教的な猛反発があり、ダーウィンはそのために苦労しました。
しかし、日本では「人間はもともと猿だった」と言っても、誰も反発しません。進化とはこういうものだと聞くと、「そうか」と思って、それ以上考えることがないからです。
日本では、ダーウィンの「進化論」を誤読した考えが広まっていて、「種の保存」という考えが誤りであることが世界では常識にもなっているのですが、それをいくら言っても、誤りが消えません。反発しない代わりに、どうでもいいというのが日本なのです。
また、中国では「北京原人、我らが祖先」と言って、北京の博物館に北京原人の像を建てています。実際には、北京原人は現生人類の祖先ではないのですが、イデオロギーとして取り込んでしまった。そして「自分たちは世界で最も古い人類だ」と間違ったことを言っているわけです。
だから、リテラシーが必要なのです。30万年のサピエンスの進化史の中で、最近1万年の中の、最後の100年で起こっているようなことは、タイムスパンを長くとって見直すことが重要なのです。
本書の序盤に、オックスフォードのビジネス講座において、受講者を35人から40人に増やしたところ、クラスの連帯感や仲間意識が生まれなくなったということが書かれています。
こういったことは、みんな現場で直感的に知っているのではないでしょうか。集まるのが5人ぐらいなら話ができるけど、7人になると3人と4人に分裂してしまうというような経験はあるでしょう。
それを単に直感に終わらせず、その理由を知り、人をまとめるためにはこうしなければならないという考え方を持つようになれば、「ダンバー数」はもっと使われるようになるでしょう。
■「進化経済学」や「進化法学」という分野も
本書のように、研究者とビジネス関係者がタッグを組むのは良いことです。学問の世界と、会社、役所など他のセクターとはまったく違います。縦割りになっていて、それぞれに専門用語があるので、壁が崩れず、横のつながりを作ることが難しいのです。
人類が進化してきた過程を、30万年、200万年という長さで考え、この脳や身体がどういうふうにできてきたのかを知った上で、現代のいろいろな問題を考える。そういう観点から、進化経済学という学問の分野などが出てきました。
最近では、なぜこのように法律ができているのか、なぜ民法はこうなっているのかという点を進化的な流れから考える、進化法学という分野もあります。人間の脳によるカテゴリー化が、どんな方向にバイアスがかかるものなのかを考えると、見えてくるものがあるのです。
進化経済学、進化心理学、進化社会心理学など、学問の分野の中でも少しずつ融合しはじめています。人間のことを考える学問は、人間がどうやって進化してきた産物なのかを知らずして論を立てても、どこかほころびるものではないでしょうか。机上の空論ではダメだと思うのです。
進化生物学は、広い意味で過去の歴史ですから、事実をつかみ取って「こうだ」と言うことはなかなかできません。しかし、化石があり、遺跡があり、現在を生きている人間たちの脳や遺伝子などの証拠を集めて考えると、「これがいちばん良いシナリオではないか」というものが言える。これは、実証科学なのです。
(構成:泉美木蘭)
東洋経済オンライン
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最終更新:11/12(火) 11:28