トラック「最高速度90キロ」が招く意外な弊害、最悪シナリオは「事故増加」ではない!

5/8 11:32 配信

ダイヤモンド・オンライン

 今年4月から、高速道路における大型トラックの最高速度が時速80キロ→90キロに引き上げられました。この変更に対し、「事故が増えるのでは」と懸念するドライバーが一部みられます。ですが、自動車ジャーナリストの筆者は「事故の増加にはつながらなさそうだ」と考えています。また、想定される「最悪シナリオ」は、安全面の他にあると見ています。事故増加ではない懸念点とは、一体何なのでしょうか――。(自動車ジャーナリスト 吉川賢一)

● 大型トラックの最高速度が 「時速80キロ→90キロ」になったワケ

 4月1日から、高速道路における大型トラック(大型貨物自動車)の最高速度が、これまでの時速80キロから時速90キロに引き上げられました。大型トラックの速度規制変更は、1963年に日本で高速道路が開通して以来、初めてのことです。

 大型トラックの最高速度が引き上げられた最大の理由は、「物流2024年問題」に対処するためです。物流・運送業界で蔓延(まんえん)している長時間労働を防ぐため、同じく4月1日から、トラックドライバーの時間外労働の上限が「960時間/年」と定められました。この施策はドライバーの負担を軽減する反面、稼働時間が短くなることで輸送能力が不足し、モノを運べなくなる弊害が指摘されています。

 そこで約60年間変わらなかった制度を変更し、「モノを運ぶスピードを速める」という決断に至ったというわけです。一般ドライバーやトラックドライバーの一部には、この制度変更に不安を覚える人がいるようですが、筆者は「事故の増加にはつながらなさそうだ」と考えています。

 一方で、想定される「最悪シナリオ」は他にあり、事故増加とは全く別の観点から、思わぬデメリットが生じる恐れもあると見ています。その中身を、次ページ以降で解説していきます。

● トラックの最高速度「90キロ化」を ドライバーはどう捉えている?

 まずは、速度制限変更に対する一般ドライバーの声を見ていきましょう。

 警察庁がまとめたアンケート調査によると、高速道路の運転経験が一定以上ある一般ドライバー2736人に「大型トラックの速度規制変更の是非」を聞いたところ、「賛成」「どちらかといえば賛成」と答えた人は計46.7%。「どちらともいえない」と答えた人は38.2%。「どちらかといえば反対」「反対」と答えた人は計15.2%と、意外にも反対意見は少なかったそうです。

 ただし他の設問では、「追い越し車線を走行する大型トラックが増加しそう」 「走行速度が速くなると交通事故が増加しそう」 「規制速度が法定最高速度より低い区間でも、速い速度で走行する大型トラックが増加しそう」などと、懸念する声もあったようです。

 次に、当事者であるトラックドライバーの声です。

 トラックドライバーを対象にした調査(※)では、制度変更を受け入れる層が多かった一方で、「時速80キロを維持すべき」という意見もみられました。反対派は、最高速度変更に伴う身体的・心理的負担の増加を不安視しているのでしょう。

 ※運輸・輸送分野の労働組合3団体に所属するトラックドライバーへのアンケート。

 確かに、大型トラックがスピードを上げて走行すると、荷物の積載状況によっては走行が不安定になります。荷物を載せれば載せるほど、制動距離(ブレーキが効き始めてから車が停止するまでに進む距離)も長くなります。一部のドライバーが、高速道路での最高速度アップを懸念するのも無理はありません。

 ですが、ここで一つ面白い情報をお伝えしましょう。

 クルマに詳しい人はご存じかもしれませんが、安全性を高める観点から、2003年に大型トラックへの「速度抑制装置(リミッター)」装着が義務化されました。設定された速度に達すると燃料が噴射されなくなり、速度を抑制する仕組みです。ただし、初期の技術ではリミッターの仕様に誤差があり、本来の最高速度(当時の時速80キロ)をギリギリで走行しようとすると、うまく作動しない場合がありました。

● 制度変更前から トラックは90キロ近い速度で走っていた!

 そこでメーカー各社は、リミッターの設定に少し余裕を持たせて、速度の上限を時速90キロとしました。結果、各社のトラックはどんなにアクセルを踏み込んでも時速90キロ以上にはならないものの、時速80キロをオーバーする例がしばしば見受けられるようになりました。

 実際に、警察庁が2023年に実施した交通実態調査によると、大型トラックの高速道路における実勢速度は「時速87キロ」だったそうです。実はもともと、トラックは日頃から時速90キロ近い速度で走行していたのです。

 その一方で、高速道路における大型トラックの交通事故件数は、リミッター装着が義務化された2003年を機に低下しています。具体的な件数は、2003年~2007年は計4037件でしたが、10年後の2013年~2017年は計2921件と27.6%も減少。2018年~2022年は計1927件となっていました。

 さらに、大型トラックの事故件数は、他の車種と比べて特段多いとはいえないことも分かっています。

 2022年に高速道路で起きた、クルマ1億台キロ(※)当たりの交通事故件数を車種別に見ると、大型トラックを含む大型車・特大車は2.66件/1億台キロでした。これに対し、大型車・特大車以外の車種は3.79件/億台キロ。全車種では3.59件/億台キロとなっていました。

 ※台キロ(走行台キロ):交通の総量を表す単位。1億台キロは「1万台のクルマが1万キロ走行した場合」に相当する。数値の増減に応じて、クルマの台数・走行距離も増減する。

 ただし、やはり事故となってしまった際は重大化しやすい傾向も数値に現れています。2018年~2022年に高速道路で起きた、クルマ10億台キロ当たりの死亡事故件数を車種別に見ると、大型トラックを含む大型車・特大車は1.31件/10億台キロ。大型車・特大車以外の車種は1.09件/10億台キロ。全車種は1.14件/10億台キロという結果でした。

● 一番怖いのは「人間」!? 速度変更が招く「最悪シナリオ」とは

 とはいえ、速度規制の変更前から、トラックが時速90キロ近いスピードで走っていたとなると、変更後の今も高速道路の実情はさほど変わっていないように思えます。警察庁も「安全性に大きな影響はない」とコメントしています。冒頭で述べた「物流2024年問題」を改善する効果も、もしかすると限定的に留まっているかもしれません。「規制値を実勢に合わせた」というのが、今回の制度変更の実情なのでしょう。

 にもかかわらず、荷主からトラックドライバーに対する「高速道路を早く走れるようになったんだから、もっと早く荷物を届けられるよね?」というプレッシャーだけが増し、結果的に働きづらい労働環境になっていたとしたら、今回の制度変更が招く「最悪シナリオ」だと筆者は考えます。実態はあまり変わっていないことを知り、そうした圧力をかける依頼者が減ることを願います。

 われわれ一般ドライバーも、今回の最高速度変更を過度に心配する必要はないでしょう。高速道路での予期せぬ事故を防ぐ上では、大型トラックだけでなく、他のクルマとの車間距離をしっかり空けるなどの「安全運転の基本」を守ることが重要です。

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最終更新:5/8(水) 12:11

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