「秋田犬が転んだ老人を車から守った」の美談が、実は“怖い話”かもしれないワケ

4/23 12:02 配信

ダイヤモンド・オンライン

 現在の日本は小型犬全盛の時代を迎えており、しつけなどの手間や余裕のある飼育環境などが必要な大型犬は避けられる傾向にあり、危機的状況を迎えているという。大型犬が幸せに生き、未来にかけて繁栄していくにはどうすればいいのか。本稿は、林 良博『日本から犬がいなくなる日』(時事通信社)の一部を抜粋・編集したものです。

● 大型犬が迎えている 深刻な危機の時代

 犬の大きさの点でいうと、日本ではとくに大型犬が生きづらく、子孫を残しづらい、深刻な危機の時代を迎えているといえます。

 一般的に成犬での体重が25キログラムないし30キログラム以上となる犬は大型犬に分類されます。セントバーナードやグレート・デーン、ゴールデン・レトリバー、それに日本犬では秋田犬や土佐犬などは大型犬に分類されます。私の家族の一員だったラブラドール・レトリバーのペンテルやメイレンも大型犬でした。

 犬を飼ったことのない方々は、散歩中の大型犬が近づいてくると、その大きさゆえに少し身構えてしまうかもしれません。けれども、たいてい大型犬の性格はおおらかです。仔犬たちへの面倒見のよさがあります。とくにゴールデン・レトリバーやラブラドール・レトリバーは、反抗期を迎えずに成長していくタイプであり、パートナーの人間に反発することはめったにありません。「気は優しくて力持ち」をまさに体現した犬たちといえます。

 ほかの犬たちや人に反抗的になりやすい大型犬もいなくはありません。そうした性格も、かつて人間によって闘犬用などとしてブリーディングされたためのものです。日本を代表する犬種の一つである秋田犬にも闘犬としてブリーディングされていた過去があり、その「名残り」があるといわれています。

 日本民俗学の創始者である柳田國男は52歳のとき、子ども時代以来となる犬の飼育を果たしました。世田谷区成城の一軒家に引っ越したことで犬を飼えるようになり、秋田犬を迎え「モリ」と名づけました。ある日、家族の一人が庭を走り回っていてなにかの拍子に倒れたり寝たりすると、それまでじっと様子を見ていたモリがわっと向かっていったと述べています。

 犬の祖先である狼は、長い距離にわたり獲物を追いかけて、最後に倒れた獲物に襲いかかるといった本能をもっています。子孫である秋田犬にもそうした本能的な行動が残っており、本能的に襲いかかるスイッチが入ったという可能性はあります。

 最近でも、秋田犬が人間のおばあさんに引かれて散歩をしていたところ、転んでしまったお婆さんに対して急に覆いかぶさったといいます。たまたま向こうからは車が走ってきていたそうで、秋田犬がおばあさんを守ったような格好です。

 しかし、じつのところは、倒れたおばあさんに対して、その秋田犬も倒れた獲物に襲いかかる本能がはたらき、覆いかぶさったのかもしれません。その秋田犬は、おばあさんを噛むようなことはしなかったといいます。瞬間的に本能がはたらいて襲いかかろうとしたものの、飼い主であるとわかって噛みつかなかったものと考えられます。

 こうした話はあるものの、秋田犬は日本を代表する大型犬の一つとして繁栄してきました。いまから65年前の新聞に掲載された秋田犬の姿を見ると、いろいろなタイプがいたことがわかります。これは当時、闘犬として改良されたため洋犬の血が入って見た目もさまざまになっていたことの表れですが、その後は本来の秋田犬の姿を取り戻しつつあります。

● 小型犬全盛の昨今 肩身が狭い大型犬

 2000年代前半ごろは、日本人が飼育する犬の品種のうち、大型犬が1種や2種は上位5位以内にランキングされていました。しかし、2020年代の現在はトイプードルやチワワをはじめとする小型犬が全盛の時代を迎えています。飼う側の人間からすれば、餌が少なくて済む、たとえ噛まれてもけがをしにくい、それに狭い室内でも飼えるといったことが理由で、小型犬に人気が集まっているのでしょう。

 一方の大型犬は、基本的に力持ちですから、優しい性格のもち主が多いといっても、しつけられていないと人間を振りまわすおそれはあります。飼い犬としては小型犬よりも手間を要するということから、近年の人びとの生活形態とも相まって、避けられる傾向にあるのでしょう。大型犬は最近の飼育犬種の10位以内に入っていません。

 じつは、歴史的にいうと日本で大型犬は、人びとから距離を置かれる存在だったともいえます。江戸時代、大型犬は庶民とは対極の権力者の側にありました。たとえば、いまの佐賀市などに当たる鍋島藩では、大名の鍋島家が威光を示すため、鎖国中にもかからず大陸から唐犬を輸入し、犬(いぬ)牽(び)きとよぶ飼育係まで設けて飼っていました。

 そのようすが、江戸図屏風に描かれています。大きな犬たちが犬牽きによって街なかを歩いている景色が見られますが、これを見ている町民たちのようすからして怖い存在だったのでしょう。対照的に、別の江戸時代の絵画には、江戸の犬たちが喧嘩をし、これをおもしろがっている庶民のようすが描かれています。こちらは中型犬くらいの大きさです。日本では大型犬は権力者側の動物であり、庶民たちからは距離を置かれる対象だったともいえます。

 しかし、現代では、盲導犬、介助犬、聴導犬などとして活躍している大型犬も増え、私たちとの距離は江戸時代にくらべたら近くなっているのは確かです。大型犬たちの今後をどうにかして守っていければというのが私の願いです。

 一定以上の認知能力をもつ哺乳類におしなべていえることですが、犬は自分の大きさをわかっています。人間が自分の体格を他人とくらべたりして気にするのとちがって、犬は自分の大きさを知りえないように見えますが、大きい犬は大きい犬なりの振る舞いをします。たとえば、飼い主に対して抱っこをせがむことはありません。一方、小型犬は飼い主に対してよく甘えます。大型犬は大型犬としての、小型犬は小型犬としての、自己認識があるように映ります。

● 実は小型犬より短命! 大型犬の寿命の謎

 犬の大きさをめぐるパラドックス的な謎もあります。大型犬の寿命は小型犬の寿命より短いのです。生物学者の本川達雄さんは、かつて『ゾウの時間ネズミの時間』という著書で、大型動物でも小型動物でも一生に打てる心拍数はだいたいおなじであり、単位時間当たりの心拍数が多い小型の動物のほうが早く死ぬ傾向にあるというのを、グラフなども使って鮮やかに説きました。

 この話からすると大型動物のほうが、単位時間当たりの心拍数は少なく、その分、寿命は長くなるはずです。事実、大型犬の心拍数は1分間当たり40~50回であるのに対し、小型犬では60~80 回です。この差からしても大型犬は小型犬より長生きしてもよいはずですが、現実は逆です。ペットフード協会の「全国犬猫飼育実態調査」によると、2022年における犬の平均寿命では、超小型犬が15.31歳、小型犬が14.28歳だったのに対し、中・大型犬は13.81歳でした。

 なぜ、生物学的な法則に反して、大型犬のほうが小型犬より寿命が短いのか。これについては、さまざまな人がさまざまな理由を考えています。その理由に関係することで、確かなのは祖先である狼よりも大きな犬種が存在するということです。狼の体長は100~160センチメートル、体重は25~50キログラムですが、犬にはこの狼の大きさを超える大型犬もあります。

 大型犬が大きいのは、人の手による育種の結果です。祖先の狼からあまりにかけ離れた大きさになった犬には、どこか無理がはたらいているのではないかと考えてしまいます。大型犬からすれば、体が大きいことも人にしくまれたものであり、割と短命であることは決して幸せなこととはいえません。しかし、だからといって大型犬がいなくなればよいという話ではありません。大きな体の犬種として確立している以上、大型犬にも未来にかけて繁栄していく保障があってしかるべきです。

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最終更新:4/23(火) 12:02

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