「今日残業して」と頼まれた時の脳科学的"断りの公式"…謝罪→理由→断りからの誠意を伝える"締めの言葉"とは

5/22 16:17 配信

プレジデントオンライン

■まじめな日本人はなぜわがままが言えないのか

 日本人はなぜ、自分の意見を言わずに他人の意見に合わせたり、顔色をうかがったりしてしまうのでしょうか。一言で言えば、「それが正しい」と経験的に感じているからです。社会人であれば会社の価値観を優先する、主婦であればママ友などのコミュニティの価値観に合わせることが正しいと思い、そうしているのです。

 一方でそれが大きな負担になっていることも事実です。本音では「自分の意見を言いたい」「自分はこうしたい」と思っている人が多いのです。にもかかわらず、その気持ちを抑圧しているために、ストレスが生じています。

 日本人が「個人より集団を優先する」のは、子どものころの経験が影響しています。子どものころから自己主張をして褒められた記憶があまりないのです。自分の感じたことを言って親に否定された経験や友達に無視された経験がネガティブな印象として記憶に残っています。これは脳の仕組みも関係しています。なかには高圧的な父親や毒母に育てられたことから、自分の感情を表に出せなくなってしまった人もいます。しかし、多くの人は否定されたことがあれば、肯定されたこともあったはずです。ただ、それが正しく認識されていません。たとえば、5回肯定されて5回否定された場合、人間の脳は7~8回は否定され、肯定されたのは2~3回だけだったと感じてしまいます。これを心理学的に認知バイアスといいます。悪い出来事のほうが記憶に残りやすいのです。

 また、日本には自分の意見を言わせる教育が浸透していません。集団の価値観に合わせられる人が優秀であり、評価されます。そのため、日本では人と外れたことをすると、いじめに遭ったりします。コロナ禍では「マスク警察」という言葉まで登場しました。みんなと違うことをすると奇異な目で見られたり、批判されたりします。子どものころの経験と、日本の社会のルールが「個人より集団を優先する」価値観をつくっているのです。

 会社も同じです。会議で意見を言う人は少数派です。自分の意見を言って波風を立てるより、ほかの人の意見に「そうですね」と迎合しているほうが問題は起きにくい、とみんなが思っています。その中で「それは違うと思います」と主張すれば、立場が危うくなります。合わせたほうが社会的に評価もされるし、精神的にも楽。自分の本音を言わないほうがいいというのが日本のコンセンサスです。

 だからこそ、日本人はわがままな人を許せないのですが、その裏返しとしてわがままな人に対し、憧れに似た感情があるのも事実です。多くの人が他人に迎合する中で、「自分の意見をズバッと言える人」「自己表現ができる人」に魅力を感じます。他の人に何と言われても自分の意見を曲げない人に意思や信念の強さを感じ、「自分もできたらいいな」と思うのは当然です。

 それでもわがままになれないのは、「心理的防衛機制」と呼ばれる心の働きがあるからです。古代ギリシャの寓話集『イソップ物語』に「酸っぱいブドウ」という物語があります。主人公のキツネは、木にブドウが実っているのを見つけますが、高いところにあってジャンプしても届きません。するとキツネは「このブドウは酸っぱくておいしくないはずだ」と言って立ち去ります。本当はそれが欲しいのですが、手に入らないから「そんなものは必要ない」と言い訳して恰好をつける心理です。心理学ではこれを「酸っぱいブドウ理論」といいます。「心理的防衛機制」は、心が傷つくことを避けるための機能で、不安やストレスを軽減するための心理メカニズムです。

 「心理的防衛機制」から抜け出さなければ、わがままにはなれません。一つの方法は“まじめ”をやめてみることです。私から見れば、日本人はまじめすぎます。まじめな人ほど、わがままな人を許せません。本当はうらやましいと思っているにもかかわらず「あいつは不まじめだ」とか「あんなふうにはなりたくない」と見下してしまいます。自分は我慢しているのに「ずるい」と感じているのです。まじめな人ほど「心理的防衛機制」が強く働いて、その心理から抜け出せなくなっています。

 この心理から解放されるためには、不まじめになればいいのです。まじめすぎる人は0・100(ゼロ・ヒャク)思考で目標が高い傾向にあります。目標が高いことは「良いこと」と思うかもしれませんが、達成できないと「自分はダメなんだ」と自己肯定感が下がってしまいます。いきなり100点の目標を立ててしまうために、70点が取れているのに「なぜできないんだ」となるのです。最初から目標を70点に設定しておけばいいのです。それで70点取れれば、「次は75点を目標にしよう」となります。

 まじめな人ほど高い目標を設定してしまうので、無理が生じて精神的に疲れてきます。するとストレスがたまって、メンタルが弱っていきます。まじめな人にメンタルが弱い人が多いのは、これが理由です。仕事にしても人間関係にしても、「70点でいい」「80点でいい」と目標を下げて、ゆるく考えられるようにすれば、ストレスをため込まないですみます。

 まじめであることを心理学では「べき思考」といいます。人は「こうあるべき」という考えを持っています。しかし、「その“べき”は本当にそうなの?」と考えてみると、そうではないことが多いのです。「べき思考」は、これまでの生活経験や家族や学校などの環境、さまざまなものから植え付けられています。もっとわがままに生きたいと思うなら、「自分らしく生きる」ことが大事です。「べき」を疑ってみる、「自分らしさは今の状態ですか?」と問いかけてみる。「四角四面でルールを守っていて楽しいの?」「そうじゃない自分もいるんじゃないの?」と考えてみることが大事です。

 なかには「まじめが自分の個性だ」と思っている人もいるでしょう。もしそうなら、毎日が楽しくてしかたないはずです。人は“自分らしさ”と違うことをすると苦しくなります。日々、ストレスを感じているとすれば、「まじめ」は「自分らしさ」ではありません。「まじめ」をやめて、もっと自分らしく生きたほうがあなたにとっていいのです。

 いまは「個性」や「自分の意見を言うこと」に価値が見いだされる社会になりつつあります。昭和の時代であれば、年功序列で終身雇用だったため、コツコツまじめに努力していると、適度に昇進し給与も上がっていきました。これからは違います。転職も普通になるでしょうし、さまざまな職場に外国人が入ってきます。成果主義で評価されるので、「まじめ」にメリットはありません。自分らしくしたほうが評価されるのです。

 自分らしくあるためには、「言いたいことを言う」練習をして、自己肯定感を高める必要があります。ただ、それを会社でいきなり実践するのは、お勧めできません。失敗したときに「おまえ何を言っているんだ」とトラブルに発展するからです。まずはプライベートや趣味、遊びの時間の中で、自分らしさを発揮することから始めてみるといいでしょう。仕事が終わってから、わがままなことをしてみてください。

 まじめな人は、わがままを言うと人に嫌われたり、嫌な思いをさせる、あるいは自分が嫌な思いをすると感じています。しかしそれは伝え方やコミュニケーションの取り方の問題です。どのようなコミュニケーションの法則にしたがえば「脱まじめ」ができるかをお伝えしましょう。

■【法則1】他人に合わせるより自分の意見を主張するほうが好かれる

 まじめな人ほど相手に気を使って、自分の意見よりも他人の意見を優先してしまいがちです。相手に申し訳ないという気持ちが勝って、自分の本音を抑えてしまうという人も多いでしょう。実は自分の意見を積極的に伝えたほうが、双方にメリットがあります。

 これを心理学で「自己開示の法則」といいます。「自己開示の法則」は、普段は言わない自分の秘密を打ち明けることで、互いに親密になれるという法則です。わかりやすいのは、恋人同士の関係です。「実は私、○○だったの」と言うと、相手は「そんなことまで相談してくれるなんて、心を許してくれているからだ」と感じて、距離が縮まります。表面的な話ばかりしていると、関係は深まりません。

 実際に自分の本音を打ち明けるには勇気が必要ですが、「自己開示の法則」を知っていれば、一歩を踏み出しやすくなります。ただし、伝え方は大事です。

 たとえば、同僚とランチに行くとき、自分の気持ちの伝え方次第で、関係がこじれることもあれば、深まることもあります。仮に相手が「イタリアンにする?」と言ったとして、それに合わせる必要はありません。ただ、「私はどうしても和食です」と言ってしまえば、相手は嫌な気分になります。私なら「そういえば、テレビで紹介されたすごい和食の店がここから3分くらいのところにあるんだけど、どう?」と言います。それなら相手も行きたくなるはずです。

 まじめな人は和食かイタリアンか、どちらを選ぶかを「0・100思考」で考えてしまいます。そうではなく、和食かイタリアンかの綱引きで、少し自分のほうにたぐり寄せるのです。テレビで紹介された和食店の話は、自分の気持ちを主張したわけではありません。単に情報を提供しただけです。そのほうが相手は受け入れやすくなりますし、相手は「この人は和食が好きなんだろうな。せっかく教えてくれたんだから和食の店にしよう」と関係が深まるかもしれません。

 人は判断材料が多いほど正しい判断ができます。しかし、判断材料が少ないと、一つの情報に結果が左右されます。仕事の判断でも同じです。AかBを選ぶときに「Aに多くのメリットがある」との情報があれば、Aに決まります。それを覆すには、Bのメリットを増やせばいいのです。あなたがB案を推したいと思うなら「私はB案です」と主張するのではなく、客観的なメリットを提供する。すると、A案を支持していた人も「それは知らなかった」とB案に引き寄せられます。自分の思うほうに引き寄せるための情報を提供するのが一番の解決法です。

 もう一つ、先に言った意見が通りやすい「アンカリング効果」も知っておくといいでしょう。会議では最初に出た意見が議論の前提となりやすく、最初の人が「反対」を表明すると、その意見に場が支配され、2人目以降の人も反対する確率が高まります。ランチのケースでも、相手が「今日は何を食べる?」と言ったとき、先に「和食がいいかな」と言えば、「じゃあ和食にしようか」となる確率が高まります。相手の意見を否定することもないので相手も不快になりません。

■【法則2】断り方の引き出しを増やすほど断り上手になる

 まじめな人はなぜ、断れないのか。それは「相手に嫌われたくない」からです。相手が上司であれば「昇進に響く」と考えるかもしれません。では、上司の頼みごとを何でも聞く便利屋が、他の人よりも早く昇進しているでしょうか。実際には少ないはずです。それはフリーランスで働いている人も同じです。実は仕事を断るほど、仕事が増えます。仕事を断る人は、それだけ人気があることを意味しますから、断ってもまた依頼が来るのです。

 断ることでデメリットを生じさせない、さらにメリットに変えるためには、断り方が大事です。「断り方の引き出し」をたくさん持っておき、相手を不快にさせないようにするのです。

 言い換えれば「言語化」の能力がポイントになります。日本人は自分の思っていることを言葉にするのがとても苦手です。上手になるには練習しかありません。まずは、小さな言語化から始めてはどうでしょうか。断るか、断らないかの0・100ではなく、伝え方の問題です。たとえば、上司に「今日残業して」と言われたときに「嫌です」と断れば、上司は嫌な気分になるでしょう。そうではなく、上手に言語化すれば問題が起きません。私は「断りの公式」を利用して言語化することを勧めています。

 断りの公式は「謝罪(感謝)+理由+断り+代替案」です。残業を頼まれたときであれば「すみません(謝罪)。選んでいただいて大変ありがとうございます(感謝)。今日は子どもと出かける約束があって(理由)、残念ながらお引き受けできません(断り)。明日の午前中でしたら終わらせることができるのですがいかがでしょうか(代替案)」と言語化します。

 断りの公式は順番も大事です。まずは「謝罪(感謝)」の言葉でクッションをはさんでから、「理由」を伝えます。その後に「断り」を述べて、「代替案」を提示するのです。これで誠意のある断り方ができます。

 上手に断るには、人生の中での「優先順位」を決めておくことも大事です。「家族」が最も大事であると考えるなら、「土日は家族と過ごす時間」とルールを決めてしまいます。上司から休日出勤を頼まれた場合には「申し訳ありませんが、土日は家族と過ごす時間にしているので」と断ります。ルールを決めておくことで、即座に断ることができます。「迷わずはっきり断る」ことが大事です。「えっと、そうですね……」と迷っていると、「そこを何とか頼むよ」と畳み込まれます。迷っているのは断る明確な理由がないからだ、と相手は思ってしまいます。すぐに断ることで「受けられない理由、意思の固さ」が相手に伝わります。そのためには、相手が不快に思わない方便をたくさん言語化しておくことも大事です。

 また、明確なルールを決めていないと、判断がブレてしまうことがあります。ケース・バイ・ケースで引き受けると、「今回だけでも」と付け込まれます。そして「今回だけ」が永遠に続くことになります。また、「Aさんの頼みは聞いたのに、俺のお願いはなぜ聞いてくれないんだ」とトラブルの種にもなります。同じルールで公平に断ることでトラブルを回避できます。

■【法則3】感情ではなく事実を伝えれば相手を不快にさせない

 「感情を上手に表に出せない」人もいますが、そもそも感情を出すのはよくありません。バカ正直に感情をそのままストレートに相手にぶつけてしまうと、トラブルのもとになります。

 やっかいなのが、まじめな人ほど「自分の気持ちを相手にわかってほしい」と思っているところ。その場合、自分の気持ちを「感情」と「事実」に分けて「事実」のみを伝えればいいのです。

 たとえば仕事で失敗して上司にひどく叱られたとき。「○○の失敗をして上司に△△と言われた」ことは事実です。これは伝えて構いません。しかし、「私は何も悪くないのに」「上司がひどすぎる」とまで言ってしまうと、感情が入ってきます。同僚であっても、それほど親しくない相手に感情をぶつけてしまっては、向こうからすれば「知らんがな」という話です。事実を伝えるだけでも「つらかったね」と察してもらうことは可能です。

 感情の部分まで伝えていいのは、ある程度の関係性ができている相手に限ります。これは「自己開示の返報性」といいますが、関係性が深い人であれば自己開示をしても許されます。

 もちろん、小さな自己開示であれば問題ありません。この場合も「言わずに我慢するか」「すべて言ってしまうか」の0・100思考で考えることに問題があるのです。たとえば、「こんなことがあったんです」と小さく自己開示してみて、相手が興味を持ってくれたり、聞いてくれる雰囲気であれば感情を出して話をしてみるのです。

■【法則4】共感上手からの頼みごとなら叶えてあげたくなる

 まじめな人からすると、わがままな人は甘え上手で上司にも可愛がられているように見えるかもしれません。あの人だけ「いい仕事を任せてもらっている」「飲みに連れて行ってもらっている」と思い、「まじめな自分は損をしている」と感じるのです。甘え上手を心理学的に言えば、「共感しやすい」のです。言い換えれば「伝え方がうまい」とも言えます。自分の願いごとを誰かに叶えてもらうことはまったく悪いことではありません。上手にコミュニケートすれば誰も嫌な気持ちになることなく、懐に入ることができます。

 関係性を深める手法の一つに「ポジティブフィードバック」(承認)があります。たとえば、「仕事もせずにお世辞ばかり言っているのに出世しやがって」と言われる人が身近にいたら、その人の会話パターンを研究してみてください。単に“よいしょ”しているだけではないはずです。おそらく上司がうまくいっていることや優れているところを上手に伝えているのです。「いいね」と思うことを言語化して伝えると、人は気持ちよくなり、こちらの意図を汲んで動いてくれます。

 内容は何でも構いません。「あの商品はよく売れましたね」と事実だけを伝えればいいのです。すると、「この人は私を見てくれている」「私のことを評価してくれている」と相手は感じます。「褒める」とか「お世辞を言う」ことに抵抗がある人は、「ポジティブフィードバック」と言い換えることで実行しやすくなるはずです。

■【法則5】同等の「お返し」より「ありがとう」だけで実は幸せ

 まじめな人は、他人から無償で与えられることが苦手です。自分だけいい想いをすることに罪悪感を覚えてしまうのです。与えてもらうたびに「ズルしているのではないか」と感じて、モヤモヤします。その気持ちを晴らすために、与えられたものと同等のものを「お返ししなければ」と感じます。しかし、その必要はありません。「ありがとう」と感謝を伝えたり、親切にするだけで十分なのです。誰かに感謝するとエンドルフィンが、親切にされた側はオキシトシンが分泌されます。いずれも幸福物質ですから、双方が幸せな気分に満たされます。これで十分な「お返し」になります。むしろ、「このくらいの恩があるから、同等のものをお返ししなきゃ」と気負うと、かえって相手にもプレッシャーを与えることにもなり、精神的に負担へとつながります。「親切」と「感謝」で幸せになるのは脳の科学的な仕組みです。

 人に親切にして「ありがとう」と言ってもらうことは、人間関係を深くするためにも有効な手段です。本来、人に親切にしてもらったら感謝する、感謝した人は別の人に親切を返して感謝される。感謝と親切はどんどん連鎖していくものです。会社であれば「親切」を「手伝う」と言い換えてもいいでしょう。チームの中で自分に与えられた役割をしっかりとこなせば「GIVE」ですし、他の人に頼られたときに力になるのも「GIVE」です。

 ※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年5月31日号)の一部を再編集したものです。



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樺沢 紫苑(かばさわ・しおん)
精神科医
作家。米・イリノイ大学への留学を経て樺沢心理学研究所を設立。YouTubeやメルマガで精神医学の情報を発信。著書に『学びを結果に変えるアウトプット大全』『精神科医が教える ストレスフリー超大全』『読書脳』ほか。
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最終更新:5/22(水) 16:17

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