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元ボクサー社長が「毎日殴る」令和のパワハラ実態 パワハラ防止法が中小に適用も効果は「未知数」

7/7 11:01 配信

東洋経済オンライン

ブラック企業という言葉が定着して久しい日本社会。ネットで検索すれば「ブラック企業の見分け方」「ハラスメントへの対応の仕方」「過去の裁判事例」などを知ることができる。一方で「ハラスメントを受けた人の、その後の人生」が詳しく語られる機会は十分に存在するだろうか。
「ハラスメントが原因でうつ病を発症した」「働くことが怖くなり、経済的に困窮した」「夢見た業界を離れたことに、後悔を募らせている」……そんな人は、決して少なくないだろう。“加害者から離れたから終わり”ではないのだ。

そこで本連載では、ハラスメント被害者のその後に焦点を当てる。多くの当事者のライフストーリーを通じて、ハラスメントがいかに有害であるかを再検討しつつ、専門家へのインタビューを交えながら考えていく。
連載1・2回目では、パワハラ被害者の支援をおこなうNPO法人POSSE代表理事の今野晴貴氏に取材を敢行、パワハラや労働問題を巡る現状を聞いた。

■中小企業では今後もパワハラが続く可能性

 ――『ハラスメント被害者の「その後」の話』と題した連載です。いじめを受けた子どものケア同様、ハラスメントを受けた大人のケアにも社会の関心がいっそう向けられるべきという思いから始まった企画です。

 今野:ごもっともな指摘です。日本の社会の今を問う、大変重要なテーマだと感じます。

 (編集補:連載に先駆けて、編集部では知人を辿っての聞き取りをおこなった。その中では、「外界と遮断された社屋に半ば軟禁されるようにして長時間労働を強いられたことで心に傷を負い、キャリアを絶たれた」という元エンジニアや、「上司から好意をもたれ、ストーカー化したことで体調を崩し退職を余儀なくされ、今なお通院中の女性」といった、当事者たちから体験談が寄せられている)

 ――今野さんは、NPO法人の代表として、多くの労働問題に関わってきた、現場の専門家です。ハラスメントをめぐる現状を伺っていければと思います。4月からパワハラ防止法が中小企業にも適用されましたが、どのような影響が考えられるでしょうか? 

 今野:結論から言うと、どこまで大々的な進歩があるかは未知数だと思っています。

 ――中小企業でのハラスメントにはどのような事案が多いのでしょうか? 

 今野:大企業と比べると、中小では直接的な暴力が多く見られます。殴る蹴る、机をひっくり返すとか、あからさまな罵倒とか。

 ――守秘義務の範囲で、具体的な事例をお話しいただけるでしょうか。

 今野:とりわけひどい例ですが、元プロボクサーの社長から日々挨拶代わりに殴られるという相談が来たことがありました。それだけでなく、会社の地下にリングがあって、ことあるごとにスパーリングさせられると。出勤直後に失神して、意識が戻ってから仕事が始まるというのが常態化していたそうです。

 ――ちょっとこれは途方もないですね。

 今野:もっと普遍的な話で言えば、そもそも労務管理をしてないところが多いです。労務管理がしっかりしていないのではなく、そもそもしていない。だからありえない長時間労働が可視化されず続いていってしまう。

■大企業は「巧妙で周到なやり方」が多い

 ――その一方で、大企業だとどういった問題が多いのでしょうか。

 今野:大企業だと世間から注目されやすいので、今挙げたようなわかりやすい例は少なくなります。その代わり非常に巧妙で周到なやり方が多くなってきます。あとやっぱりもみ消しはありますね。

 ――いくつか具体的な事例をご教示いただけますか。

 今野:たとえば、ある大企業にエンジニアとして勤務する40代の正社員の方のケース。彼は社内で率先してカーボンニュートラルのための提言をしていました。

 最先端の技術を扱う会社ということもあり、カーボンニュートラルは事業内容に直接的に関わるもので、正当性のある提案といえるかと思いますし、会社としてもコスト削減になる内容だったそうです。当時、社員の残業時間の長さが深刻化していたのもあっての提案でした。

 ところがその提案を受けた上司から「仕事が多いのが嫌なら、降格するかPIP(業務改善プログラム)を受け入れるように」と打診されたのです。

 PIPは、暗に退職を促すための手立てとして使われることもあるものです。それを受けて彼は適応障害になり休職。労働組合にも相談したが、「あなたがわがままなのではないか」と一蹴されたといいます。

 ――労働組合までも真摯に対応してくれなかったんですね。

 今野:はい。残念ながら労働組合が味方についてくれないケースも存在します。もっとあからさまなハラスメントとしては、飲み会を盛り上げるために裸で縛り上げられるといったことも、まだまだおこなわれています。

 ――いまだにそんなことがあることに驚きます。

 今野:他にも、あるゼネコンの話ですが、新入社員向けの社員寮に毎日上司が来て傍若無人な振る舞いをしていくという相談がありました。中でもひどかったのが、ある日上司が勝手に新入社員たちの部屋にセックスワーカーを手配していて、強制的にサービスを受けさせられたのだとか。

 ――それはいったいどういう意図で……? 

 今野:わからないですね。話を聞く限りは”いじり”の延長線上の何かのつもりのようでしたが。

 ――自分の身の周りでも、男性社員が宴会の余興として女性アイドルの仮装や卑猥な衣装を強制されるといった話がいくつも耳に入ります。

 今野:私が関わりを持っている方の中にもそういったケースはあります。男から男への「いじり」というのも本当に悪質ですよね。Me Too運動などの影響で、女性に向けた「これはどう考えてもアウトだろう」という事例は、まだまだ不十分ながらも少しは減ってきていると思います。その反面、男性を標的にしたセクハラについては、先程の事例のような常軌を逸したものが今でものさばっている状況です。

■団体交渉は「紙1枚で済む」

 ――ハラスメントの実態を伺ったところで、現場でどのような支援がなされているのかを伺っていければと思います。例えば、被害者から相談を受けたあと、実際に企業に訴えを起こすとき、その手段にはどのようなバリエーションがあるのか。

 今野:被害者からの相談を受けつけているNPOというと、ただ話を傾聴するようなものや、カウンセリングに近いイメージを持たれることもあります。もちろんそのようなことも大事だけれど、「泣き寝入りは嫌だ」「自分は退職するけど、後輩たちのために会社と闘いたい」という方には具体的な訴えの起こし方をお伝えしていきます。なにが被害者の心を軽くするかは人それぞれですが、心を苛んでいる問題自体を取り除くこと以上に根本的な対処はないかと思います。

 ――訴えの起こし方にはどういったものがあるのでしょうか。

 今野:企業を訴える手段として、法律上もっとも筋の通ったやり方は、労働組合に入って団体交渉を申し入れる、というものです。「そんなことをしたら角が立つ」と感じて尻込みしてしまう人は現実問題多いので、必ずしもこういった手段をとれるわけではないんですが、ただ、手続きとしてはいちばん楽です。紙1枚で済むので。

 ――そうなんですね。

 今野:それに、労組による団体交渉は憲法で認められている権利なので、非常に幅広くいろんな要求ができるんですよ。団体交渉といっても必ずしもストライキのような手段だけではなく、基本は「話し合い」ですし、書類でやりとりする場合もあります。

 相手の会社にFAX1枚送ったら、その瞬間から相手は法的に拘束されます。最終手段みたいに捉える人は多いんですが、実はいちばん効力があって簡単なやり方である場合がほとんどと言えます。

 ――ほかにはどのようなやり方があるんでしょうか。

 今野:自分1人で会社に申し入れをする、という手段を取る人も多いんですが、これは無視されたらおしまいなんです。法律上、話し合いに応じる義務がないので。だからこそ、団体交渉が有用というわけです。

 あとは、行政を間に入れて企業に話し合いの場を持つように言ってもらうというやり方もありますが、こちらも同様に無視されたらおしまいです。もちろん、訴えを起こしたことによって職場でさらに苦境に立たされるかもしれません。そういう面で腹を括らなきゃいけない部分はあるんですが、そのリスクはどのやり方でもそう変わらないのかなと。

 結局、強制力のある交渉をするには労働組合に入って団体交渉するしかないんです。そしてどの場合でもですが、交渉が決裂してなお闘い続ける意思があるのであれば、ストライキをしたり裁判で争うという形になるかと思います。

 ――こういった有効な対処法が知られていくことも、被害者の心のケアになる部分もあるかと思います。

 今野:そうですね。うまくいった実例が増えると、それに続く人も比例して増えていく。そういう意味でも、この記事の発信も重要なものになるかと思います。

■ストライキは「ほとんど勝てる」

 ――次に、ストライキについて伺います。この国ではまだまだストライキが交渉手段であるという認識自体が広まっていないように思います。法律で権利が認められた行為なのに、どこか「態度のでかいサボり」くらいに思っている人も多いのでは、という。

 今野:そうですね。最近でも、花畑牧場の従業員によるストライキが取り沙汰されました。申し上げておきたいのは、我々の関わるものだけでも月に数件ペースでありますし、ストは何も珍しいものではないんだということと、やればけっこう勝てますということです。

 ――「けっこう勝てる」くらいのものなんですね。

 今野:適切に準備をしていれば、効果は絶大です。私たちが関わったものに限って言えば、ストを起こしても要求が通らないということはほとんどなかったと言っていいレベルです。それくらい権利が認められた行為だということは知られてほしいですね。

 ただ、スト自体はそれなりに勝率が高いと言えると思うのですが、ストをやるところまで労働者たちが団結し、意思を統一するのはそれなりに難しいかと思います。

 ―― ストはどういった業態で多いのでしょうか。

 今野:今、私たちが関わっているものはほとんどがケアワークですね。介護、保育などの領域です。悪質な経営者によって無理な労働条件を強いられることが多発していること、またサービスの質の低下によって利用者に悪影響が出ることに対して見過ごせないと従業員が申し立てをするというケースも多いと言えます。

■第三者にできることとは? 

 ――今後、われわれはハラスメント被害者へのインタビューを進めていきます。被害に遭った方とのやりとりにあたって、POSSEで意識されているのはどんなことでしょうか。

 今野:……難しいですね。

 ――単一の正解はないとは思うのですが。

 今野:1つ言えるのは、あくまで支援者として「適度な距離」を保つということでしょうか。人間関係を深くしすぎると、相手からの期待も高まり、認識の齟齬の余地も大きくなってしまうことがあります。中でも、方向性をこちらから強く指し示さず、あくまで情報提供を中心にして、それを元に身の振り方を判断してもらうことに徹するというのは意識しています。労働運動では昔から「代行主義」といって、被害者を運動関係者が代弁することが弊害として指摘されてきました。ハラスメント被害や、メンタルヘルス疾患を伴う場合には、より注意が必要だと思います。

 ――この連載ではハラスメント被害者だけではなく、その周囲の人々(友人、パートナー、家族など)にも焦点を当てていきたいと考えています。今のお話は、「ハラスメント被害者と接する第三者」にも役立つ視点だと思いますが、ほかにはどんなことがありますか? 

 今野:「しんどくなったらあそこに電話してみたら」という情報を、早い段階で周知しあってほしいですね。

 私たちのようなNPOや行政の施策に繋がることができたケースは、いざというときに頼るべき場所としてもともと私たちやその他の機関のことを知っていたというケースが非常に多いんです。情報が頭の片隅にあって、キツくなったときにそれを思い出して連絡をくれるというのが少なくないのです。

 というのも、いざ追い詰められてから地力で情報収集をしたり、ゼロから一気にいろんなことを把握しようとしたりしても、なかなかのみ込めないわけです。「そんなこと言ったって明日また6時から出勤だし」となってしまう。

 ――NPOや福祉サービスの存在を伝えることだけでも、ケアになりうると。

 今野:あとは、身近な方の「最近ちょっと様子が違うな」というサインを見逃さないようにしてほしいということ。おかしくなっていく兆しってあると思うんです。

 被害を受けている人は頑なになってしまって、話しても通じないことも多いかと思いますが、まめに連絡を取っておいて、根気強く付き合って、今なら通じるなという時を見計らって相談窓口へ向かう背中を押す。相談窓口より前の段階では、我々が直接関わりを持つことはできませんから。

■「個人の問題」にしてはいけない

 ――そう思うと、第三者が果たす役割はやはり大きいですね。

 今野:そうですね。それに関連して言うと、ハラスメントを個人の問題に矮小化して、社会の問題なんだという認識が抜け落ちると、根本的な解決に向かっていかない、というのは大事な考え方だと思います。

 ミクロな認識も大事なんですが、私たち人間は社会的な承認を求めているので、「自分が受けた仕打ちは、社会的に非難されることなんだ」ということが身近な人との会話の中で証明されるのが一番大事であり、「個人がうまく適応できなかった」という話にしてはいけないんです。

 私は Yahoo! ニュースのニュース個人という枠で連載をさせていただいていますが、その記事を読んでエンパワーされたと言ってくださる人もいます。社会にこういう記事があるということ、情報が共有されていること自体が効力を持つ。人それぞれにできる社会との関わり方があるのだと思います。

 誰かがストライキをする、誰かがそれを報道する、それを誰かが読んで後押しされ、さらに次のストが生まれる、という好循環を作っていくのが大事だと思います。

 必要なのは社会と切り離さないケア。自分がされた仕打ちは社会的に正当ではないんだ、と証明されることが何よりの回復の手がかりになると思います。

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最終更新:7/7(木) 11:01

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