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「がんの終末期は苦しいのか」調査でわかった実態 がんがもたらす苦痛は大きく4つに分類される

7/5 9:01 配信

東洋経済オンライン

病気になる。しかも、それががんのような重い病気だったとしたら――。病気や治療に対する不安な気持ちや、うつうつとしたやりきれなさを抱える、そんながん患者に寄り添ってくれるのが、精神腫瘍医という存在です。
これまで4000人を超えるがん患者や家族と向き合ってきたがんと心の専門家が、“病気やがんと向き合う心の作り方”を教えます。今回のテーマは「がんの終末期は苦しいのか」です。
 私の外来(腫瘍精神科)に通っておられるAさん(54・男性)は、大腸がんの化学療法を定期的に受けています。

 ある日の診察で、Aさんは穏やかな表情で、「今体調は安定して仕事や趣味の時間も持てていて、元気に過ごしています」と話されました。しかし、その後少し表情が曇り、「しかし、これからのことを考えるととても不安になります」とおっしゃるのです。

 心配されているのはどういうことですか?  と伺うと、「私にとって、死は怖くありません。そのときまで精一杯生きられれば、悔いはないと思っています。しかし、死に至るまでに痛みで苦しむのではないか?  このことを考えると夜も眠れないぐらい不安になることがあります」と話されました。

■死の直前は痛みで苦しむのか

 がんによる療養生活というと、みなさんはどのようなものを想像するでしょうか?  今でも「壮絶な闘病生活」などと報道されることもあり、苦しみに満ちたイメージを持つ方も少なくはないでしょう。

 しかし、私が実際の患者さんの診察現場で感じるものは、これとは異なります。

 患者さんとご家族、友人、医療者との間には温かい人間的な交流があり、病室では笑顔が見られ、笑い声が聞こえることもあります。さまざまな苦悩はもちろんありますが、必ずしも陰湿なものばかりではないのです。

 昔のがんの終末期では、確かにそういった面がありましたが、今は違います。 いたずらに「怖い」というイメージを広めることは、不要な不安や恐怖を患者さんやご家族にもたらしてしまいます。だからこそ、がんに伴う苦痛の内容やその程度、対処法を正しく理解し、恐れすぎずにいることが大切になります。

 がんによる苦痛の内容は多岐にわたります。

 近代ホスピスの生みの親であるイギリスの医師D.C.ソンダースは、がんによる苦痛を理解しやすくするために、その内容を4つに分類しました。それは、①身体的苦痛、②精神的苦痛、③社会的苦痛、④実存的(スピリチュアル)な苦痛です(下の図)。

 この4つが相まって、全人的な苦痛を体験するのです。

■生きる意味を失うことの苦痛

 精神的苦痛と社会的な苦痛、実存的な苦痛の境目はわかりにくいかもしれませんが、ユダヤ人強制収容所での実体験を描いた『夜と霧』で有名な、オーストリアの医師で心理学者のヴィクトール・フランクルによると、実存的な苦痛とは、「その人の精神が健全に機能していたとしても抱く、生きる意味を失うことへの苦しみ」と述べています。

 たとえば、ある人ががんによって仕事を失えば、それは社会的苦痛に分類されますが、そのことで生きがいを失い、生きる意味を感じられなくなれば、それは実存的な苦痛です。そして、その結果うつ状態に精神が陥れば、精神的な苦痛が生じている、ということになります。

 4つの苦痛のなかで、まず多くの方がイメージするのは、痛みなどの身体的苦痛でしょう。身体的苦痛は主に、大きくなったがんによって組織がダメージを受けることで起こったり、がんが神経を触ることで起こったりします。

 このような耐え難い身体的苦痛に襲われると、その苦しみにほとんどの意識が向かい、別のことは考えられなくなります。身体的苦痛が適度に緩和されて初めて、精神的、社会的、実存的といった人間らしい苦悩と向き合うことができるともいえます。

 多くのがん患者さんが、自分は将来、身体的な痛みで苦しむのではないかということを、とても恐れます。そして、冒頭のAさんのように、死にまつわる不安が語られるときに、死そのものより、そこに至る過程を恐れているという方が、実は多いのです。

 「予期不安」という言葉があるように、 不安という感情は情報が少なくて不確実であるほど大きくなります。なので、私は患者さんが身体的苦痛についての不安を語られるときには、ネガティブな情報も含め、きちんと現状をお伝えするようにします。

 Aさんに対しても、私は次のように話しました。

 「多くの人が、死ぬまでの過程において苦しむのではないかということを心配します。しかし、これは“壮絶ながんとの闘病生活”などと書き立てられた頃の、昔のイメージを引きずっている可能性があります。

 私は20年以上がん医療の現場にいますけれど、この間にがんの治療だけでなく、痛みなどの苦痛を取る技術も大きく進歩しました。昔は痛み止めの麻薬といえばモルヒネしかありませんでしたが、今はたくさんの痛み止めが開発され、治療手段は広がりました」

 医療者の痛みに対するとらえ方が「がまんするもの」から「緩和させるもの」へと変わり、鎮痛技術も進歩しました。昔は痛みがあるのが当然のように思われていましたが、今はAさんのようにきちんとした診療を受けている方であれば、耐え難い痛みを経験しないほうが普通だと感じます。

■「苦痛少なく過ごせた」は約4割

 しかし、一部の人は身体的苦痛が十分に緩和されず、苦しい思いをしていることも実態としてあります。

国立がん研究センターがん対策研究所が行った、がん患者さんのご遺族を対象とした調査(「患者さんが亡くなる前に利用した医療や療養生活に関する実態調査」)の最新版(2020調査)がついこの間、発表されました。

 それによると、患者さんをかたわらで見ていたご遺族のうち、「患者本人が身体的苦痛が少なく過ごせた」と回答した割合は、半数以下の41.5%でした。一方、「亡くなる前に耐え難い強い痛みを感じていた」と回答した割合は、28.7%でした。

 痛みの感じ方は人によって違い、また心の状態にも左右されます。ある人にとって中程度の痛みが、別の人にとっては耐え難い痛みとなることもあります。 また、耐え難い痛みを感じている人のなかには、症状を訴えられない人や、対応してもらえる医療につながっていないケースもあります。

 ですので、Aさんはつらいときに、体の苦痛を取ってくれる信頼できる緩和ケアの専門医と連携をとっておくと、苦しむ可能性をかなり低くできると思います。

 痛みの緩和については、こんな調査もあります。

聖隷三方原病院(静岡県浜松市)緩和支持治療科の森雅紀部長、国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)緩和医療科の三浦智史科長らが行った、全国の緩和ケアの病棟に入院した患者さんを対象とした調査「緩和ケア病棟に入院された患者さんに関する調査結果」です。

 これは、緩和ケア病棟に入院したことで、どれだけ痛みを取ることができたかを見ているものですが、中程度から強い痛みを感じている患者さんの割合は、非小細胞肺がんで34%→7%、大腸がんで39%→19%、胃がんで38%→16%と、入院時より亡くなる前のほうが減っているという結果が得られています。

 それでも痛みを感じている方の割合は0ではないので、絶対大丈夫とは言えないかもしれません。専門家でも和らげることが難しい痛みが、やはりあるのだと思います。

 それでは、万が一病気が進行して耐え難い苦しみが生じた場合、どうすればいいか。そのときは「苦痛緩和のための鎮静」という眠る状態を作って、苦しみを感じなくする方法があります。

 Aさんが「苦痛緩和のための鎮静」を行うかどうかは本人の希望次第ですが、少なくとも耐え難い体の苦痛から逃れる手段はある、ということはお伝えできます。

 真剣に私の説明に聞き入っていたAさんは、「具体的な説明を聞いて少し安心できました。絶対に大丈夫とは言えないけど、体の苦痛を取る医療をきちんと受けられるように、考えていきます」と答えられました。

■がんで死ぬのは悪くないのか? 

 この記事を読んで、100%の安心が得られたわけではないことは重々承知しています。ただ、いたずらに恐ろしいイメージを持ち、情報不足から過大な不安や恐怖を感じている方も多いのです。具体的な情報を知ることができれば、地域のサポート体制などに関して、早めに情報収集するなどの行動をとることができますし、心の準備もできます。

 繰り返しになりますが、私がさまざまな患者さんを看取った経験からイメージするがんの療養生活や終末期は、決して陰鬱なものではないということです。

 私だけではありません。私が国立がんセンター東病院で研修したときの恩師、海老原敏院長(当時)は、「がんで死ぬのは悪いことではない」と公言され、私の同僚の医師たちの多くが、この意見に賛同していました。

 ぽっくり逝く死に方に比べて、がんは死を迎えるまでに時間があります。苦しむ可能性はゼロではありませんが、それを上回るメリットとして、大切な人ときちんとお別れができるなど、死を迎える準備のための時間が与えられ、納得のいくかたちで人生を終えられます。

 今後は、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルな苦痛についてもお話ししていきます。

東洋経済オンライン

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最終更新:7/7(木) 14:08

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