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戦後77年の今だからこそ「ナチス映画」が持つ意義

7/3 15:01 配信

東洋経済オンライン

日本において、ヒトラー、ナチスに関連した映画や書籍が相次いで発表されている。いったい、なぜこれほどまでに関心が寄せられているのだろうか。そして、われわれはこれらをどのように観るべきなのだろうか。
『ナチス映画史ーヒトラーと戦争はどう描かれてきたのかー』から一部を抜粋してお届けする。

第1回:今の日本で「ナチス映画」が大量に公開される背景(6月13日配信)

第2回:16歳の原節子が出演した「ナチス出資映画」の中身(6月26日配信)

■ナチス映画の「面白さ」と「価値」

 ここまで「ヒトラー・ナチス映画」の年代別の系譜、ジャンルや国別での特色や代表作を見てきた。戦後75年という時間を経ていまだに数多くの作品が作り続けられていることも書いてきた。

 これらの作品は商業映画である限り一定のニーズが無ければ成立しないのだが、そのニーズの源泉は、要は金を払って観るにたる「面白さ」(興味深く引き込むこと=Interest)と「観るべき価値」があるかどうかということだろう。次の8点に集約できると思う。

 ①被害者たる無辜のユダヤ人と加害者のヒトラー、ナチス、ドイツ軍という絶対的な悪役がおり、これに対して正義の軍隊である連合軍とレジスタンス、良心的な反ナチの市民がいる。わかりやすい構図である。

 ②①の正義と悪だけに収斂できない、さまざまな立場の人たちのさまざまな葛藤がある。SSやゲシュタポの中にも自らの行いに疑問を抱く人々もいる。ナチスに心酔している独軍兵士もいれば、反逆者となってもヒトラーを殺そうという軍人がいる。

 ドイツ国内、占領下の国の一般市民の中にも反ナチと親ナチがいる。ナチスの行いを知ろうとする人、目をつむる人がいる。ユダヤ人を匿う人もいれば密告する人もいる。

 ユダヤ人自身においても、収容所で生き残るためにナチスの手先となり同胞を虐待する人、脱走してナチスの所業を世に伝えようという人、闘って復讐しようという人もいる。

 ③これらさまざまな葛藤を持つ人々のドラマが、欧州大陸全域、広大な一つながりの空間のなかで、例外なく入り混じって展開される。敵と味方、加害者と被害者、立場や思想の異なる人同士は遠い場所にいるのではなく、すぐ隣にいるのだ。こうして必然的に国境を超えた共同製作の作品も多くなる。

 ④前線で戦う兵士に限らずすべての人々が、自分の行いが自分や愛する人々の命を危険にさらす狭間で生きている。今現在安泰でも、何らかの判断を誤れば即座に逮捕され、処刑される。このような切迫感は、今日の民主的な社会では一部の国家や地域を除けば考えられない。

 ⑤関連映画の多くは実話に基づいている。第二次大戦では、600万人のユダヤ人が虐殺され、数千万人が戦場等で命を落とし、数億、十数億の人々が巻き込まれて平穏な日常を失った。愛する人との永遠の別れがあり、奇跡的な再会もあった。罪を犯しながら赤道を越え逃げ延びる者と、これを追う者がいる。無数の、作り物ではない真の人間の歴史がある。

 ⑥以上のような要素を持ったストーリーやシチュエーションは、フィクションでは説得力を持って構築することは難しいが、関連映画ではそれができる。スリル、サスペンスを交えて描くことができる。戦争映画では、スペクタクルの見せ場も作れる。自分が感情移入した人が救われ、憎むべき人が滅ぶと気持ちがいい。

 ⑦人間には怖いもの、恐ろしいものを見てみたいという欲求がある。自分の知らない外国の事物や歴史を学びたいという知的欲求もある。温かな情愛に触れて癒されたいという思いもある。関連映画はこれらの願いを叶えてくれる。

 ⑧人種差別による殺人や虐待、国と国との戦争はあってはならないと皆が願っている。関連映画を観ることは、なぜあのようなことが起こったのかを改めて考えるきっかけとなる。今を生きる我々が亡くなった人を追悼し、彼等のために果たすべき責務である。なぜ、今も新たな作品が生まれるのか。

■戦後70年でナチス映画が増えてきた理由

 本稿を書いている2022年は、1939年の第二次大戦勃発から83年、1945年の終結から77年目の年である。終戦の年20歳だった青年が97歳、5歳の子供も82歳の老人となっている。戦争の記憶は間違いなく失われていくのである。

 人間は忘却の生き物だと言われるが、ナチスによるユダヤ人の虐殺や非人道的な行為、第二次大戦の悲劇を忘れてならないことは言うまでもない。関連映画が作り続けられるゆえんは、まずはそこにある。

 ところで、本書で触れてきたように、第二次大戦からおよそ70年の節目である2010年ごろから、欧米において「ヒトラー・ナチス映画」が数多く作られることになった。

 そこには以下のような背景があると思う。

 ①第二次大戦の関係者が高齢化し、亡くなっていって「タブー」とされてきた歴史的事実の映画化が可能になった。「ヴェルディヴ事件」を、その実行者がフランスの官憲であることを含めてリアルに再現した一連の作品がその代表例だ。

■第二次世界大戦が「歴史」化した

 ②同様に、第二次大戦が歴史となり、映画の題材として積極的に取り扱われるようになった。『帰ってきたヒトラー』や、2本連続して作られたハイドリヒ暗殺もの、ロシア製のゲーム要素のある娯楽戦争映画などもこれにあたる。元々、ホロコーストの悲劇や第二次大戦中のエピソードは商業映画の題材として多くの人を引き付ける力がある。

 ③2010年代、特に欧州において右翼勢力が伸長した。ドイツの「ドイツのための選択肢」、オーストリアの「オーストリア自由党」、フランスでは「国民戦線(現・国民連合)」などが国政選挙、地方選挙、大統領選挙等で躍進した。

 アメリカでも2016年から2020まで排外主義的なトランプが大統領を務め、日本においても右翼的な性格を持つ第二次安倍政権が長期間続いた(2012年~2020年)。このような保守、右翼、国家主義的勢力の拡大に対する危機感から、かつてのナチスの行いを顧みる関連映画が多く製作され、リベラルな立場の観客がこれを求めたと言えるだろう。

 同時にグローバリゼーションの潮流の中で、各国の共同製作も増えていった。日本においても、これだけ多数の外国製ヒトラー・ナチス映画が輸入され、公開されていることは特筆に値することである。

 ④戦争や紛争は地球上のどこかで起こり続けている。異なる人種や民族というただそれだけの理由で他人を憎み、攻撃するレイシズムは厳然として存在する。障がいを持つ人、性的マイノリティなどへの差別は今もある。

 関連映画で描かれることは遠い昔のことではない。

 戦争や差別の記憶を留め、振り返り、今より一歩でも、平和・平等であらゆる人々が暮らしやすい世界に進むために、「ヒトラー・ナチス映画」は今日的な存在価値を持つのである。

東洋経済オンライン

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最終更新:7/3(日) 15:01

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