IDでもっと便利に新規取得

ログイン

日本縦断1万キロ構想も発表、歩いて大自然の素晴らしさを実感できる「ロングトレイル」に熱視線

6/28 13:01 配信

東洋経済オンライン

 コロナ禍で山歩きやキャンプなど密を避けられ、ストレス解消になるアウトドア人気が高まった。週末の人気キャンプ場は予約が取りにくい状況で、身近な低山もハイキングを楽しむ老若男女で賑わいを見せている。

 そうした中、6月16日、日本ロングトレイル協会が安藤スポーツ・食文化振興財団の支援を受けて日本列島を縦断する約1万キロのルートを歩いて縦断する「ジャパントレイル」構想を発表した。

 ロングトレイルは歩いて大自然の素晴らしさを実感する旅のために整備された道のことで、アメリカではアパラチアン山脈沿いに14州を歩く「アパラチアン・トレイル」が有名だ。1937年開通というから85年の歴史がある。ここを舞台にした映画「ロング・トレイル!」は年老いたロバート・レッドフォードが友人と挑む物語で、これは一見の価値がある。

■構想の全貌が垣間見える

 日本ではまだなじみが薄いが、ここ10年ほどの間に全国各地にコースが整備されてきている。今回の発表では、日本ロングトレイル協会に加盟している約30の運営団体が手がけるトレイルと、国の長距離自然歩道、登山道、既存の散策路などを活用した、沖縄から北海道まで全長約1万キロの「JAPAN TRAIL®」構想と、その第一次ルート(暫定)がウェブサイトに公開された。現在、公表した第一次ルートの約50%については全区間歩行可能な状況を確認済みで、今後、完成度をあげていくという。

 同協会のサイトには、「世界自然遺産 奄美トレイル」「浅間・八ヶ岳パノラマトレイル」「みちのく潮風トレイル」「ニセコアラウンドロングパス」など、全国各地の魅力的なコースが多数紹介されている。

 日本ロングトレイル協会は、今回の発表にあたって「近年、自然の中を歩くロングトレイルが注目を集め、全国各地で整備や計画が進んでいます。国内外の大勢のハイカーが訪れ、健康と自然志向のニーズを満たすとともに、地域観光の活性化にも大きく寄与しています」としている。

 山頂を目指す登山とは違い、海沿いの道や牧草地、里山のあぜ道などバリエーションに富んだルートを気ままに歩く旅。道中は各地のおいしいグルメを楽しむこともできる。温泉もある。アフターコロナに向け、魅力的なルートが知られるようになれば、人々の関心を集めそうだ。

 さて、実際のロングトレイルはどんなものなのか。ピンとこない読者が多いと思うので、筆者の体験談を報告しよう。6年前の夏、北海道の「北根室ランチウェイ」(現在は閉鎖)を走破したときの体験談をベースに、ロングトレイルの魅力に触れてみたい。

 中標津町交通センターから弟子屈町のJR釧網線美留和駅に至る全長71.4キロの北根室ランチウェイは、酪農家の方が2005年に酪農仲間ら有志7人で整備を始め、2011年に全コースが開通した。牧場、格子状防風林、沢、丘陵地方、山、湖、農園と道東の大自然の中を一本のトレイルが続いていく。北根室ランチウェイのランチ(Ranch)は大牧場のこと。実際、大牧場の中の道を進むコースが多い。

 全部で6つのステージがあり、牧草地や登山道などを2泊3日で歩き通す。初日は、羽田空港から中標津空港に向かい、中標津町内のキャンプ場でテント泊。翌朝からのスタートに備えた。セイコーマートで購入したジンギスカンをコッヘルで温めて夕食。サッポロクラシック(ビール)を飲んで早めにテントに入って寝たのだが、ファスナーが開いていたのか、夜中に蚊に頭を数カ所刺され、あまりの痒さに目覚める。あいにくの出だしとなってしまった。

ロングトレイル1日目
 第1ステージ:中標津町交通センターから開陽台(14.7キロ)

 朝食を済ませ、テントを撤収し、スタート地点へ向かう。重さ15キロ超のザックを背負っての歩き旅が始まった。公園内の散策路を抜けて、牧場を通り、カラマツの格子状防風林の中を歩く。木に囲まれた道の先にシカがたたずんで、こちらの様子をうかがっている。立ち止まってスマホで撮影。歩き始めると、シカは林の奥へ消えていった。

 防風林を抜け、今度はまっすぐの砂利道を進む。この道が長い。丘の上に開陽台の建物が見えてきたが、ザックの重さがこたえ足取りは重い。汗が出てくる。ようやくのことで開陽台に到着し、ひと休みした後、展望台に登って景色を楽しむ。広大な牧草地と防風林のコントラストに眼を奪われる。そして海の向こうに北方領土・国後島の姿を確認。「こんなに近いんだ」と痛感し、複雑な気持ちになる。

 第2ステージ:開陽台からレストラン牧舎(9.9キロ)

 町営牧場を通るチップが敷き詰められた遊歩道を進む。やがてマンパスという木でできたゲートをすり抜けて林道に入る。小さな川を石づたいに渡る。牧場脇の斜面を登り、振り返れば開陽台と武佐岳がくっきり見える。牧草地の脇をのんびり歩き、しばらく行くとランチウェイの標識の横に熊よけの鈴が設置されている。「熊にあなたが来たことを教えるためカネを鳴らしましょう」と書いてあるので、思いっきり鳴らす。頼むから出てこないでくれ! 

 その後、新たなマンパスを越えて牧場内の道を進む。牛がのんびりと草を食んでいる。牧場を抜けると再び川の渡渉。こうした行程の繰り返しだ。前方に木立が見えてきた。標識には「ここからランニングOK」の文字。平坦な草の道が林に向かっている。林を抜け、さらに牧場脇の道を進む。次の防風林を越えると、今日の宿がある農場にたどり着いた。この日の走破距離は25キロ弱。いやあ、よく歩いた。朝7時半に歩き始め、農場に着いたのは16時過ぎ。結構な運動量である。

 農場内をオーナーに案内していただく。サイロを改装して造った版画美術館には牛をモチーフにした木版画や、山を描いた油絵などが展示されている。外の庭には木や薪をあしらったオブジェも。酪農文化を昇華させた芸術世界を楽しむ。夜はオーナーと、農場で作品を制作している東京芸大OBの芸術家と3人で焼肉を楽しみながら酒盛りで歓談。濃厚な夜が更けていく。

ロングトレイル2日目
 第3ステージ:レストラン牧舎から養老牛温泉(8.9キロ)

 朝、オーナーから搾りたての牛乳をいただく。「少し温めて飲むといいですよ」とのアドバイスに従い、ちょっとだけ加熱して飲む。ふくよかな味とピュアな甘みが広がる。生涯で最高の味だった。

 農場を流れる川にかかる板の橋を越えて、2日目のトレイルをスタートした。牧草地をひたすら歩く。ときおり牛たちと目が合う。立派な体躯に圧倒される。やがて砂利道に変わり、そこに巨大な排泄物を発見した。木の実が混ざっている。熊の糞だろうか。鈴を鳴らしながらの歩行が続く。

 道は養老牛温泉に向かう車道に沿って開墾されたルートになる。車道を歩かないで済むように造成してくれたものだ。頭が下がる。養老牛温泉は、映画『男はつらいよ』や『釣りバカ日誌』のロケ地になった。その看板や記念碑を撮影してひと休み。

 第4ステージ:養老牛温泉から西別岳山小屋(17.4キロ)

 養老牛温泉の先に楽しみがあった。秘境の「からまつの湯」。パウシベツ川沿いにある無料の露天風呂だ。源泉を川の水で温度調節している。さっそく浸からせていただく。せせらぎの音をBGMに開放感たっぷりで、最高の野天風呂を独り占めだ(2021年に事故が発生し、現在は閉鎖中)。

 温泉でさっぱりした後、再び歩き始める。モアン山という山の麓の丘陵地帯に差し掛かる。あまりにもいい景色なので、トレイルの脇に腰をおろしてランチタイム。弁当を食べ、コーヒーを淹れてくつろぐ。そのとき、放牧地になっている丘陵地帯にいた牛の群れの先頭にいた一頭が丘を駆け下り始めた。すると残りの牛も後に続いていく。

 ランチタイムを終えてトレイルを歩き始めると、牛の群れが迫ってくるではないか。まさか、唯一の人間を目指して来ているのか。気になりながらも歩いていくと、牛たちは目の前までやって来た。そして数頭が柵ぎりぎりまでやってきて、こちらをにらみつける。

 柵の間から鼻先をだしている牛もいる。その数十数頭。進行方向の道に沿ってこちらに顔を向けているのだ。「まあ、まあ、落ち着いて。何もしないからさあ」と穏やかなふりをして牛たちをなだめながら、ゆっくりと進む。彼らの息遣いが荒いように感じる。思いもよらぬ“歓待”にビビりながらも、辛うじてその場を通過。しばらくしても「モー、モー」という鳴声が聞こえていた(後に地元の方に話をうかがうと先頭の牛がボスで、偶然見つけた筆者に興味をもって近づいただけだろうとのことだった)。

 危機を脱出し、沼のほとりを巡って最後の長いダート道に入る。「西別林道 延長3413m」という標識があった。この間、誰ともすれ違わない。熊との遭遇を避けるために鈴を鳴らしたり、歌ったりしながら進み、この日のゴール・西別岳山小屋に着いたのは17時半だった。行動時間10時間、歩行距離26.3キロ。

 山小屋は2階建てのログハウス。薪ストーブも備えられた充実した施設で、20人以上泊まれそうな広さだ。管理人がいるとのことだったが、平日のためか無人だった。ガスも水道も電気もないから、ランタンの灯と持参したガスバーナー、水、食料で一晩を過ごす。夜になると風が強まり、木々が揺れ、軋んだ音をたてる。周囲10キロ圏内に人家はない。

 空は雲に覆われ、月明かりもない。静寂のなかでときおり動物、鳥の鳴声が響く。ウイスキーをあおって寝ようとするが眼が冴えて眠れない。山小屋独り泊の心細さを存分に味わう羽目になった。

ロングトレイル3日目
 第5ステージ:西別岳山小屋から摩周湖第一展望台(13.9㎞)

 このトレイルで唯一の登山コースだ。スタートは朝8時。歩き始めは快調に進んだが、途中の急坂で気力が萎えてきた。歩けど歩けど坂が続く。荷物の重さに肩が悲鳴を上げる。天気もイマイチ。ガスが出てきた。気分転換に休憩にする。

 コーヒーを沸かし、ゆっくりと一服。そういえば、きのう農場を出てから、養老牛温泉で人を見かけただけで、誰とも話をしていない。コミュニケーションをとったのは牛だけか。しかも、ここへきてスマホの充電器の電池も切れかかっている。いやはや。長い人生、そんなこともあるさ。

 苦行のような登りを励ましてくれたのが高山植物の数々。健気に咲く花を見て、パワーをもらう。西別岳山頂(799m)に着いたのは10時半。晴れていれば摩周湖を見下ろせるのだが、あいにくのガスで眺望はゼロ。先に進もう。ここからは快適な道が続く。途中、摩周岳との分岐で休憩。のんびりとくつろいでいると、摩周岳の方から欧米人のカップルがやって来て、「ハロー」と挨拶を交わす。カップルは足早に摩周湖第一展望台方面に去っていった。

 ダケカンバの林の中の小道を進み、分岐から1キロほど歩いたころ、ガスが少しずつ晴れてきた。摩周湖を見下ろせるポイントだが、下はまだ見えない。さらに進むと、天候がどんどん回復し、ついに木立の間から神秘的な湖面が見え始めてきた。思わず布施明の「霧の摩周湖」を口ずさむ。ここでスマホは完全に充電切れ。電池もアウト。慎重に行くしかない。

 小鳥のさえずりと花に癒されながら30分ほど歩いてようやく摩周湖第一展望台に到着。売店で冷えたビールを購入。うまい! 

 第6ステージ:摩周湖第一展望台から釧網本線美留和駅(6.6キロ)

 観光客でにぎわう展望台を後にして、釧網本線の美留和駅を目指す。コースの入り口近くに「熊出没注意」の看板。里山を下っていく。途中、きれいな小川が流れていて、蛙が石の上にじっとしている。下りが終わると林道に入る。草地にいたシカが、こちらに気づいて驚いて林の奥に逃げ込む。

 林道の先にゲートが見えてきた。ゲートをくぐると、広大な農地が広がり、大型の作業車が羽を広げるようにしてスプリンクラーから何かを噴出している。水だろうか薬剤なのだろうか分からない。とにかく規模が大きすぎる。これが北海道の農業か。

 やがて民家があらわれてきた。どこかの家の犬に吠えられながら、先を急ぐ。ついに舗道が出てきた。駅は近い。コンテナタイプの美留和駅に着いたのは17時50分。この日の活動時間はほぼ10時間、歩行距離は20.5キロだった。

 以上が筆者のロングトレイル体験記である。かなりの強行軍で、荷物も多かったが、非日常感は表現しきれないものがあった。2泊3日の行程で自分自身と向き合い、体力と気力の限界に挑む貴重な体験となった。紹介した「北根室ランチウェイ」はルート設定を手掛けてきたメンバーの高齢化などで、残念ながら2020年に閉鎖となってしまったが、外国人を含め年間3000人ほどが訪れる人気トレイルだった。

 普通にロングトレイルを楽しむのであれば、設定コースの一部を歩くだけで十分である。全国各地に整備されつつある絶景ルートを、好きな時季に気の合う仲間と気ままに楽しむ。それがアフターコロナのアウトドアの新しいスタイルになるかもしれない。もちろん無理は禁物。ただ入念な事前準備と慎重な行動を心がけて一歩を踏み出せば、その先には未知の魅力が待っている。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:6/28(火) 13:01

東洋経済オンライン

投資信託ランキング

Yahoo!ファイナンスから投資信託の取引が可能に

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング