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独居で在宅ケア、50代男性「今がいい」の深い意味 「思うように最期を過ごす」とはどういうことか

6/26 13:01 配信

東洋経済オンライン

コロナ禍で病院での面会が制限されていることなどを背景に、需要の高まりを見せている在宅ケア。家での療養生活を支えるのが、患者宅を訪問して診療を行う在宅医などだ。これまで800人を超える患者を在宅で看取り、「最期まで自宅で過ごしたい」という患者の希望を叶えてきた中村明澄医師(向日葵クリニック院長)が、若い人たちにも知ってもらいたい“在宅ケアのいま”を伝える本シリーズ。
3回目は、在宅だからこそ叶えられた過ごし方を、実例をもとに解説する。いざという時に自分だったらどう過ごしたいか――、ぜひ考えてみてほしい。

 千葉県在住の男性、Aさん(53)。心不全を患い、治療のために入院していた病院を退院するタイミングで、私が在宅医として担当することになりました。

 Aさんは一人暮らし。料理人として長く働いてきた経験があり、食べることと料理することが大好きな人でした。

 病気がわかってからも料理人の仕事を続けながら、塩分など食事制限があるなかで、自分で食べたいものをいろいろ工夫して作って、食べられていたようです。時々、食べすぎたり、無理をして働きすぎてしまうことで症状が悪化し、入院することになったようでした。

■入院中は食べたいものが食べられない

 そんなAさんですから、入院中は食事に対するストレスが相当大きかったといいます。多くの人にとって、食事は楽しみの1つ。「食べたいものを食べたい」という欲求はごく自然なものですが、入院生活となるとそれがなかなか叶いにくい現実があります。

 Aさんの場合には、「食べたいものが食べたいときに食べられない」というストレスに加え、「自分で料理ができない」ということも大きなストレスになっていたようでした。

 入院生活から自宅に戻ったAさんは、退院直後に餃子を50個作って食べたことを嬉しそうに話してくれました。最初は10個だけのつもりが、また10個、また10個……と増え、気づけば50個をペロリと食べてしまっていたとか。それでも塩分を考えて、塩やしょうゆを控えたAさん仕様の餃子だといいます。「やっと家に帰ってこられた」「やっぱり家がいい」と、ニコニコしながら話していた姿を思い出します。

 塩分に注意しなくてはいけない時期にもかかわらず、ファストフードの塩分過多なハンバーガーやフライドポテトを美味しそうに頬張っていたこともあります。

 これは入院ではありえないことですが、余命が限られているなかで、本人がそうしたいと願うことなら、食べたいものを好きに食べることや、お酒やタバコを楽しむことも、1つの大切な選択だと私は思います。

 それによって寿命が縮まるリスクや、症状が辛くなるリスクを十分に理解した上で、食べることが大好きな方が「食べたい」と望むなら食べる、タバコを吸いたい方がいたらタバコを吸う。本人がそのリスクを理解したうえで、「それでも」と望むことなら叶えてあげたいと思うのです。

■本人の希望を叶えることも仕事の1つ

 そのときは、家族からも理解が得られるように努力します。また家族がそれを認めたことで後悔しないように努めることも、私の仕事です。希望を叶えることで生まれるリスクを患者さん本人にしっかり理解してもらい、家族の理解も得ながら、本人の希望を大切にしていく。

 なぜなら、死期が近づくなかで本人の望みを叶えるお手伝いをすることも、私たち在宅ケアに携わる者の務めだと思うからです。

 終末期における在宅医療では、入院とほぼ変わらない治療を行うことができます。ただ、Aさんが患っていた心不全という病気に限っては、治療に必要な設備などの関係から、病院のほうが明らかにレベルの高い治療を受けられます。ですから、心不全で改善する見込みがある場合には、私も病院での治療を強くすすめます。

 しかしAさんは、「もう絶対に病院には帰らない」と固く心に決めていました。それを聞いて、私たちも最後まで最大限にサポートしようと決意しました。

 心不全の終末期に、心臓の働きを支える注射薬が必要な患者さんで、在宅療養を選ばれる方はかなり少数です。Aさんが入院していた病院でも、こうした患者さんを在宅医に移行するのは初めてのことで、私自身も心臓の注射薬を使いながら、心不全の患者さんを看取ったのは、Aさんが初めての経験でした。

 独居ですから、体が動けない状態で1人で過ごすことは何かと大変です。それでも、日に日に体が弱りながら、ベッドの周りに食べ物をたくさん置いて、「やっぱり家が気楽でいい」としみじみつぶやいていたAさん。「何か困っていることはない?」と聞くと、「うん、何にもない」と満足気な表情を浮かべます。寝たきりで不自由な生活ではあるのですが、心底「今がいい」と実感しているような表情を、今でも思い出します。

 病を抱えて独居というと、つい「かわいそう」「1人で大丈夫なの?」と心配してしまいがちですが、家族がいないことを不自由と思うか、自由と思うかは人それぞれ。自ら1人の生活を選び、自由に生きてきたAさんにとって、最期まで1人で思い通りに過ごすことがとても自然なことのように思えました。

 自分が過ごしたいように過ごす――。在宅療養の大きなメリットが、この自由に過ごせることにあると思います。

 病院は治療が主体となる場所であるがゆえに、入院生活には何かと制約がつきます。ですが「病気と付き合っていく」という場合や、「治療によって治る見込みがない」という段階に入った場合には、たとえ一人暮らしであっても在宅療養を選択肢に入れてもいいと感じています。

■自宅で亡くなる人が昨年より3万人増

 厚生労働省の人口動態調査によれば、2020年に「自宅で亡くなった人」は約21万6千人と、前の年から一気に3万人も増加しています。これはコロナの感染拡大で、家族が面会できなくなったことから、自宅での看取りを望む人が増えたためだとみられています。

 実際に私のクリニックでも、コロナ禍になって以降、在宅での看取りが1.3倍に増えました。いざというときに面会できるかできないかという制約が、人に与える影響はこんなにも大きいものなのだと実感しています。

 在宅療養中に、思い切ってやりたいことを実現させた人もいます。末期がんだった男性Bさん(55)もその1人。約2カ月の在宅療養生活でしたが、在宅ケアが始まって1カ月後に、長年ファンだった演歌歌手のコンサートに行くことができました。

 人気歌手なだけあり、コンサートのチケットは毎回争奪戦で、ようやく抽選に当たって手にした念願の機会です。夫婦揃って演歌歌手のファンだというBさん宅には、歌手の写真がびっしり貼られ、どれだけ筋金入りのファンなのかは一目瞭然です。生活空間というのは想像以上に雄弁で、私たちも患者さん宅にお邪魔することで、さまざまな情報が得られるのです。

 当たった直後は大喜びだったBさんですが、少し冷静になると「こんな体でコンサートには行けるはずがない」と諦めモードになっていました。Bさん夫婦が抽選に当たってどれだけ喜んだかを知っていた私は、「自費の看護サービスを使えば、私たちもサポートすることができるので行きましょう」と背中を押しました。

 保険適用となる医療や看護のサービスには制限があり、こうしたコンサートの外出への付き添いなどは自己負担となります。私のクリニックでは、自費の看護サービスは1時間につき8000円。この時はコンサート会場までの移動を含め、トータルで4時間程度の外出でした。

 お金はかかりますが、特に余命が限られたなかでは、きっとそれ以上のものを得られる経験だと思ったので、お節介だと思いながらも「行くべき」だと背中を押したのです。

■念願のコンサートへ「夢が叶った」

 普段は杖をついて移動しているBさんですが、コンサート当日は車いすを使い、鼻から酸素をつけてスタンバイ。主催者には事前に事情を伝え、会場では車いすでも通れるルートを案内してもらいました。

 看護師1人が観客席まで同行し、コンサート中は会場外のロビーで待機。何かがあったらすぐに駆けつけられる体制です。Bさん夫婦はコンサートを心から楽しまれたようで、「夢が叶った」と満面の笑みで話されていました。Bさんが息を引き取ったのは、コンサートから1カ月後のことでした。

 のちに奥さまからいただいた手紙に、コンサートに行けたのは「まさに奇跡」とありましたが、あのときに思い切って行動することができて、本当によかったと思います。

 患者さん本人や家族が「もし何かがあったら」と考えて躊躇してしまうとき、医療者がそばにいるという安心感によって、願いを実現させられることがあります。たとえ「こんな状態なら難しいかもしれない」と思うことでも、本人が希望することであれば、なるべく実現させるための手助けをすることも、私たちの大事な仕事です。

 そうした意味でも、患者さんの“本当のニーズ”を引き出すことは、在宅医の仕事の中で特に重要だと感じています。

 例えば「入院したい」という患者さんでも、「本当は家にいたいけれど、家族に迷惑をかけてしまいそうだから、“入院したい”と言ったほうがいいはずだ」と判断してしまう人もいます。家族も本心に気づかないまま、「私たちがサポートするのでは足りず、家で過ごすのが不安なのだ」とショックを受けたりする。家族だからこそ、互いに気を使って本心に蓋をしてしまうことが少なくないのです。

 そうしたときも、私たちの出番。互いの気持ちをきちんと聞いて、場合によっては間に入って、時間をかけてコミュニケーションを重ねます。それだけ最後をどう過ごすか、本人の希望をどう実現させられるかは、大切なことだと思うからです。

 限られた時間を家で過ごすと決めたからには、その時間をできるだけ豊かに心地よく過ごしてほしいと願っています。結果的に、それが満足のいく最期につながると確信しているからです。

 (構成:ライター・松岡かすみ)

東洋経済オンライン

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最終更新:6/26(日) 13:01

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