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アニメ界の異才・湯浅政明氏が抱く切実な危機感

5/28 12:31 配信

東洋経済オンライン

日本の伝統芸能の1つ、能楽。それがまだ「猿楽能」と呼ばれていた南北朝~室町時代を舞台にしたアニメーション映画『犬王』が、5月28日に公開される。
原作は古川日出男の小説『平家物語 犬王の巻』(河出文庫刊)。主人公の犬王は、歴史の教科書にも出てくる観阿弥・世阿弥と人気を二分した実在の能楽師だが、今ではほとんどその名を知られていない。その犬王が、友人の琵琶法師・友魚(ともな)とともに能楽師としてスターダムを駆け上がり、そして歴史から忘れ去られていく様を描いたのが本作だ。

見どころといえるのが、犬王が催す猿楽の興行の描写だ。襟を正して幽玄の世界を静かに鑑賞する現在の能楽のイメージとは異なり、作品中では現代の人気ポップスターが催すライブ・パフォーマンスかのように描かれている。
監督を務めたのが、テレビアニメ「四畳半神話大系」「映像研には手を出すな!」やアニメ映画『夜は短し歩けよ乙女』『夜明け告げるルーのうた』などの作品で知られる湯浅政明氏。自由で躍動感あふれる斬新な映像表現が国内外で高い評価を得ており、アヌシー国際アニメーション映画祭のクリスタル賞(グランプリ)、日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞などの受賞実績も多い。

そんな湯浅氏に激変する市場環境の中で、同氏がアニメーション制作にかける思いを聞いた。

■能楽師は「ポップスター」だった

 ――『犬王』では、能楽の前身である猿楽の興行がまるでロックフェスのように熱狂的なものとして描かれています。現在のかしこまった「お能」のイメージとは随分異なりますね。

 当時の人々にとって、能楽師は今でいうポップスターと変わらない存在だったのだと思います。中でも犬王は観阿弥と人気を争い、その後の世阿弥にも影響を与えました。

 実際、『太平記』という資料には能(田楽)を見た民衆が熱狂しすぎて観客席が倒壊してしまった、という記述もあるほど人気があったようです。

 興行の様子も、今とは随分様子が異なったようで、舞いのスピードは今の3倍速かったといわれています。飛んだり跳ねたりのダンス、サーカスのように棒の上に人が乗って踊ったりする雑技団のようなパフォーマンスなど、かなり派手なことをやっていたことが知られています。

 それを現代のアニメとしてどう表現するかを考えたとき、正確に描こうとしたら当時の音楽がどんなものであったのかを少ない情報から探っていかなくてはならず、(現代映画のエンターテインメントの楽曲として)観客に訴える形にするのは、なかなか難しい。

 では、現代人が熱狂したロックミュージックとして表現してみたら面白いんじゃないか。そう考えたわけです。

 ――本作では、武士や貴族ではなく、当時の社会の周縁にあった人々が活躍します。犬王は人間離れした「異形」の姿で生まれて一族からのけものにされており、その友人の琵琶法師、友魚は盲目です。ほかにも、壁を塗る職人、中世のハンセン病患者と見られる頭巾をかぶった人などが至る所に登場します。

 当時のいわゆるアーティストは、社会の下層から出てきた人が多く、言い方を変えれば、彼らが上に行くためには芸能者や職人になるしか手がなかった。

 社会的な身分は変わらずとも、下層から上りつめた人がいたことの象徴として、今回犬王と友魚を描きました。そして、同じような立場の人たちが彼らを応援していく。物語の始めに「犬王」と書かれたつぎはぎだらけの垂れ幕が出てくるのですが、これは彼らを応援するこうした人々が必死で布を持ち寄って作った、という設定なんです。

 ただ、南北朝が統一されて室町幕府ができると、絵巻物などの当時の資料からこうした下層の人々が描かれなくなっていきます。

 さらに犬王が作った能は後世に残らず、能楽の創始者として知られるのは観阿弥です。琵琶法師が語る『平家物語』も、もともとは数々の異本がありましたが、「覚一本」(かくいちぼん)が正当とされ、物語に出てくる犬王と友魚の『平家』は異端なものとして排除されてしまったんです。

 こうして「いなかったこと」にされた人をアニメーションという形でもう一度描きたい、描くことに意味がある、と思いました。

■メインストリームにはなれなかった人々を描きたい

 ――「いなかったこと」にされた人々を描く意味、ですか。

 当時のメインストリームにはなれなかった側の人々を描くことで、自分と意見が合わない人のことを理解できるような世の中になればいいな、という思いがあります。犬王や友魚のように、歴史に名が残らなくてもお互いに生き方を理解し合える人がいればいいんだろうな、と。

 今はすぐ「これはつまらない」「この人はダメだ」とマルかバツかでジャッジしがちですよね。でも、本来その間があっていいはずだ。相手が自分と違っていてすぐには理解できなくても、「こういうことなのかな」と自分で腑に落ちるところまで考える、肯定的に考えてみることは、大変なことである一方で面白くもあるはずです。

 ――動画配信サービス上で、世界中からアニメにアクセスできるようになったこともあり、アニメは今やグローバルなエンターテインメントになっています。湯浅監督もネットフリックスでの配信作品を手掛けていますが、こうした視聴環境の変化が制作に影響を与える部分はありますか。

 (アニメが好きな人が多いといわれる)フランスですら、ここ数年でやっと「アニメ=子供向け」という先入観が薄れ、子ども向けではないアニメが観られるようになってきました。

 とくに昔と異なるのは、世界中で同じコンテンツを観るようになったということ。観ている人の感覚も、日本と海外でそう開きはないように感じています。

 ただ、海外ではまだアニメはアニメファンが見るものだという意識も根強い。もっと広い層の人に、世界中で観てもらえるようになれば、そこまでメジャー路線ではない企画でも、各国で少しずつ観られることでペイできるようになっていくと思います。そうすれば、こちらとしても、もっと幅広い企画で勝負できる。

 そのために、まずは動画配信などで「結果」を出せるといいのですが。

 ――2020年3月に、ご自身が立ち上げられたアニメ制作会社のサイエンスSARUの社長を退きました。現在は、どのような活動をされているのでしょうか。

 ちょっとお休みしようと思って。とはいっても、忙しくしているのですが。

 アニメに限らず、いろいろなことを自分の中に蓄えたいというのもあるし、近年アニメが作りにくい環境になっている所が多くあるとも思うので、もっとうまくやる仕組みを作る必要がある。そのための準備をしたり、自分にもっと知識をつけなくてはいけない。

 (アニメを視聴する)媒体が増えてきた中で、どういう作品をどういう形で出していくのか、もうちょっと自分なりの戦略も持ちたいと考えています。

■地道な仕事の魅力を伝えたい

 ――「作りにくい環境」というのは。

 日の当たる役割の、アニメ監督や脚本、プロデューサーになりたいという人は多い。ただ、(一見目立たない)動画や仕上げ、調整役などにもエキスパートは必要だし、重要な役割です。

 しかし、これまでアニメ業界は作り手の熱意に頼りすぎることがあって、貢献に対して対価が少ないなどの問題から、きちんとした技術や責任感を持つ人が減っています。さらにいえば、作品に対する熱意も減っていて、それが、現場責任者の大きな負担になっていると思います。それを把握している人が少ないし、皆自分の環境をより良くすることで精一杯なのではないでしょうか。

 貢献に対する明快な個別の評価、負担が偏らないシステムがあるといいと思います。また、地道な仕事の魅力を伝えていくことができればなぁ、と。

 ――コロナ禍の追い風もありアニメ市場は活況ですが、業界の隅々までその恩恵が行き渡っていないのですね。

 アニメが儲かるようになって(制作の予算が)高くなったからといって、いい作品ができているかというと、僕はそうは思いません。狡猾に立ち回ることだけでより利益を得られるようなシステムでは、必死に作品を支えようとしているクリエーターは疲弊するばかりです。

 どこかが(制作システムの改善を)やった方がいいと思うし、上手くやっている所はすでにできているのかもしれません。しかし、自分が見聞きしている現場では、現状監督として作品を作り続けるのは結構厳しいだろうな、と感じています。もし自分がやるときは、何かしらの取り組みをしていくつもりです。

東洋経済オンライン

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最終更新:5/28(土) 12:31

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