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「経済的弱者は自己責任」論争の知られてない本質、新自由主義者は「助ける必要ない」とは言ってない

5/28 12:01 配信

東洋経済オンライン

弱者になるって、自己責任?  なんでもかんでも全部、新自由主義が悪いのか? 
人間誰しも、簡単に、答えを求めたいところ。だが、それではたしていいのか。
もはや「マジックワード」と化した、言葉と概念を、最近刊行されたばかりの『〈学問〉の取扱説明書』(改訂第二版)から、もう一度じっくり考えてみたい。

安易なレッテルに流されず、「考える」ことを放棄しないための基本レッスン。現代思想の紹介や丁寧なテクスト分析でも定評のある仲正昌樹氏が、大学4年生(♂)と博士課程に在籍する自称“高学歴ワーキングプア”(♀)の質問に答える問答形式で、学問の基本やそのツボを伝授します。

前回:格差を語る人なら絶対押さえたい「共感」の要点(5月9日配信)
前々回:格差を語る人に必ず知ってほしいマルクスの思想(4月22日配信)

■自己責任論とニート・フリーター

 ♀:経済的弱者ってどうなってしまうのですか?  弱者は自己責任なんですかね……? 

 仲正昌樹(以下、仲正):そういう場合の「自己責任」って、どういう意味でしょうか? 

 「自己責任」というのは文字どおりに取れば、「自分のしたことに対して、自分で責任を取ること」を意味するはずですが、「弱者であることに対して責任を取れ」なんて言っている人いますか? 

 「新自由主義は、弱者に自己責任を押し付ける」という言い方をする人がいますが、政治家や財界人、経済学者で「弱者は自己責任だ」なんて言っている人を見たことありますか?  新自由主義批判の人が言っているほど、「自己責任」という言葉は、権力者や企業家の側からは使われていませんよ。

 この言葉の使い方については、「『自己責任』って一体何なんだ?」(『諸君!』2009年1月号)という文章で論じたので、詳しくはそちらを見てほしいのですが、いわゆる新自由主義者たちが自己責任という言葉を使うのは主として、「自己責任で、市場での競争に参加すべきだ」という文脈においてです。

 具体的には、護送船団方式を廃して各企業が自己責任で経営判断すべきだとか、各人が自己責任で起業する精神を持つべきだとか、各人が自己責任で自分の資産を運用すべきだとかいった場合ですね。自己責任でやって失敗したら、他人のせいにできない、ということにはなりますが、だからといって、現在、「弱い立場」にある人、フリーターとかワーキングプアの人が自己責任でそうなった、ということにはならないでしょう。

 「新自由主義者は、ワーキングプアとかフリーターとかニートなどは、自己責任で現在の状態に陥ったので、助ける必要はないと言っている」というのは、ネオリベ批判の人が類推で言っているにすぎず、新自由主義者と名指しされている人たちが、「弱者は自己責任で弱者になった」と言っているわけではありません。どうもそこを勘違いして、意味のない批判をやっている人が多すぎます。

■普通のおじさんが新自由主義者? 

 ♂:でも、ニートやフリーターの若者が増えているのは、現代の若者が夢ばかり追っているからだとか、こらえ性がないからだとか思っている年配の人が多いと言われていますよね。

 仲正:それは、昔からある「今時の若者は……」という話でしょう。そういうことを言っている普通のおじさんが新自由主義者ですか?  自分の娘や息子ならいざ知らず、メディアで報道されるよその若者の状況に対して冷たいのは、ありがちの話でしょう。別に、新自由主義の影響など受けなくても、若者が職を見つけられないのは自業自得だと何となく思うものじゃないですかねぇ。

 ♂しかし、新自由主義のおかげでそういう冷たい風潮が蔓延している、とは言えませんか? 

 仲正:それって、言ってしまえば「新自由主義」には洗脳効果がある、という話ですね。政府や大企業のトップが新自由主義的な精神で政策を実行したり、企業を経営したりしたとします。でも、だからといって、その影響で普通の会社員の間にも新自由主義的なメンタリティが浸透した、というのはあまりにも大ざっぱで、論証のしようがない話です。かなり粗悪な疎外論ですよ。

 その辺のおじさんやおばさんが、「ニートになるのは自業自得(=自己責任)だ」と漠然と言っているのが事実だとしても、それ、単に無関心なので適当に言っているだけなのか、新自由主義イデオロギーに洗脳されているせいなのか、あるいは、古い日本的な勤勉道徳を反映しているのか……。どうとでも解釈できます。

 ♀:では、ニートやフリーターが増えていることと、新自由主義はまったく関係ないんです
か? 

■断定してしまうのは飛躍

 仲正:確かに新自由主義者と批判派から名指しされている人には、自己責任による市場への参入を推奨する傾向と、福祉予算などを削減して「小さな政府」にしていこうとする傾向とがありますので、その2つが合わさると、「市場での競争に負けた人たちを、セイフティネットもなしに、放り出してもいいのか?」という推論的反感が働くのかもしれません。そのように推測することが全くもって不当だとは言いません。

 ですが、だからといって、現在、その新自由主義者たちが、「経済的に弱者になっている人たちは、自業自得なので放っておくべきだ」という考え方を持っていると断定してしまうのは飛躍でしょう。新自由主義者が他人の生き方に関心を持って、価値評価しているというのは不自然ですし、新自由主義者が口を揃えて、福祉は不要だと言っているわけでもない。はっきり言っているとしたら、ラディカルなリバタリアンの学者や思想家くらいです。

 「小さい政府を良しとし、市場を重視する新自由主義的な発想を進めていくと、結果的に市場での競争に勝てない人にしわ寄せがいきすぎる。新自由主義路線を進めている人たちも、もう少し弱者の立場に立って考えるべきだ」という程度の控え目な主張なら、それほどおかしくないと思います。これと、「新自由主義者は、弱者を自己責任の論理で切り捨て、消耗品として使い捨てようとしている」という疎外論的な主張とは全然違いますよ。そこを混同している人が多すぎる。

 ♂:すみません。まだ、どう違うのかよく分からないんですけど……。

 仲正:つまり後者の、過剰に疎外論的なレトリックを使う主張だと、新自由主義者なるものの心の中を勝手に想像し、そこに新自由主義的な世界観、社会の設計図のようなものがあると想定し、社会の中でのあらゆる負の現象がそれに基づいて起こっているかのように説明しようとする陰謀論的な見方に通じます。秋葉原での無差別殺傷事件は、新自由主義的な自己責任の論理のひずみによって生み出された、というようなかんじですね。

 貧乏人や障害者が事件を起こすたびに、弱者を放り出してしまう新自由主義の必然的な帰結だと言う。いろんな事件が起こって、体感治安が悪化して、監視カメラの設置など、治安対策が強化されると、「まさに新自由主義者の狙い通りになっている」と言う。

■望ましくないことにはどれも複雑な経緯がある

 世の中にはいろいろ望ましくないことが生じていますが、個別に見ると、どれもかなり複雑な経緯をたどって生じてきているわけで、それら全てが、新自由主義的な世界改造計画のようなものに沿って動いているかのような言い方をしても、何にもなりません。全ての負の現象を生みだしている、悪の究極実体などないのですから。

 若者の「自己責任」の問題に話を戻しますと、正社員になりたくてもなれなかったり、職が全然なくてニートになったりするまでの間に、いろいろな人生の選択があったはずです。極端なことを言うと、大麻を栽培したり、重大な交通事故や障害事件を起こしたりして、警察に捕まって大学を退学になり、まともなところに就職できなかった若者でも、新自由主義の犠牲者になるんですかね?  

 やる気が出ないので大学の授業に全然出なくて、留年を繰り返し、まともな企業に採用してもらえなかった若者は、どうですか?  それほど極端な例ではなくても、自分が負の帰結を回避するために本気で努力をしたら、もっといい職に就ける可能性があった、という人は多いと思います。また、フリーターの生き方がやっぱりいいという人もいるでしょう。その人のそれまでの生き方を全体的に検証しないと、自業自得でそうなっているのか、それとも誰から見ても気の毒な犠牲者なのか分かりようがありませんよね。

東洋経済オンライン

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最終更新:5/28(土) 12:01

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