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「大切な人の死」を意識した患者家族がすべきこと 「第2の患者」として医療やケアが必要なことも

5/26 14:01 配信

東洋経済オンライン

病気になる。しかも、それががんのような重い病気だったとしたら――。病気や治療に対する不安な気持ちや、うつうつとしたやりきれなさを抱える、そんながん患者に寄り添ってくれるのが、精神腫瘍医という存在です。
これまで4000人を超えるがん患者や家族と向き合ってきたがんと心の専門家が、“病気やがんと向き合う心の作り方”を教えます。今回のテーマは「家族の心理~大切なひとが病気になったとき~」です。
 家族ががんにかかったときの家族の心理的苦痛は、患者さん本人と同じか、むしろ大きい傾向があることが、多くの科学的な研究で示されています。そのため、がん患者の家族は「第2の患者」ともいわれ、さまざまな立場の人たちから、「ケアを受けてください」という強いメッセージが出されています。

 私が所属しているがん研有明病院の腫瘍精神科でも、ご家族もお気軽に受診くださいと呼びかけています。しかし、実際に受診される家族はごく一部です。

 ケアが必要な人たちなのに、なかなかつながらないのはなぜか。それは、ご家族は精神的苦痛を抱えていても、それを心の奥底に押し込め、患者さんご本人のケアに専念しようと頑張る傾向があるからです。

■患者のケアで精神的に疲弊することも

 ただ、それはとても大変なことですし、悪い影響も出ることもあります。たとえば、ご自身が精神的に疲弊しすぎて患者さんのケアに支障が生じたり、周囲が心配してしまったり、などです。そこで、今回はがん患者のご家族の心理について、焦点をあててみることにします。

 下田義男さん(56歳)と美穂さん(48歳。ともに仮名)は、とても仲のよいご夫婦。普段は美穂さんが物事を決めるのですが、いざというとき、美穂さんは義男さんを頼るというような間柄でした。

 ある日のこと。義男さんは便に血のようなものが混ざっていることに気づきます。大腸内視鏡検査を受けた結果、大腸がんが見つかりました。肝臓への転移も複数あったことから、手術での根治は難しい状況でした。

 告知を受けたとき、比較的冷静な義男さんに対し、美穂さんはとても取り乱した様子でした。しかし、時間が経つなかで整理がついたのか、前向きな気持ちになり、「病気を一緒に克服しよう」と決意したそうです。

 義男さんは定期的に抗がん剤の治療を受けることになりました。美穂さんは病気の改善によいといわれる栄養に関する情報などを集め、3度の食事は工夫を凝らして準備したそうです。ほかにも、体によいといわれることはなんでも取り入れようとしました。

 義男さんは美穂さんが提案する数々の工夫について、本当にがんに効果があるのか半信半疑でしたが、妻の気が済めばと、おおむね意見に従っていました。ただ、朝昼晩のご飯が玄米になったときはさすがに閉口して、「2日に1日は普通の米にしてくれ」と抵抗したといいます。

 告知からしばらくは治療も順調で、がんの進行が抑えられていましたが、1年半経った外来で、担当医から次のように告げられます。

 「肝臓の転移が少し大きくなっている兆候があります。腫瘍マーカーもあくまでも参考値ですが、値が上がっている傾向です。現在の抗がん剤に耐性ができて、効果が乏しくなってきている可能性があります」

 同席していた美穂さんはとても不安な表情で、「これからどうしたらいいのでしょうか?」と聞くと、担当医は、「別の抗がん剤に変更してみましょう」と提案したうえで、こう返しました。

 「今までのように十分にがんの勢いを抑えられる可能性もあります。ただ、抗がん剤は元気な細胞にもダメージを与えるので、まだ先のことかもしれませんが、いずれ使用しないほうがよい状況がやってきます。そのときにどうするか、今後のことも少しずつ考えていきましょう」

 義男さんもさすがにその言葉にショックを受けていましたが、美穂さんはそれ以上に狼狽しているように見えました。そして、徐々に呼吸が荒くなり、過呼吸の発作を起こして倒れたのです。

■がん患者の家族が置かれる「2つの立場」

 大切な人が病気になったとき、家族には2つの立場があります。1つは、「予期悲嘆」を抱え、苦悩を持つ人(第2の患者)という側面。もう1つは、患者さんをケアする人としての側面です(下図)。

 予期悲嘆とは、「自分にとって大切な存在と、そう遠くない時期に別れなければならないかもしれないと意識したときに現れるさまざまな反応のこと」をいいます。

 この予期悲嘆について、あえて考えないようにしているご家族が少なくありません。

 「この人がいなくなるかもしれないという、不吉なことを考えることは不謹慎」と、自身の思考を押し込めてしまうからです。さらに、「誰より大変なのは本人なのだから、自分は弱音を吐いてはいけない」などと、自分に鞭を打ちながらケアに専念しようとする家族もいます。

 ところが、病状の進行などで、その人がいなくなるという考えが否定できなくなった場合、家族はその気持ちを抑えきれなくなります。その結果、予期悲嘆が強まって、美穂さんのようにさまざまな反応が起こったり、感情があふれ出たりするのです。

■初めて心のつらさを訴えることができた

 美穂さんの過呼吸は血圧や酸素状態に問題はなかったので、しばらく病院のベッドで休んでもらうと、10分ほどで回復しました。しかし、付き添っていた看護師が「大丈夫ですか?」と声をかけると、泣き出してこう訴えたのです。

 「ぜったい治す。病気に負けないって頑張ってきたのに。なんでこうなってしまうの。あの人を私から奪わないで」

 看護師は彼女の背中をさすりながら、感情が落ち着くのを待ちました。美穂さんはこのとき初めてずっと押し込めていた「苦悩している人」という側面を解放し、心のつらさを訴えることができたのです。

 大切な人との関係性のことを、心理学では「愛着」といいます。愛着は生きるうえでなくてはならないもので、大切な人は”安全基地”のような存在かもしれません。

 そのため、人生の安全基地でもある大切な人を失うことへの不安は、「子どもが親とはぐれて迷子になったときの、とてつもない心細さ」に通じるともいわれています。

 私自身も、小さいころにデパートのおもちゃ売り場で1人遊んでいたとき、時間になっても誰も迎えに来てくれず、とてつもない不安からパニックを起こし、店員さんが全館放送をかけてくれたことがありました。大切な家族が死につながる可能性のある病気になるということは、それほどの大きな衝撃を与えるのです。

 愛着とは、母と子の関係に見られる心の結び付きであり、母親が子どもに感じる、自分を頼ってくれるいとおしさでもあります。その愛着の関係も成長していくにつれて形を変え、家族や兄弟、親しい友人、恋人や配偶者に対して愛着を感じるようになっていきます。

 なかでも配偶者に精神的に頼り、相手がいないと自分自身が立ち行かないと感じている人の場合は、愛着の対象である大切な人を失えば、この社会を1人で渡っていくことになります。その人がいない世界を生きていく、とてつもない心細さやさみしさ、悲しみと向き合わなければなりません。

 それでは、大切な人ががんになり、そしてがんが進行していったとき、家族はどうしたらよいでしょうか。

 気持ちがすぐ楽になるような簡単な解決方法ではありませんが、少なくとも現実を否定することではなく、「正しく傷つく」ことからはじめる必要があります。

 がんが治ってほしいということを願うとともに、「この人はいなくなってしまうかもしれない」という考えを押し込めるのではなく、不安や悲しみといった感情にふたをせずに考えて対応するのです。

■必ずしも気持ちを保とうとしなくてもいい

 私はよく患者さんやご家族から、「気持ちを保てなくなることが心配だけど、どうしたらよいか?」という質問をいただくことがあります。

 それに対して、「受け入れがたいことが起きたとき、気持ちを保とうとしなくてもよいのです。怒りや悲しみ、不安などの感情も大切な役割があり、感情のおもむくままに過ごせば、心はどこかにたどり着くのです」とお答えします。

 たとえば、怒りは自分を守るための感情ですし、悲しみは心の傷をいやす役割があります。これらの感情の助けを借りながら、大切な人との時間を大切に過ごすことで、一緒に精いっぱい生きたという感覚を持てるようになります。

 そうすれば、“そのとき”が来たとしても最初はさみしさでいっぱいかもしれませんが、大切な人との想い出を胸に、再び新たな人生を歩みだすことができるのです。

東洋経済オンライン

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最終更新:5/26(木) 14:01

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