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36歳女性「おばあちゃん」と呼ばれ幸せを感じる訳

5/22 14:01 配信

東洋経済オンライン

 苗字が変わるくらいなら法律婚はしたくない、お互いの子どもへの配慮で相続権が発生しない形で一緒に住みたい、法律に縛られず愛情だけを絆にして結婚生活を送りたい……。「事実婚」と一口に言ってもその理由や内情はさまざまだ。澤田真央さん(仮名、36歳)も事実婚を選んだ一人。パートナーは17歳年上の明夫さんだ 。

 「主人とは30歳のときに仕事先で知り合いました。その直後に私の母が自殺し、2カ月後に交際を始め、ほどなく半同棲を開始。父は年の差がある主人との交際に断固反対で、亡くなるまで認めてくれませんでした。父が亡くなって空き家となった私の実家は事故物件で買い手がなく、将来のことも考えて解体し、新たに新居を建てて一昨年から2人で暮らしています」

 真央さんは大変な過去を淡々と話してくれる。ボブカット姿で雛人形のように見える可愛らしい女性だ。事実婚のパートナーを「主人」と呼ぶあたりに古風な価値観も伺える。

■ヤングケアラーだった真央さん

 大企業の出世コースにのっていた父親と専業主婦の母親の間で一人娘として不自由なく育った真央さん。しかし、中学生時代から母親のそううつ病(双極性障害)が悪化。単身赴任生活の父親に代わり、自分がずっと介護をしてきたと振り返る。今でいうヤングケアラーだったのだ。

 「ほかの子たちのようには自分の時間は持てませんでした。その母が60歳で命を絶ち、父も5年後に心筋梗塞で倒れて亡くなった状態で見つかりました。持病があったのにお酒を飲み続けて亡くなったのは、連れ合いがいなくなって会社も定年退職して精神的にガクッときたからだと思います。

 そのときの私の正直な感想は、『やっと終わったな』というものでした。もちろん、寂しさはあります。でも、病を抱えたまま老いていく両親の姿を見たくない、という気持ちもあったのは事実です。肩の荷が下りた気がしました」

 そんな真央さんは食品会社の正社員として営業を担当している。営業先で知り合ったのが明夫さんだ。

 「毎日のように営業に行く私に主人が率先して商品を買ってくれました。私がお酒好きなのを知ってからは、珍しい日本酒やワインをプレゼントしてくれたり。でも、主人はヤクザみたいな外見のイカツイ肉体派で、女性にも積極的です。私は爽やかで穏やかな男性がタイプなのですが……。

 最初はガツガツとしつこいなと思っていたのですが、私は優しくされるとついほれちゃう性格です。3回目に食事に行った後に『オレを彼氏だと思ってくれていい』と言われて交際が始まりました」

■明夫さんは2回の離婚を経験

 現場関連の仕事をしている明夫さんは過去2回の離婚を経験している。1回目の結婚で生まれた息子はすでに30歳を超えていて、2人の子どもがいる。明夫さんにとっては孫たちだ。2回目は水商売の女性と結ばれたが相手の浮気で別れた。しかし、その前妻は離婚後も何かにつけて明夫さんを頼り、来るもの拒まずの明夫さんはそのたびに前妻と会って面倒をみてあげている。

 「もちろん、私は面白くありません。でも、主人は束縛されることが嫌いなので、あまりうるさく言うと家を出ていきそうな雰囲気があります。主人を独占したい内心を抑えて、受け入れるしかないのかなと思っています。けじめはつけてもらいますけど……」

 真央さんの家で一緒に暮らし始めてからは明夫さんと前妻が会う回数は「年に数回程度」に減ったようだ。それでも明夫さんは前妻と交流を断つ気はなく、むしろ真央さんと会わせたがっている。みんな仲よく、というわけだ。

 一方の真央さんも法律婚へのこだわりがない。苗字は明夫さんが「澤田」になってもいいと言ってくれているが、相続を考えると少し迷いがあるのだ。真央さんの父親はかなりの財産を遺してくれた。もし明夫さんよりも先に自分が死んだら、明夫さんを経て彼の息子がその財産を手にすることになる。

 その息子夫婦は年が近い真央さんにこだわりなく接してくれている。相続を視野に入れているわけではなさそうだ。

 「子どもたちに私のことを『おばあちゃんだよ。ババって呼びなさい』と教えてくれたりします。そう言ってくれると血がつながっていない私も大切な息子と孫だと思えるようになりました。若い頃は母親の介護で明け暮れましたが、結婚してみたら息子だけでなく孫までできたんです。人生がギュッと凝縮して、36歳にしてある意味では余生を過ごしています。

 主人は運動と仕事で体力づくりと健康管理を徹底しているので、しばらくは介護の心配もありません。私はこれからが働き盛り。こんなにラッキーなことはない、と考えられるようになったのも明るい主人の影響です」

 中学生時代から母親の世話をする「大人」にならざるをえなかった真央さん。周囲からも「落ち着いている」と称されることが多い。しかし、たまには自分も甘えたい気持ちはある。その点では学生時代から8年間も付き合った末に別れた同級生は幼く頼りなく見えたのかもしれない。

 「彼が結婚して子どもが欲しいと言ったのも別れた理由の1つです。私は子どもを持ちたくありませんでした。自分の人生を母に費やしてきたので、とにかく自分のために時間とお金を使いたかったからです。思いついたときに買い物や料理をするとか、好きなだけ長風呂するとか、そんなことをしてみたかったのです。小さな子どもがいたらそうはいきませんよね」

■「まるで逆」な性格も新鮮でうれしい

 神経質で食べ物の好き嫌いもあるという真央さん。明夫さんは「まるで逆」な性格をしているらしい。部屋の中の小さな汚れも気になる真央さんに対して「これぐらいのホコリは何でもない」と断言し、苦手な食材も「とにかく食べてみろ」と優しく命令。真央さんはそれが新鮮でうれしい。

 「元気だった頃の父の面影を主人に見ているのかもしれません。父も『小さなことにはこだわるな。でも、やるときはしっかりやりなさい』とよく言っていました」

 職場で定期的に異動がある明夫さん。体力には自信があるとはいえ、53歳では若者と同じように現場で働くのは年々厳しくなると感じている。次の異動が決まった時点で早期退職をし、自営になって同じような仕事をマイペースに請け負う予定だ。勤務先への結婚報告などの必要もなくなるので、その時点で真央さんとの婚姻届を提出すると明夫さんは宣言している。

 「主人ならば必ず約束を守ると思いますが、正直言って私は籍を入れても入れなくても構いません。(法律上の)結婚のメリットとしては、前の奥さんに対して『一応、私が嫁なんですが!  ちょっと遠慮してください』と堂々と言えるぐらいでしょうか(笑)。とにかく主人と一緒に暮らせていることに今は満足しています。半同棲のときとは違って、何でも遠慮なく言い合えるようになりました。会話が弾むときも弾まないときもあります。これが家庭なんだと思えるんです」

 真央さんは長く苦しい青春時代を送って来た。両親の享年はそれぞれ60歳と65歳。自分がその年齢になる頃、明夫さんは傘寿を迎えている。

 「両親を失くしたときのように、いつか彼を看取るときが来るという恐怖がときどき頭をよぎります。きょうだいもなく、いとことの付き合いもない中で、自分1人がこの世に取り残されるのだろうか、という不安です」

 それでも真央さんは今を楽しんでいる。この先も明夫さんと一緒にいるという気持ちは交際当初から変わらない。20年後、30年後のことはそのときになってから考えればいいのだ。

東洋経済オンライン

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最終更新:5/22(日) 14:01

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