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瀬戸内寂聴さんがかつて新聞に「意見広告」を出した背景、反武力という自分の意思を自分のお金を投じて

5/22 12:31 配信

東洋経済オンライン

昨年11月に逝去された作家の瀬戸内寂聴さん。1987年から2017年まで寂聴さんが編集長を務めた『寂庵だより』から、寂聴さんの随想を収録した書籍がシリーズで発売されました。寂聴さんの飾らない素顔が詰まった第2弾『今日を楽しく生きる 「寂庵だより」2007-1998年より』から、秘書の瀬尾まなほさんの解説も交え、一部抜粋してお届けします(漢数字や送り仮名などは原文の通りにしています)。

瀬戸内寂聴さんが「褒める」を大事にしていた理由(5月13日配信)晩年の瀬戸内寂聴さんが「出家」に感謝した瞬間(5月3日配信)瀬戸内寂聴さんが晩年感じた「生きすぎたケジメ」(3月31日配信)

<『今日を楽しく生きる』に収録された 1998~2007年に書かれた先生の随想は私がまだ先生に出会う前である。先生は70歳後半から80代前半でまだバリバリに仕事をしていた。先生の日常や、社会問題、交流のあった作家とのエピソード、そして自分の生い立ちなど、私がまだ知らなかったことも多い。(中略)
変わりゆく時代を、先生の随想から感じることができる。ただ一つ変わらないも の、それは先生の思想である。いつどんな時でも、先生は作家として書き続けるのをやめなかったし、命の尊さを伝え続けてきたのだ。先生がどこにも遠慮せずに想いを書き綴った想いがここにある。 (解説「変わりゆく時代に、変わらない先生の強い想い」瀬尾まなほ)>

■意見広告を出して

 三月四日、私は、朝日新聞に意見広告を出した。株式欄の下段三段に、それは載り、余白が多く、大きな活字で、目立つ広告になった。

 意見広告とは、広辞苑によれば、

 「団体あるいは個人が主義・主張を社会に訴える広告」

 とある。私はもの書きになって以来、自分の本の広告を、出版社が出してくれるので、新聞の広告欄は、新聞を開くと、まず最初に目を通すくせがついている。

 自分では一銭も金を出さないので、

 「あの出版社は大きな広告を出してくれるから、よく本が売れる」

 「あの社は、ちっとも広告を出してくれないので、売れない」

 などと、勝手な文句を言っている。揚句の果てに、今朝の広告の顔写真はみっともない顔などと、フンガイしたりする。どう見たって、それは自分以外の人の顔ではないので、ひとり笑ってしまうのだけれど。

 その新聞広告に、初めて自分でお金を出してみて、その高額さを、初めて実感として体得した。自分で支払える上限ぎりぎりがあの大きさであった。

 なぜそんなことをしたか。断食に体調の自信がなくなったので、その代りとして自分の反戦の意志を発表するためである。

 なぜ、今、自分の意志を発表しなければならないか。仏教徒として、作家として、それはなさねばならぬ義務であると信じるから。

 なぜ、ひとりで出したか。あんなに高い広告料とは知らなかったから。高価と知っては、とても人を誘えなかった。

 なぜ、反武力の意志を伝えなければならないのか。アメリカのイラク武力攻撃は、明らかに間違っているから。

 私は十年前、湾岸戦争の直後のイラクへ、薬やミルクを持って、乗り込んでいる。世界じゅうから集まっていたジャーナリストはみんなバグダッドの一つのホテルに集結させられて、自由行動を禁じられていた。

 そんな時、私はバグダッドの病院の病室を提供され、比較的自由に、行動出来た。病院へも民家へも、爆撃被災地も、遺跡までも行くことが出来た。

 被災者の目も当てられない惨状の地獄図を病院で見たし、陽気でのんびりした、親切なイラクの庶民たちと親しく話しあえたし、インテリの女医や教師やキャリアウーマンにもたくさん会った。

 子供たちはみんな無邪気で人なつこく、可愛らしかった。

 私が命がけで運んだ薬で、どれだけの子供たちや被爆者の命が助かったかしれないと、何ヶ月もたって、パリ経由の礼状を病院の医者からもらった。

 あの子たちをまた殺させてはならぬ。

 ちなみに意見広告は個人では受けつけられない。私は宗教法人「寂庵」からとした。(二〇〇三年三月 第百九十四号)

■十一月の明暗

 三十年前、昭和四十八年(一九七三年)の十一月十四日、私は中尊寺で出家得度した。法師の今春聴(東光)師はガンの手術で得度式にはお出まし願えなかった。中尊寺は今師を貫主といただいている名刹だったので、弟子となる私の得度するのは、中尊寺以外には考えられなかった。

 その直後、世界に第一次石油ショックが湧き起り、それ以来、世界の経済はがたぴしして、あちこちで砲火の絶え間がなく、平和は永久に失われたかのように感じられてきた。

 私の出家の報を、たまたまパリで聞いた開高健さんと安岡章太郎さんが、

 「ウーン、女の三島か」

 と話しあったということを、後年、安岡さんから聞いた。出家とは生きながら死ぬことと私はわきまえていたので、まあ、そんなものかなと、安岡さんと笑った。

 三島由紀夫さんが割腹した事件は昭和四十五年(一九七〇年)十一月二十五日であった。私の出家はその三年後である。十四日と二十五日のちがいだが、ともに十一月なので、十一月の声を聞く度、私は三島さんのことを切実に思い出す。

 私が家を出て京都で放浪していた時、京大附属病院の研究室と図書室に勤めていた。その頃、私は新進作家の三島さんにファンレターを出し始め、文通していた。少女小説を書いた時、ペンネームの三谷晴美というのは、三島さんが選んでくれた。

 私が小説家になれて、対談などするつきあいになっても三島さんはやさしくしてくれた。

 川端康成さんも、私にやさしくして下さった。みんなは怖いと言っていたが、私は川端さんを怖いと一度も思ったことがなかった。

 その川端さんはノーベル賞をもらった後、三島さんが亡くなって二年後に自殺されてしまった。二つの死を、私はたまたまテレビで知った。あの時の衝撃を今も忘れない。

 三島さんの時の驚愕度に比べると、川端さんの時は、あ、やっぱりというような気持ちがどこかにあった。三島さん亡きあとの川端さんは、何か危なっかしい感じがしていた。

 世間は色々な勝手な噂をし、もし川端さんが貰ったノーベル賞を三島さんが貰っていたら、二人とも自殺しないですんだのではないかなどと言っていた。

 真偽はわからない。

 後年、ポルトガルのリスボンで、私は三島さんの実弟平岡ポルトガル大使とお逢いして、親しく三島さんのお話を二晩つづけて伺った。二晩めは大使と私と二人だけで陪席者は一人もいなかった。

 その時、大使は、三島さんが討ち入り前の一年ほどは、川端さんと不仲になっていた話をされた。そして低い声で、

 「もしあの賞を兄が貰っていたら、二人とも死ななかったでしょうね」

 とつぶやかれた。その平岡氏も今は彼岸の人である。(二〇〇三年十一月 第二百二号)

■寂聴訳源氏物語の読まれる理由

 私の訳の源氏物語が、二百万部を突破した。正確に言って二百五万部になっている。

 版元の講談社が、お祝いと感謝の会を十一月十八日、私の東京の常宿のパレスホテルで開いてくれた。

 会の主宰の講談社がお招きしたのは、この源氏物語十巻が出て以来、あらゆる面で応援して下さった新聞、雑誌、放送関係のマスコミの人々である。

 十巻の全集物でこんなに売れたのは未曾有のことだと版元は大喜びである。まして最近はあらゆる分野が不景気で、出版界も御他聞に洩れず、本がさっぱり売れなくなり、どの出版社も青息吐息の御時勢なのである。

 この奇跡に近い源氏の売行きはどうしたことかと、みんなびっくりしている。一番びっくりしているのが、訳者の私自身である。

 第一巻は、版元はあまり売れないだろうと見込んで五万部から始まった。それだって万とつく部数を刷るには大いに会議で揉めたと洩れ聞いている。

 大体こういう全集形式は終りの方につれて売行きが落ちるので、十巻めは一万と見込んでいたらしい。

■何から何まで世の中源氏色に

 ところが、日と共に月と共に売行きは延び、世間に源氏ブームが起ってきて、何から何まで世の中源氏色に染ってきた。

 急に十二単の髪の長い王朝の女の姿が、広告の紙面や映像に目につくようになった。

 新刊書の中に、源氏に関する本の題も多くなってきた。

 いったいこの源氏ブームはどうして起ったのかという疑問を、人々から問われるようになってきた。

 私はその度、心の中で「わたしが作ったのよ」と胸を張っていた。遠慮のない親しい友人には、そう口に出して言ったこともあった。

 パーティーの時、講談社はお客たちに、一昨年十二月、最初の一巻が出てから今までの各巻の売行きのリストと、その間、寂聴訳の源氏物語を扱ってくれたマスコミのすべての一覧表を配った。

 中に、これまで、私が全国を駈け廻って講演し、サイン会をした場所も回数もすべてリストにしてあった。

 一巻は三十四万部売れ、他の巻も平均二十万近く売れている。それより何より、私の講演の回数ときたら、見ただけで気分が悪くなってしまった。

 サインは三万部はしているという。

 その間「瀬戸内寂聴と源氏物語展」が、日本橋の高島屋を皮切りに、目下全国を廻っている。それも、どこも大入満員で、その都度私はテープカットに駈けつけ、二日間はサインしている。よくも体が持ったものだと思う。

 これだけ努力したから、読んでくれるのだろうと思う。しかし、もう体力の限界である。何しろ、私は数え七十七歳のローバなのだから。そろそろ休ませてほしい。(一九九八年十一月 第百四十二号)

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最終更新:5/22(日) 12:31

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