IDでもっと便利に新規取得

ログイン

名門中学進学のため父を残し引越した家族の決断

5/18 9:01 配信

東洋経済オンライン

 重厚な正門からは歴史を感じさせる本館が見える。全国屈指の進学校として有名なこの学校に、河崎健太さん(仮名、当時13歳)はコロナ禍の中で見事合格した。

 長く目標にしてきた第一志望校。そこに合格できた健太さんと父母の歩みはどんなものだったのか。その軌跡からは、これから中学受験を目指す親子が参考にできる点がいくつも見えてくる。

■冷静な母、前のめりな父

 地方都市で暮らす河崎家が中学受験を意識したのは、健太さんが小学校に上がってすぐのとき。もともと地域にある大学の付属小学校の受験をしたが、まだ幼さの残る健太さんは不合格に。地元の小学校に通い始めたが、冬には地元大手の塾に入塾をした。

 当時、母親の和美さん(仮名)は中学受験を本気で見据えていたわけではなく、地元の公立高校を目指していけばよいと考えていた。

 「私は中学受験の経験もありませんし、地方はまだまだ公立高校が上位ですから、小学校の勉強の補習くらいという気持ちでした」

 ところが、父親の達夫さん(仮名)の思いはすこし違っていた。

 達夫さんは地元の公立中学から公立の進学校に進み、そこから旧帝大の医学部へ。医者になり、大学病院で研究をする身になると、学会などでトップレベルの中高一貫校出身者たちの強固な母校愛やネットワークをたびたび目の当たりにした。

 「せっかく塾に行くのなら、トップの私立校を狙おう」

 ところが、夫が目指そうと言い出した中学は自宅から通える距離でなく、新幹線で数時間はかかる距離だ。母親の和美さんには、聞いたこともない学校だった。息子はどちらかと言えばおっとり型で、競争心をかき立てられて燃えるタイプでもない。夫は本気で言っているのか? と、半信半疑のまま通塾生活は始まった。

 「受験は本人がやる気にならなければどうしようもないことは、小学校受験のときに体験していましたし……。家であまり勉強の話はしないようにしていました」

 そんな和美さんの気持ちが変わったのは、高学年を目前に実施された塾のクラス分けテストだった。健太さんの通う塾は近隣県にも展開する比較的大きな塾で、すべての校舎の生徒の中で上位200人程度が最難関クラスに在籍できる制度があった。そしてこのうち30番以内に入った人は授業料が免除になるという特典があった。

 そしてなんと、健太さんはこの30人に入ったのだ。父親譲りでもともと算数が好きな健太さん。算数の問題を解くことは、父親との共通の趣味のようになっていた。難しい問題にあたるたびに、父と頭を突き合わせて机に向かっていたことも結果につながったのだろう。トップクラスに入ってからはほとんどクラスを落とすことなく最難関志望コースに在籍した。

 そんなわが子の成績を見た和美さんの中でも、やっと中学受験が現実味を帯びてきた。

 学校から帰るとすぐに軽食を食べさせ、塾まではタクシーで送迎した。これは達夫さんのアイデアだった。自宅から塾は車での距離はさほど遠くなく、バスや電車を乗り継いでいくより、時間も体力も奪われにくい。

 「今日は学校どうだった?」「う~ん、べつに……」。会話を投げかけても普段口数の少ない健太さんだが、タクシーに乗る数分間は母子でゆっくりと話をする時間になった。

 在籍クラスでは50人程が机を並べて学んでいた。これほど大きなクラスは首都圏ではあまり耳にしない。

 「土日に行われる特別学習のために、前日から宿をとって泊まりがけでくる方もいました。これも上位30人だと、交通費も宿代も塾が全部出してくれていると聞きました」

 中学受験の専門家から「地方から中学受験をする人のほうが、受験熱は高い」と聞くことがあるが、あながち噂ではないようだ。

■最上位クラスに入り、目の色が変わった

 健太さんも最上位クラスに入ってからはがぜん、やる気が出はじめた。学校名を冠するクラスだけあって、普段の講義の最中でも、講師は目標校の学校がどれだけすばらしい学校なのかを雑談に交えて話してくる。こうした話を聞くうちに、いつの間にか健太さんもその学校を志望するようになっていた。

 「お母さん、その学校はすごく自由な校風なんだって。なんか、校則もないんだって!」

 「好きな数学とかの面白い授業がいっぱいあるんだって」

 「入りたいな~、あの学校」

 普段は口数の少ない息子だが、志望校のことを話すようになっていた。それからというもの、健太さんの目の色は明らかに変わり始めた。家に帰っても自分から机に向かい、勉強をすることが増えてきた。

 「授業が難しくなってきたというのもあったとは思いますが、目標が定まったことがやる気をおこさせたのだろうと思います」

■新幹線で移動し、宿泊して受験へ

 12月、いよいよ出願が迫る。塾ではさまざまな説明会が行われた。健太さんの暮らす県から志望校までは新幹線を使って3時間はかかる。だが、前述のとおり、健太さんが在籍するクラスはいわばこの学校を目指す子が在籍するクラスだ。当然、多くの生徒が出願をするため、例年はツアーが組まれるという。

 塾の最寄りにある新幹線の駅に集合し、そこからは塾の講師が引率、受験する学校近くのホテルに泊まり、みんなで試験会場に向かうという。勉強ができるようにと1人部屋を用意するため、当然、心細くなる子もいる。

 「“毎年泣き始める子もいますが、そこはサポートしますので安心してください”と、講師の方たちには言われました」(和美さん)

 ワンフロアを貸し切りにしてドアを開けたままにし、顔見知りの講師が巡回することでその不安を和らげているという。河崎家の場合は驚くことに、このツアー料金もすべて塾持ちだったという。もちろん、河崎家はこの学校が第一志望校、受けないという選択はないため、早速申し込みをした。

 ところが、このコロナ禍だ。「受験する場合は各自で会場へ向かっていただくことになりました」という連絡が受験の直前になって入ったのだ。ただでさえあわただしく過ごす受験期間。もしかしたらという気はしていたが、まさか本当にこんな事態になるとは思いもよらなかった。新幹線の駅から学校までは距離もあるため、日帰りは考えられない。慌てて自分たちで宿を押さえて本番の日を迎えた。

 受験には母親の和美さんが引率、大きくなったように見えてもまだ母親が恋しい年ごろだ。知らない土地に塾の友達と合宿状態で泊まるよりも、母親と水入らずでこうしてホテルで過ごせたことがよかったのか、睡眠も十分にとった健太さんは試験会場へと向かっていった。

 「頑張ってくる!」

 輝く目で強く言い放つ健太さんの後ろ姿が心なしか大きくなったように見えた。

 テストを終えた手ごたえは上々。得意の算数で点数を伸ばすことができたため、安心して次の試験も挑戦することができた。試験の結果は合格。

 「やったー!」

 健太さんは大喜びだった。

■通学の問題に対して、河崎家が選んだのは…

 両親も同様だったが、問題は自宅からは通えない距離にあるこの学校にどうやって通学するかだ。同じく志望校に入れたラサールの場合は寮があるということだったが、この学校は寮がない。調べてみると同校の生徒のための民間の下宿が存在することがわかったが、

 「まだ中学生ですから、手元から離すのは寂しいという思いがありました」

 悩んだ末、河崎家は家族で学校近くの賃貸マンションに引っ越すことを決めた。達夫さんはそれまで住んでいた街に単身赴任することに。週末には家族の待つマンションに帰れるため、週末移住的な感覚のようだ。

 家を持たずにホテル住まいをする若い世代が話題になることがあるが、達夫さんも単身赴任生活ではホテル住まいを選んだ。家具をそろえる必要もなく、帰れば部屋はきれいに整えられている。食事は外食が中心になるが、それも平日のことだけなので、さほど不便を感じないという。

 そこまでして子どもを難関校に入れるなんて、やりすぎだ――。そんな声ももちろんあるだろう。しかし、最難関を目指す家庭の場合、これは必ずしも極端な発想でもないのだろう。事実、東西どちらの難関校にも、近くに下宿が存在するからだ。孟母三遷、最高の教育環境を求めて転居するのも、子を思う親としてはわかる発想だ。

 小学校1年生からの塾通いも、勉強を無理強いすることなく、冷静に子どものやる気が出るまで穏やかに見守った河崎家。長い長い戦いを終え、親子ともいま晴れ晴れとした気持ちで春を迎えている。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:5/18(水) 9:01

東洋経済オンライン

投資信託ランキング

Yahoo!ファイナンスから投資信託の取引が可能に

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング