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約120万人が感染?北朝鮮があまりに突然「感染大爆発」を公表した意味、食糧難の季節に起きた超緊急事態

5/17 9:01 配信

東洋経済オンライン

 北朝鮮では2年間にわたり新型コロナウイルス感染症の流行を抑えてきたが、ここへきて政権側も驚きを隠せないほどの勢いで爆発的に感染が広がっている。

 北朝鮮の公式発表によると、感染爆発の中心地は首都平壌である。当局は感染拡大を食い止めるのに奮闘しており、全国的なロックダウンを命じている。4月下旬に流行し始め、発熱者の数は5月16日までに120万を超え、これまでに50人が死亡。5月14日から1日で感染が疑われる発熱者の数は約39万人に達し、1日で10万人以上増えている。現在世界中を襲っている感染力の強いBA.2オミクロン変異株による死者も、少なくとも1人、おそらくはそれ以上かと思われる。

■すでに「非常に脆弱な状態」の地域

 北朝鮮の新型コロナの検査能力は非常に限られているため、公衆衛生の専門家はこのデータを慎重に取り扱っている。公式の発表資料には「発熱」 の発生だけが記載されており、これはウイルスに起因している疑いがある。

 ただ、エジプトの公衆衛生専門家であり、過去20年間、世界保健機関(WHO)とユニセフのために、北朝鮮で広範囲にわたり研究を行ってきたナギ・シャフィク医師は、「(感染拡大は)確認されていることではない」と念を押す。

 とはいえ、感染拡大が、多くの人道支援の専門家が「非常に脆弱」と呼ぶ状況の中で起こっているとしたらそれは深刻だ。医療機関は時代遅れの機器しか備えておらず、医薬品などモノも、電気など必要なインフラも足りていない。「医療機関はそうした緊急事態に耐えられる設備を持っていない」とシャフィク医師は語る。

 しかもこうした状況は深刻な食糧難による栄養失調や、経済制裁、新型コロナによる国境封鎖などいくつもの負の要素が重なっているところで起こっている。「多くの人はすでに身体的に脆弱だ」と、ある人道支援家は話す。「誰もが深刻な事態に陥りやすい状況にある」。

 北朝鮮は2020年1月から、中国の政策を模した「ゼロコロナ政策」を行っており、厳しい国境封鎖と隔離政策によってこれまで新型コロナの発生を抑えてきたとしている。北朝鮮は中国や韓国、世界的なワクチン供給の枠組みCOVAXからの支援を断り、ワクチンを実施していない世界で数少ない国だ。

 「感染抗体がなく、ワクチン接種もしていない北朝鮮の人々はウイルスに対してとてつもなく脆弱だ」と、3月に発行された戦略国際問題研究所(CSIS)の報告書は指摘していた。「感染爆発が起きた場合、短期的には解決策はない」。専門家の1人は、北朝鮮での感染拡大によって約16万人が命を落とす可能性があると指摘していた。

■4月に開催された大規模イベントが引き金? 

 今回の感染急増に対応するため、5月14日、朝鮮労働党指導部の緊急会合が開催された。北朝鮮の指導者、金正恩氏は、このパンデミックを「わが国における大激変」と呼び、広い地域、そして個別の工場や農場までも封鎖することにより感染拡大を食い止めようという戦略強化を打ち出した。

 同氏は「党の役割においてさえも無能、無責任」と指摘し、この危機に直面する国民の団結力を示すよう呼びかけた。正恩氏は、海外、特に中国における感染症対策の経験を研究するよう要請したが、迅速なワクチン接種の実施においてさえ、国際的な援助を求める動きは示さなかった。

 海外の専門家は、4月に平壌で開催された2つの“スーパー・スプレッダー・イベント”、すなわち、4月15日に行われた北朝鮮の創設者金日成(キム・イルソン)の生誕を祝う大規模な祝賀行事と、その10日後の大規模な軍事パレードが感染拡大に一役買った可能性を指摘している。

 「あれは危険性が高かった」と、北朝鮮で支援活動を行っている人物の1人は話す。「マスクをしない人が大勢いた。平壌や、国内のほかの地域に集まった大勢の人々に対して、正恩氏らはあまりにも大きなリスクを冒した」。

 またこの時期、北朝鮮全土で田植えの手伝いをする「ボランティア」のチームが派遣されたことによって、ウイルスが広まった可能性もある。こうしたチームは北朝鮮のコメの生産には欠かせないものである。公式メディアは、こうした作業員に対して感染症予防対策の実施にも取り組むよう要請する一方、正恩氏は、国民に恐怖に屈しないよう呼びかけた。

 元諜報部員で北東アジアが専門の経済学者、ウィリアム・ブラウン氏は「金正恩氏は、中国のようにある種のバブル方式のようなやり方で、国民に仕事を続けるように話している」と見る。

 「したがって工業都市では、部分的に感染拡大予防に伴うよるポケットやバブルが発生し、本当に必要なもの、例えば肥料の生産が落ち込むようなことも起こるだろう。正式な市場があまりにも制限され、業者が街頭に移動した場合、街中で喧嘩が起きる可能性もある」(ブラウン氏)

 今回のパンデミックが季節的に食糧危機の時期と重なったことも深刻だ。秋に収穫した食糧はすでに底をついている可能性があり、当然のことながら春に植えたものはまだできていない。

■ミサイル実験のタイミングでのパンデミック

 また、今回のパンデミックは北朝鮮が度重なるミサイル実験だけでなく、水面下で行うとみられている核実験のタイミングにも重なっている。これは韓国で5月に、北朝鮮に対してより強硬な姿勢を見せている尹錫悦政権が誕生したことに起因しているとみられる。新政権はより大規模なアメリカとの軍事演習を予定しているとされ、南北間の緊張感は強まるとみられている。

 北朝鮮政権に近いとされる中国とロシアは、それぞれの問題を抱えているおり、北朝鮮問題に時間を割ける状況にない。5月下旬に日本と韓国を訪れるジョー・バイデン大統領にとって北朝鮮問題は重要ではあるが、目下最も重要な課題となっているのはウクライナである。

 金正恩氏が国際社会の支援を求めるようなことがあれば、今回のパンデミックは北朝鮮を少なくとも短期的には変える可能性がある。「正恩氏が核実験など突然の挑発をやめて交渉を行う、といったことはないかもしれないが、そう言ったそぶりを見せることはあるかもしれない」とブラウン氏は見る。

 すでに韓国やアメリカでは、今回のパンデミックの金正恩政権に対する影響は大きいとする向きがあるが、専門家からは現時点で判断するのは時期尚早のうえ、影響を過剰に見すぎているという声も出ている。

 実際、北朝鮮政府はこうした危機が発生した時の対応能力は高い。また、ロックダウンは政府が国民をより厳格に管理することを可能にする。ブラウン氏は「多くの人があちこちに移動しなければ、状況は改善するだろう」と語る。

 「ほとんどの人は平時でも動かずにじっとしている。大きな集会もあるが、極めてまれだ。北朝鮮には電気、電話、イントラネットが完備されている。さらに非常に組織化されており、コミュニティーグループはあらゆることに関して互いに報告し合っている。なので、もし政府が何かを命令すれば、たいていすぐに実行されるのだ」(ブラウン氏)

■ワクチン支援は得られるか

 皮肉なことにこのシステムのおかげで、北朝鮮は大規模な予防接種キャンペーンを迅速に実施することができるかもしれない。CSISが発表した専門家の報告書によれば、北朝鮮は以前、援助の申し出を断ってはいるが、本質的には反対していないという。

 北朝鮮当局は内々に(公にはしないが)、中国のシノバック社製ワクチンや、国際的なワクチン供給の枠組みCOVAXから提供の申し入れがあったが副作用が問題とされたアストラゼネカ社製ワクチンよりも、欧米で開発されたmRNAワクチンの方を希望しているという。また、COVAXの提供するワクチンでは人口の20%しかカバーできず、十分ではなかっただろう。

 北朝鮮には予防接種プログラムの長い歴史がある。ローテクではあるが、かなり効果的な予防接種のシステムだ。2006年に麻疹が流行した際、国際的な支援により「数百万人があっという間に予防接種を受けた」とシャフィク医師は当時支援を行った際の経験を語っている。

 WHOとユニセフが北朝鮮国内で再び本格的に活動できるようになれば(現在北朝鮮内にオフィスは残されているが、外国人はいない)、約2600万人の全人口に対して1~2週間で予防接種を行うことができるだろう、とシャフィク医師は考えている。

 ユニセフは、麻疹やポリオなど小児疾患の定期的な予防接種を援助してきたが、ここ2年間は自主隔離により、こうした活動は制限されている。ユニセフの最近の報告書によると、北朝鮮では「コールドチェーン」管理システムが機能しており、冷蔵トラックでワクチンを輸送し、診療所や病院で十分に冷却することができるという。

 しかし大規模接種を行うには、設備の刷新が必要だ。「もしかしたら北朝鮮の一部の人は『今は外国人に来てほしくない』と言うかもしれない」とシャフィク医師は不安視する。

■北朝鮮が危機を発表した「意味」

 すでに確立された国連のルートを通じて外部からの援助を受け入れるために北朝鮮政府が再び国を開く決断を突然するのではないかと、経験豊富な人道支援活動家らは今でも期待している。

 「北朝鮮政府は何とか自分たちでコントロールしたいと考えている。今は自分たちにある選択肢を比較検討している」と、シャフィク医師は話す。同氏によると、今も国際的な支援組織から連絡が来ていると言う。

 今回のパンデミックは、北朝鮮を人道支援の領域に再び引き込むための機会を与えてくれているのかもしれない。「現在の状況はかつてないほど絶望的だ」と経験豊富な人道支援家は言い、北朝鮮政府が多くの感染者がいることを認めるという驚くべき決断をしたことに言及した。「かなり具体的な数字が毎日発表されたことに、私は非常に驚いている。これは大きな変化だ」。

 人道支援の専門家らは、今回北朝鮮政府が具体的な数字を発表した理由の1つは、国民に危機の深刻さを伝えて警告するためだと考えている。しかし同時に今回のことは、「助けを求めるメッセージでもある」と付け加えた。

東洋経済オンライン

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最終更新:5/17(火) 9:01

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