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ケニアで起業「肩書き嫁」手放した34歳女性の半生

12/4 12:02 配信

東洋経済オンライン

 「一歩踏み出すきっかけの」

 この言葉をコンセプトに掲げる「RAHA KENYA(ラハ ケニア)」はケニア在住の河野理恵さん(34)が2018年、1人で立ち上げたアパレルブランドだ。

 就職活動に失敗し、自分探しに迷走していた20代。結婚、そしてケニアへの移住。自信がなかった河野さんが一歩、踏み出すきっかけになったのは、アフリカ布との出合いだった。日本に一時帰国中の河野さんに話を聞いた。

■就活60社“全落ち”

 高いヒールの靴を履き、カツカツと鳴らしながら都会を闊歩する。河野さんは大学生のとき、そんなキャリアウーマンに憧れて就職活動をした。とりあえず営業職を志望し、「響きが格好いい」という理由だけでなりたかったのは医薬品メーカーのMR。明確な志望理由がなくても、就職活動は「数を打てば当たる」と信じていた。しかし、さすがにそれでは厳しい。60社を受けたが結局、“全落ち”した。

 その後、介護職に就いたが1年で離職。次はアルバイトをしながら大学の通信課程で勉強し、中高の教員免許を目指した。就活で失敗した劣等感を拭いたくて、教員になれば周囲に認めてもらえる気がした。

 しかし教員免許は取得したが、教育実習で教壇に立ったとき、クラス全員と1人ひとりしっかり向き合うのは困難だと気づく。結局、教員になることをやめ、派遣社員として働き始めた不動産会社でやがて正社員に採用された。勤務先は東京・丸の内。遠回りしたけれど、夢だったキャリアウーマンになれたのだった。

 会社には一般職で就職し、採用業務を担当。最初の1~2年は仕事が楽しくて仕方なかった。採用してくれた会社への感謝もあった。それなのに、ある程度、仕事ができるようになると、次のステップが見えなくてモヤモヤした。「自分はただ、丸の内のOLに憧れていただけ」。仕事に対するモチベーションは上がらなかった。

 一方で、会社では後に夫となる邦彦さんとの出会いがあった。邦彦さんは脱サラ後、新興国での起業を目指していて、結婚後はケニアへ移住するつもりだと宣言。環境を変えたかった河野さんは29歳で会社を退職し、結婚・移住することに躊躇せず、むしろ「アフリカは相当、志の高い人でなければ足を踏み入れないところ。嫁としてついていけるのならラッキー」だと喜んだ。

 移住前、トライアルで10日間ほど邦彦さんとケニアを訪れた。想像していたアフリカの姿とはまったく違い、ケニアの首都・ナイロビは高層ビルが立ち並ぶ大都会でエネルギーに満ちていた。帰国後、邦彦さんから、ケニアで何かやってみたら? と促され、滞在中に目についたカラフルな雑貨を販売してはどうかと考えた。邦彦さんの手引きで河野さんが社長となる合同会社を立ち上げ、ケニアへ渡った。

 しかし、会社まで立ち上げてきたのに、いざ移住してみると引きこもり生活が始まった。邦彦さんは仕事に奔走していたが、河野さんは英語が苦手で何もできない。1人で外出するのは危険と言われたこともあり、邦彦さんが休みの日以外は一歩も外へ出ない日が続いた。

 この頃、ケニア生活を発信しようと始めたTwitterは、IDを「KawanoYOME」と登録。起業家の妻として情報発信をもくろんでいたからで、「じゃあ自分は一体、何者なのか」わからなくなりかけていた。

■自分を変えたい、と強く願った理由

 すっかり自信をなくしていた河野さんだったが、このままでは居られない、自分を変えたい、と強く願う理由があった。

 「夫は起業したばかりで、事業がうまくいかないかもしれない。でも、この人と結婚すると決めたのは私。たとえ夫の会社が倒産したときでも、ケニアまで付いてきた私はどうなるの? と言いたくない。だから経済的にも、精神的にも自立したかった。自分の生きる道があれば、夫が失敗したときにも、また次に行けばいいじゃん、って声をかけてあげられる」

 だからこそ、自立のきっかけになる「何か」をつかみたかった。

 そんなとき、アフリカ布を身にまとう現地女性たちの格好よさに目を奪われた。彼女たちは周りの目を気にせず、自分のために好きなものを着て、「これが私よ!」と言わんばかりに堂々としている。

 「私もアフリカ布の洋服を着れば変わるのだろうか」。試しに1着、上下同じ布のセットアップをオーダーした。ケニアには個人事業主のテイラー(仕立て屋)が市場や路上にたくさんいて、布を渡して写真などでイメージを伝えれば、オーダーメイドで洋服を仕立ててくれるのだった。

 日本にいる頃はあまりカラフルな洋服は着たことがない。上下ともアフリカ布の服を着ることに最初は抵抗があったが、思い切って着てみると気持ちが前向きになり、何でもできる気がした。その嬉しさをSNSに投稿すると、「私も欲しい」と反応があった。

 アフリカ布に興味を持ち、着てみたいと思う人がいるのなら、ケニアにいる自分がブランドを立ち上げ、製品を日本に届けたら喜ばれるのではないか。ようやく、やりたいこと、挑戦できる仕事が見つかった。すでにケニアに到着してから10カ月近くが過ぎようとしていた。

 まずはSNSで呼びかけ、限定5人のお客さんに自分が最初に仕立てた洋服と同じものを作ることにした。あっという間に5人分の枠は埋まり、知人に紹介してもらったテイラーに製作を依頼。製品は無事に出来上がり、ブランド最初の商品だからと、日本に一時帰国するタイミングで「試着会兼お渡し会」を設定した。ところが、ここで問題が起きた。

 なんと全員、サイズが小さすぎて着られなかったのだ。アパレル未経験の河野さんは採寸のイロハも知らず、お客さん自身に測ってもらった数字をテイラーに伝えれば商品はできると思っていた。結果、まったく体に合わない商品ができてしまった。SNSでお付き合いのあるお客さんたちだったので温かい声をかけてもらったが、平謝りするしかできない自分が情けなかった。

■洋服を作って売るのは難しい…

 この経験から洋服を作って売るのは難しい、と痛感し、今度はパソコンケースに焦点を絞る。自分が欲しいと思うパソコンケースがなかなかなかったことから目をつけたのだった。しかし小物を作れるテイラーとのコネクションはなく、青空市場の「マサイマーケット」へ初めて1人で出かけることに。

 身振り手振りで片言の英語を駆使し、必死にパソコンケースを作れる人を探していると、21歳の若いテイラーと知り合った。この出会いがきっかけで彼は信頼できるビジネスパートナーとなり、ブランドの成長を支える存在となっていく。パソコンケースは初めての商品らしい商品となった。

 その後は小物類の商品化を通じてテイラーとの生産体制が整い、ノウハウを蓄積。そのうちお客さんから「洋服も欲しい」という声が聞こえてくるようになった。やはりアフリカ布の洋服で自分自身が変わった、というのがブランド立ち上げの原点なのだから、もう一度、洋服作りに挑戦したい。

 ただ1人では難しかったので、SNSでインターン生を募集し、一緒に洋服作りを再開した。失敗の連続だったが試行錯誤の結果、ノースリーブワンピースなどを商品化し、2020年2月から販売開始。以来、ロングスカートやTシャツ、ワイドパンツなどを作ってきた。

 最初は1人で始めたブランドだったのに、気づけば製品を作ってくれる現地のパートナーは10人以上に増加。また、インターン生のうち2人の女性が社員となり、現在、マーケティング担当と製作担当としてケニアで一緒に働いている。

 新しい商品を作るたび、河野さんたちは身につけた写真をSNSに投稿。時にはリアルタイムのライブ映像を発信し、商品の魅力を伝える。アフリカ布のカラフルさやデザインの斬新さはもちろんだが、等身大で自然に着こなし、笑顔あふれる河野さんたちを見て「元気になれる」、「自分も着てみたい」などのコメントが相次いだ。

 お客さんとの双方向のやりとりは、スタッフのやる気も刺激する。「本当にSNSがあってこそ。なかったら私たちのビジネスは成り立たなかった」。もはや「ラハ ケニア」は河野さん1人ではなく、みんなのブランドへと成長した。

■小さなブランドだからできること

 今年10月末、初めての試みとして、30種類もの巻きスカートを1~2点ずつ制作し、販売した。きっかけはある日、長くお付き合いのあるお客さんから、ロングスカートを買ったもののウエストが細すぎて着られなかった、とダイレクトメールをもらったこと。

 アフリカ布の洋服を着て自信を持ってもらうはずが、逆に自信を失わせてしまっていた。「これはなんてことだ」。社員と緊急会議をした結果、次はどのような体型の人でも無理なく着られる巻きスカートを商品化しようと決めた。

 巻きスカートの販売直前、社員2人がケニアからインスタライブで着方や着こなし方を伝えた。自分の好きな色や柄で商品を選ぶ楽しさ、そしてほぼすべてが1点ものであるという宝物感。ライブを視聴していた人たちは欲しい商品のイメージを固め、販売開始とともにこぞってお気に入りをカートに入れた。SNSでの反応がさらに購買意欲を刺激し、ほぼ1日で全商品が完売した。

 この経験などから、お客さんの声をキャッチアップし、少量ずつ作って売れば、その商品を必要とする人を幸せにできる、と確信した。

 小さなブランドだからこそ、思い立ったらスピーディーに動けるのが強みになる。「長きにわたって応援し、リピーターになってくれるお客さんが多いからこそ、飽きられないよう新しい挑戦を見せていかなければ」。ブランドの目指す方向性が固まりつつある。

 最近、社員と話し合い、決めたことがある。それは会社を大きくすることを目標としないようにしよう、ということ。

 河野さんがブランドを立ち上げたきっかけは、自分が自信を持ちたかったから。そして、「~の嫁」ではなく、1人の人間として自立したかったから。

 そのような純粋な気持ちから始まったのに、起業した以上やはり売り上げが気になり、ビジネスを成功させなければ、と思ってしまっていた。でも自分は本当にビジネスの拡大を望んでいるのだろうか。会社は立ち上げたら、必ず大きくしなければならないものなのだろうか。

 売り上げを右肩上がりに増やしていくには、社員やテイラーの負担が増える。それよりは、自分たちなりの幸せの基準を持ち、生活できる分が稼げたら十分と考える会社にしたい。もちろん結果として売り上げが上がるのは嬉しいが、最初から目標とする数字を追い求めるのはやめようと決めた。そうすると、とても気持ちが楽になれた。

■今も新しいチャレンジ前には震える

 右肩上がりの成長を目指さないにしろ、このようなご時世にあっては売り上げの維持も簡単ではない。決して順風満帆ではなく、乗り越えなければいけない壁はいくつもある。社長といえども、自身の給与は会社員の頃と比べるとまだ少ない。それでも河野さんには、地に足をつけて生きている実感が満ちあふれている。それは会社員時代には得られなかった感覚だ。

 今秋、日本に一時帰国した河野さんは東京都内で、「もったいないPOPUP」と称し、検品落ちの商品や試作品、製作過程で余った布を展示、販売するイベントを開いた。

 商品化に至るまでに大量の廃棄物が生み出されている現状と向き合い、少しでも廃棄を減らすきっかけとしてトライしてみたのだ。結果、SNSでの告知を見て多くの人が足を運び、通りすがりのお客さんも立ち寄ってくれた。

 今も新しいチャレンジ前には震えるし、怖い。でも何か新しいことを始めるときには迷いや不安はつきもの。行動する前に考えすぎるのはやめた。「失敗してもいい。自分を信じて挑戦していれば、共感してくれる人は必ずいる。そもそも挑戦できること自体が幸せなのだから」。

 12月初旬、河野さんは一時帰国を終えてケニアへ戻る。次はどんな一歩を踏み出すか。仲間たちとの新しい試行錯誤が始まっている。

東洋経済オンライン

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最終更新:12/4(土) 12:02

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