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人類初サイボーグが告白「私がこの本を書けた訳」

12/3 5:01 配信

東洋経済オンライン

イギリスのロボット科学者であるピーター・スコット-モーガン博士は、全身の筋肉が動かなくなる難病ALSで余命2年を宣告されたこと機に、人類で初めて「AIと融合」し、サイボーグとして生きる未来を選んだ(詳しくは「人類初『AIと融合』した61歳科学者の壮絶な人生」参照)。

「これは僕にとって実地で研究を行う、またとない機会でもあるのです」
彼の挑戦を描いた自伝『NEO HUMAN ネオ・ヒューマン――究極の自由を得る未来』が、日本でも話題となっている。11月24日にはNHK「クローズアップ現代+」で「ピーター2.0 サイボーグとして生きる 脳とAI最前線」としてとりあげられ、12月2日にはテレビ朝日「アメトーーク!」の「本屋で読書芸人」でカズレーザー氏が「みんなに読んでほしい!」と紹介した。

本書の著者のピーター博士はいま、何を考え、どのように過ごしているのか。東洋経済オンラインでは3回にわたって、その肉声をインタビューでお届けする。今回はその中編。
前編:「サイボーグになって幸せです」61歳科学者の肉声

■今後2年間で訪れるサイボーグの技術的ブレークスルー

 ――あなたの未来に大きく影響しそうなテクノロジーの進化として、どのようなものに期待していますか? 

 ALSが私を真っ暗な谷底へと連れ去ったのは事実です。とりわけ声を失った直後の1週間は、さすがの私も落ち込みました。

 しかし同時に、最先端のテクノロジーが、私が谷底から再び這い上がる手助けをしてくれるだろうということも確信していました。ただし、目指す先はまったく違う山頂になりますが。

 私が今後2年以内に起こるだろうと期待している2つの大きなブレークスルーは、いずれもAIに関連するものです。

 1つめのブレークスルーは、AIが私の言いたいことを予測できるようになって、私の発話速度が劇的にスピードアップするだろうということです。

 この話の画期的なポイントは、私がAIと「コラボレーション」することになるという点です。時には、本物の私が言おうとも思っていなかった言葉が発せられるでしょう。

 でも、それでまったくかまわないのです。AIのおかげで、私が本物より賢く見えたり、面白い人間になったり、単純に記憶力がよくなったとしても、私としてはまったく抵抗がありません。研究仲間にも、繰り返しそう伝えています。

 2つめのブレークスルーは、私が使っている改造車椅子にできることが、今よりもっと増えるだろうということです。

 ロボティックモビリティとは、つまるところAIによって移動の可能性を広げようという試みです。

 例えばこんなシーンを想像してください。車椅子を搭載できるように改造したわが家の自家用車(名付けてWAV=車椅子対応カー)で外出しているとき、私は目くばせで「ベッドルーム」のアイコンをクリックします。それだけで、WAVを降りてから寝室のベッドにたどり着くまでのすべてを、車椅子が自動で処理してくれるようになるのです。

 また、車椅子に搭載された高度な衝突回避システムのおかげで、見知らぬ土地にいるときでも、自由自在に動き回れるようになるでしょう。障害物コースで全速力を出したり、花瓶などの割れ物がずらりと並んだショールームを何事もなく通り抜けたりすることもできるようになるはずです。

 以上の課題をクリアできれば、バーチャルリアリティやロボットスーツ、ブレイン・コンピューター・インターフェース(人間の脳を外部機器をつなげるシステム)といった、世の中を大きく変えるようなブレークスルーがそのあとに続くでしょう。しかし、それですらほんの始まりにすぎません。そこが肝心なところです。

 私がとことん楽観的でいられる最大の理由は、コンピューターの能力が指数関数的に向上しているおかげで、テクノロジーは進化する一方だということを知っているからです。

 2年間生き延びるごとに、私が人生を楽しむための能力は、テクノロジーの力で倍になります。2040年には、今の1000倍の能力を身につけていることになるわけです! 

 どのようなアプローチがあるにせよ、いまや「人間」であることの定義は永遠に書き換えられようとしています。私の望みは、人類がどれほど遠くまで行けるのかを見守ることです。そのために、まったく未知の領域のど真ん中に自分の特等席を用意しようとしているのです。

 これほどクールな計画は、そうないのではないでしょうか? 

■「サイボーグが本を執筆する」とはどういうことか

 ――あなたは、ただのピーターから「ピーター2.0」に変身するどの時点で『NEO HUMAN』を執筆したのですか?  また、執筆はどのように行われたのでしょうか? 

 本を出したことのある人なら誰でも知っているでしょうが、作業の大部分は「書く」ことよりも「書き直す」ことに費やされるものです。私の本の場合もそうでした。

 最終的には、執筆作業の半分を「ただのピーター」として過ごし、残りの半分は「ピーター2.0」として過ごしたことになります。

 「ただのピーター」といっても、本格的に執筆を始めた2019年の初めには、すでにもとの私ではありませんでした。10歳そこそこからキーボードのタイピングに慣れ親しんでいた私の指は、もはやスペースキーを操作することさえままならなくなっていたのです。

 そこで私は、口述タイプを甥のアンドルーに頼むことにしました。そのときにはすでに、囁くようにしか話せなくなっていました。1日8時間の作業が終わるころには、何を言っているのかほとんど聞き取れなかったことでしょう。アンドルーには多大な負担をかけたと思います。

 そして2019年10月、私は喉頭摘出の選択的手術を受け、声を失うと同時に、残りの一生を人工呼吸器に頼ることになりました。この画期的な手術をもって、「クアッドオストミー(注:人工の胃・肛門・膀胱・気管を設ける手術。ピーター博士の造語)」は完了し、私は「ピーター2.0」になったのです。

 それより前に、私は有能な担当編集者であるダンに、この本の第一稿を未推敲の状態で送っていました。この時点で出版の見込みがないとダンが判断するようなら、それ以上、作業に時間を費やすのはもったいないと考えたからです。

 幸い、ダンは温かいフィードバックをくれました。そこで、それからまた1年かけて内容をブラッシュアップしていきました。引き続き、甥のアンドルーの口述タイプに頼ることになりましたが、このときの作業は前にもまして大変でした。

 一言ごとに、私は慎重に(つまり、ものすごく時間をかけて)視線入力で文字をつづっていきます。すると、インテルが特別に開発したシステムが、それをテキストに変換します。

 さらに、音声合成の専門家であるセレプロック社が特別に開発したシステムが、テキストを私の声のクローン(囁きになる前の声のサンプルから合成したもの)で再生します。これを、かわいそうなアンドルーが聞き取るという手順です。

 ALSになる前は、ほぼ無意識で一瞬のうちにできていた作業に、これほどの手間がかかるようになったのです。

 「(作業が)長引く(protracted)」という言葉は、まさしくこういう状況を言い表すためにあるのだと思いましたね……。

■「幸せになるのが私だけならプロジェクトは失敗です」

 ――あなたの取り組みは、今後ALSと診断されるすべての人々に新たな可能性を開くと思いますか? 

 そもそもの初めから、このプロジェクトは私ひとりのためのものではありません。また、プロジェクトが視野に入れているのも、ALSよりはるかに大きな存在です。

 とはいえ、ALSは極めて困難な課題を抱えているという意味で、手始めに研究する対象としてはうってつけでしょう。この研究の成果は、「老化」による障害を含む、あらゆる重度障害に適用できるはずです。

 ALSが完璧な研究対象になりうるのは、ALSと共に生きることが簡単な仕事だからではなく、むしろ他のどの病気よりも難しいからです。最悪な病気だからこそ、ALSと共に人生を謳歌することが可能なら、ほかのあらゆる病気の課題は解決できるでしょう。

 ALSの問題を解決することは、多発性硬化症、脳卒中、脊髄損傷など、神経疾患全般の課題を解決することにつながります。さらに、老化による身体機能の低下に対処することもできます。

 身体的な制約のせいで、自由な思考の赴くままに行動することができないと悩んだことのあるすべての人々を解放することができるでしょう。自らの知性を増幅する装置を移植してみたいという人々の夢を叶えることもできます。

 ALSの問題を解決すれば、ゆくゆくは何十億もの人々の課題を解決できるかもしれないのです。

 率直に言って、この研究の恩恵を受けるのが私だけならば、私は今回のプロジェクトを完全なる失敗と見なすでしょう。古くから科学者は、自らの体を実験台にして科学の発展に貢献してきました。私もまた、そのひとりです。ただし私の場合、これは文字どおり「人生をかけた」実験です。

 これからの時代には、目を見張るような先端テクノロジーが登場するでしょう。それと並行して外科医療も飛躍的に進化し、AIやロボットの進化の恩恵を受けられるように私を長生きさせてくれるはずです。

 もう1つ、面白いことを指摘しておきましょう。このプロジェクトについて私がとりわけ気に入っているのは、私が受けた一連の画期的な手術が、アメリカの医療機関でも、私立の医療機関でも、ロンドンの大病院ですらなく、すべて地元トーベイの公立病院で行われたということです。

 それが実現したのは、有志の反乱同盟軍が、現体制や既得権益者、世の中の変わらぬ常識といったものに対して、こぞって反旗を翻すことを選んだからです。

 その結果、いまやALS(医学の教科書では「致死的」と分類されています)が本当に私を殺すことになるのかどうかは、きわめて不透明になってきました。私を殺すのは、ALSではなく心臓病かもしれません。あるいはがんかもしれないのです。

 これは、まったく新しい形の「末期症状」と言えるのではないでしょうか。

■サイボーグになって「人生観」は変わったか

 ――「ピーター2.0」になってから、あなたにとって世界の捉え方や、人間であるということの定義はどのように変わりましたか? 

 非常に重要な質問だと思うので、しっかりお答えしていきたいと思います。

 ピーター2.0になったことをきっかけに、これまでずっと、漠然と考えていたことがようやく形になったように感じています。

 何よりも大きかったのは、今置かれた状況がどれほど暗く絶望的に見えたとしても、あるいは念入りに計画した人生という名のパレードが、運命という大雨によって台無しにされたとしても、自らが光を放つことで、人は大雨の中に虹をつくりだせるのだと知ったことです。

 絶望するか、虹をつくりだすか。それはあくまで選択の問題です。

 ほかにも、人間にとっての「暗黙のルール」が、いくつも明らかになりました。

ルール1:不運を受け入れよう
 「なぜ私だけが……」などと考えても、自分の態度が卑屈になるだけで、状況は一切変わりません。前に進みましょう。

ルール2:「自分がボスである」ことを忘れるな
 何者もあなたを強制することはできません。あなたの行動を決めるのは、あなた自身です。

ルール3:パニックになるな――考えろ
 パニックに陥るのは、あらゆる動物に共通する習性です。しかし、そこから冷静になろうとすることができるのは人間だけです。

ルール4:決してあきらめるな
 人生には希望があり、希望はエネルギーを生み、エネルギーは決意を生み、決意はすべてを変えます。

■「なにがあっても諦めずに、あがく」ことの重要性

 とりわけ、最後のひとつは非常に重要です。

 廊下を歩いているとき、両側に並んだすべてのドアが、あなたの目の前で次々に閉ざされていったとしましょう。それでもなお、前に進みつづけることがとても大事だと私は信じています。

 元来た道を未練がましく振り返って時間を無駄にするべきではありません。さらには、よく言われるように「できないことより、できることに集中する」だけでも不十分です。

 自らの手で新たなチャンス、新たな始まり、新たな希望を生み出してこそ、人はその先へと進むことができるのです。

 もし、人生の廊下にひとつでも開いたままのドアがあるなら、そこに飛び込んで、向こう側にあるものを心ゆくまで楽しんでください。開いているドアがひとつもないなら、壁をぶち壊して、自分の手でワクワクするような新しい人生への道を切り開いてください。

 何よりも強調したいのは、今あなたを苦しめている制約があるのなら、それを逆手にとって、思い切ったことに挑戦する原動力にしてほしいということです。最も過酷な状況が、とてつもない幸運をもたらすこともある――それは、人生の真理です。

 「ピーター2.0」になり、『NEO HUMAN』を執筆したことをきっかけに、私は自分がいかに幸運な人間であるかを実感しました。

 振り返ってみれば、私は人生で2度の大きな幸運に恵まれています。もっとも、これまではその経験を幸運と思ったことはありませんでした。

 災いが転じて福となった最初のケースは、苛烈で根深い同性愛者への偏見に、10代のゲイだった私が、ひとりきりで闘わなくてはならなかったことです。

 この経験を通じて、私の脳はいじめやハラスメントに対して反射的に抵抗することを学びました。たとえ相手がどれほど権力を持っていて、彼らに歯向かうコストがどれほど高くつきそうに見えたとしてもです。

 このときに、現状を無批判に受け入れることへの免疫をつけていなければ、ALSと診断されたときにも医療の常識を疑ってみようなどとは思わなかったでしょう。ALSになったら最後、残酷な余生を過ごすことを覚悟し、おとなしく身辺整理をして、統計どおり数年以内に死ぬしかない、という常識を受け入れていたに違いありません。

■私が「ALSは悪いことばかりではない」と考えるワケ

 私が経験した2度目の幸運は、馬鹿げていて、矛盾していて、不謹慎にさえ聞こえるかもしれませんが、この「最も残酷な病気」そのものです。つまり、私がALSを患っているという、この事実です。

 もちろん、望んでこの病気になったわけではありません。何より、愛する夫が苦しむことを思えば、断じて避けたかった事態です。一方で、私がALSになったおかげで、フランシスと私は今、本当に世の中に役立つことをするという、すばらしいチャンスを手にしているのです――世界中に影響を与えるような、価値のある挑戦をするチャンスを。

 ALSになっていなければ、私たちはふたりだけで人生を楽しんでいたことでしょう。しかし、何かを成し遂げることはなかったと思います。

 ところがALSになったことで、予想もしていなかった、すばらしい可能性が立ち上がりました。私たちは、希望を失った無数の見知らぬ人々に、希望をもたらすことができるかもしれません。障害者にとっての「未来」の定義を書き換え、もっと言えば「人間であること」の定義を書き換えることさえできるかもしれないのです。

 これほど途方もないトレードオフを、どう評価すればいいのでしょう?  少なくとも私のケースでは(きわめて特異な事例かもしれませんが)、ALSになったのが悪いことばかりではなかったと認めないのは、あまりにも不当だという気がします。

 この病気は私から多くのものを奪いましたが、その一方で多くを与えてもくれました。未来のご褒美と引き換えに、現在の私が多大な犠牲を払っているのは事実です。しかし、私たちの目標がついに達成されたなら、ピーターがずっと車椅子に座っていなくてはならなかったことくらい、本人でさえ大したことではなかったと思えるはずです。

 この挑戦を、自己犠牲の物語のように捉えるのはやめてください。きっと、すばらしい冒険になるのですから!  人間として死ぬか、サイボーグとして生きるか、どちらを選ぶかって?  私にとっては考えるまでもないことです。

 そして、近い将来、ALSのような難病を抱えた大勢の人々が、私と同じような考えを持つようになったら、そのときこそ世界は変わるはずです。

 現状ではあまりにも多くの人々が、惨めさや怒り、不公平感を抱えながら、病と共に生きています。あるいは、毎日を狭いところに閉じ込められる拷問のようだと感じています。

 しかし、重度の障害があることが、人生をアップグレードし、変身し、生まれ変わるためのチャンスだという見方が広まったらどうでしょう?  

 そのときこそ人類は、不死鳥(フェニックス)のごとき、不屈の存在になれるはずです。

 (後編に続く、翻訳:藤田美菜子)

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最終更新:12/3(金) 5:01

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