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財政出動しても景気がよくならない根本的な理由

10/18 6:31 配信

東洋経済オンライン

 衆院選に向けて、与野党から財政出動の提案が続々と出ている。特別給付金の支給や需要を喚起する投資など、財政出動して景気をよくしたいらしい。

 そもそも、それを実現するには「乗数効果」が大きいことが前提だ。

■乗数効果とは何か

 財政支出の乗数効果とは、財政支出の追加的な増加に伴い、GDP(国内総生産)が追加的に増える効果である。財政支出を追加的に1兆円増やしたときに、GDPが追加的に3兆円増えれば、財政支出の乗数は3となる。

 乗数効果が大きければ大きいほど、財政支出を増やせば、それだけ大きくGDPは増える。

 乗数効果の背景には、次のような人々の経済活動が想定されている。

 政府が財政支出を行うと、その政府が発した注文を受ける民間企業などの仕事が増えて、その分GDPが増える。公共事業などは典型的で、政府が公共事業を発注すると民間企業がその工事を受けることで、GDPがその分増える。

 この効果はさらに続く。財政支出を受け取った受注企業は、従業員へ働きに応じて給料などで分配することになる。分配を受けた従業員は所得が増える。そして、その従業員が今度は消費者としてモノやサービスを買えば、それだけ民間消費が増えて、その分GDPが増える。

 さらに、そこでモノやサービスを売った企業の従業員の所得が増えるので、その人たちが消費者としてものを買えば、それだけ民間消費は増えて、その分GDPが増える。

 こうした経済活動が循環して、際限なく繰り返されることで、最初に出した財政支出の金額を超えるほどにGDPが増える。これが乗数効果のメカニズムとされる。

 追加的に増えた所得のうち、追加的に消費に回す割合を、限界消費性向と呼ぶ。限界消費性向をcと表し、財政支出をΔGだけ増やしたときに、どれだけGDPが増えるかをみると、

ΔG+cΔG+c2
ΔG+c3
ΔG+…= (1/1-c)×ΔG

 となる(cは0と1の間の値)。これは、高校数学での無限等比級数の和に基づいて導出されている。

 上の式に当てはめてみると、たとえば、限界消費性向(c)が0.8であれば、財政支出を1兆円追加すると、GDPは5兆円増えることになる。つまり、1/(1-c)が、乗数効果の大きさを意味する。ただし、ここでは金利がまったく上昇しない場合を想定している。

■現実は、教科書どおりではない

 ケインズ経済学の教科書では、乗数効果を以上のように教えている。

 ところが、現実にはそうはならない。

 まず、前述の財政支出は、GDPを直接増やす効果のあるものでなければならない。具体的にいえば、公共投資や政府が行政サービスを提供する際に必要な物品の購入(専門用語では政府最終消費支出)である。

 給付金の支給は、GDPそのものを直接増やすものではない。給付金そのものは、お金が政府を介して右から左へと流れるだけのものであって、付加価値(生産)を生み出すものではないからだ。

 だから、給付金を支給するならば、前掲した数式の冒頭のΔG(財政支出が直接GDPを増やす効果を意味する)は、その効果がなくなることになる。そして、給付金を受けた国民は、その全額を直ちに消費に回すのではなく、限界消費性向の割合だけ消費に回そうとする。

 これにより、給付金の支給を追加的にΔGだけ増やしたときの最初の経済効果は、給付金を受けた国民が限界消費性向の割合だけ消費に回して、cΔGだけGDPが増えるという効果となる。

 その後は、前述したような所得の増加と消費の増加が繰り返される効果が出る。したがって、給付金増額の乗数効果の大きさは、前掲した数式の冒頭のΔGだけ効果がなくなることを踏まえて、c/(1ーc)(=1/(1ーc)ー1)となる。つまり、前掲の例でいえば、限界消費性向が0.8ならば、給付金の支給を1兆円追加すると、GDPが増えるのは4兆円となる。

■実際の乗数効果はもっと低下する

 加えて、乗数効果の前述の説明には現実離れしたところがある。前述の説明では、財政支出が一度出されると、その後所得の増加と消費の増加が際限なく繰り返されて、乗数効果が起こるとされる。しかし、現実には、1年間という短い期間で際限なく繰り返されるほど取引が頻繁に行われるわけではない。

 特に、財政支出の影響で売り上げが急に増えたからといって、企業が増えたその月から直ちに給料を上げることはしない。一般的には、年2回ほどのボーナスか年1回の昇給などによってしか、従業員には分配されないだろう。それまでの間は、財政支出に端を発した資金が企業に渡っても、従業員には渡らない。

 すると、財政支出の影響で売り上げが増えた企業が、ボーナスなどで従業員に分配するとしても、半年に1回程度という頻度となる。そして、これによって所得が増えた従業員が消費を増やしたとして、その消費の増加の恩恵を受けた企業もまた、その従業員にボーナスや昇給で分配するにしても、半年に1回程度という頻度でしか分配しない。

 ボーナスや昇給という形で従業員へ分配される機会が年に2回という頻度だとすれば、前述の説明のような、所得の増加から消費の増加への循環が際限なく繰り返される効果は起きえない。

 しかも、将来不安などで消費者が、所得が増えてもそれを直ちに消費には回さないとなると、限界消費性向は小さくなり、なおさら乗数効果は小さくなる。

以上を踏まえれば、限界消費性向が0.6であると、年の上半期に政府が給付金の支給を追加的に1兆円増やしたとして、受給した国民が消費を増やし、これに伴い売り上げが増えた企業が年の下半期の給料を上げて、所得が増えた国民が消費を増やしたら、このときの乗数効果は、0.6+(0.6)2

=0.96となって、1を下回るのである。

 つまり、仮に政府が給付金を1兆円増やしたところで、その6割を消費に回すとしても、従業員の給料が半年に1度しか増えなければ、乗数効果として所得から消費への循環が回らず、GDPは0.96兆円しか増えないことさえ起こりうるのだ。

 給付金を追加的に支給しても、その金額を下回る額しかGDPが増えないことこそ、まさに矢野康治財務事務次官が月刊誌で、「10万円の定額給付金のような形でお金をばらまいても、日本経済全体としては死蔵されるだけだ」と記した現象を表している。

 ケインズ経済学の教科書でいう乗数効果は、所得から消費への循環が際限なく繰り返されることを想定しているが、実際には1年間でそれほど頻繁に循環しない。そこに、乗数効果が大きくならない根本的な理由がある。

■国債増発に依存するデメリット

 ましてや、財政出動の財源を国債の増発で賄うことによって、その返済に伴う将来の負担増を国民に惹起させれば、消費者はその負担増に備えて逆に今の消費を減らすことさえある。経済学では、この効果を非ケインズ効果と呼ぶ。非ケインズ効果が生じると、国債増発による財政出動は、かえって現在の消費を抑えることになる。

 確かに、低所得者などに限定して給付金を配ることで、GDPの増加よりも、所得格差を是正しようとする考え方もある。ただ、その給付金の財源を国債増発で賄えば、それは富める者から貧しい者への再分配ではなく、低所得者を含む将来世代から現在の低所得者への再分配となっていることには注意が必要だ。再分配をより鮮明に行うならば、今の低所得者への給付金の財源を今の高所得者への増税で賄うべきだろう。

 財政出動による乗数効果は、捕らぬ狸の皮算用になってはいけない。財政出動によって景気がよくなることへの過度な期待はやめるべきだ。真に持続的な経済成長につながる政策を、財政支出を伴わないものも含めて実行することで、中長期的な所得の増加は実現することができる。

東洋経済オンライン

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最終更新:10/18(月) 11:08

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